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家の中に人が出てくるっていう一番怖いところがあっさり流されちゃったせいか、そんなに怖くもない話で良かった。水無本さんのざっくばらんな話しぶりのせいもあるだろうけど。
「昨日聞いたってことは、その人がこれからどうなるかはまだ分からないのよね?」
リョーコが物騒なコメントをする。
「その人が引っ越したとか行方不明になったとか、何かあったら教えてね」
「あんたもたいがい不謹慎ね」
水無本さんが呆れた声を出した。例によって表情は少しも変わってないけど。
「でもさあ、怖がってる人のところに来るとは限らないんだろ。ならリョーコの家に出るかもよ」
セントは思い出したようにさっき沸かしたポットのお湯を取りに行く。
「確かにそうね! そしたらみんな呼ぶから、検証手伝ってね」
「絶対やだ!」
「ミナのところに出たらちゃんと行ってあげるわよ?」
「出ないから! やめてよ!」
――さて、これで全員一話ずつ話が終わってしまった。
当初リョーコは「七物語」とのたまっていたわけだが、水無本さんの話を入れても結局六話だ。
どうせシンは来ないんだから。あいつは思い付きの用事を次々入れていくせいで、決めておいた予定なんてすっかり忘れてしまう。
「どうする? 誰かもう一話話す?」
同じことを考えたらしいクダの言葉に、リョーコはそうねえと首を傾げる。
と、そこに。
「――最後の話してやろうか」
ギャッとすばやく飛び退ったのはミナだった。
いつのまにかミナの隣の椅子に鶴美先生が座っていた。この家の主ときたら、部屋中に秘密の抜け道でも通してるのかと思うくらい神出鬼没だ。
……たぶん、通してるな。
「急に出てこないでよ!」
ミナにキンキンと文句を言われても、四角いメガネの向こうはどこ吹く風の表情だ。
出てこないでよ、というのも妙な話なんだけど。ここは鶴美先生の家だし、一応ぼくらは職場体験プロジェクトとしてここに通ってるんだから。
と言っても、鶴美先生には僕らに自分の仕事を"体験"させる気がないのは充分すぎるほど分かってた。
そもそも鶴美先生の仕事がなんなのかも実はよく分かってない。水無本さんによると"個人発明家"らしいけど、鶴美先生本人は科学者だとしか名乗らない。先生って呼んでるのも、バイトで助手をやってる水無本さんがそう呼ぶのにならってるだけだ。
職場体験の募集要項にだって、研究職とか個人事業主とかそんなあやふやな情報しかなかったのだ。おかげで他に希望者がいないからってシンが勝手に手を挙げて――ぼくも巻き込まれた。
「やった! 話して、鶴美先生」
リョーコはにんまり笑って元の席につく。
「これで七物語完成! 話し終わったら何かが起きるわよ」
「それ百物語だろ」というセントの突っ込みには、
「忙しい現代人向けの略式なのよ」とそれらしいセリフを返す。
鶴美先生もおもしろそうに笑った。この人もリョーコ以上にいたずら好きなのだ。と言ってもこの人のいたずらは"調査"とか"サンプリング"とかの科学っぽい名のもとに行われるから……遊びでやってるリョーコよりまともというべきか、厄介というべきか。
「よし。俺のは短い話だ――」
鶴美先生が低い声で話し始めた。