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水無本さんの怖い話:明かりのついた窓

 昨日聞いた話なの。

 心霊スポットロケの準備中にホラーの話になって、そのときにヘアメイクの子が体験談として話してくれた。

 だから一応実話ね。あの子が嘘ついてなければ。


 彼女はアパートの二階の角部屋に住んでる。

 角部屋だから、どの部屋にも一律でついてる大きい窓の他に側面の壁にも出窓がついてて、日当たりがよくて気に入ってたそうよ。


 ある夜、仕事が終わっていつものように帰ってきた。

 帰り道をたどって、横にある駐車場を過ぎてアパートの階段に向かう。

 彼女の部屋は手前側にあったから、駐車場を通る段階で見上げれば自分の部屋の出窓が目に入ってくる。


 いつもなんとはなしにちらっとその窓を確認するのが癖になってたんだけど、その日は様子が違った。


 窓から部屋の明かりがついてるのが見えた。おまけに窓際に誰かが立ってる人影まである。

 出窓はすりガラスだったからはっきりとは見えないんだけど、レースカーテンが開いてその間に人がいるのは確かだった。


 彼女は部屋の鍵を恋人に渡していたから彼が来てるんだろうって思ったけど、何の連絡もなく勝手に入られてるっていうのはいい気分がしなかったんだって。入るにせよ、メッセージの一つくらいよこせって思ったみたい。


 で、ちょっとむっとしながら階段を上がって部屋に入る。

 カギが開いてるだろうと思ってドアを引いたのに閉まってたから、なんだかますますいらついた。


 カギを取り出して開けて、文句を言ってやろうとしたんだけど――


 部屋の中は暗かった。

 玄関も奥のワンルームも、電気は消えてたの。


 彼が脅かそうとでもしてるんだろうと思って、「ちょっと、やめてよ!」って呼びかけたんだけど、返事がない。


 うんざりしながら玄関の電気をつけると、彼の靴がないことに気づく。

 部屋に上がってワンルームの電気もつけて「ねえ!」って大声出したんだけど、やっぱり返事は返ってこない。


 部屋には誰もいなかった。

 見れば出窓のカーテンも閉まってる。


 首をかしげて、念のためクローゼットの中とかトイレとかも確認したんだけどやっぱり彼はいない。狭いワンルームだから、隠れられるような場所なんてないのに。

 ドアも窓もちゃんと戸締りされてたから、こっそり出て行ったわけでもない。


 それで彼に電話をかけてみた。


 彼は平然とした声で出て、どうしたの、って言うの。

 うちに来たかって聞いたら怪訝な声で否定されるし、そもそもそんないたずらするような人じゃないんだって。


 おかしいなって思ったんだけど、電気がついてたように見えたのは気のせいだったってことで片づけた。

 あんまり深く考えない子なのよ。


 彼女、この話を友達にしたら本気にされちゃってね。

 不審者が勝手に部屋に入ったんじゃないか、今も部屋のどこかに潜んでるんじゃないかって勝手に怯えられたんだけど、彼女は相手にしなかった。


 でも何日かして、また夜帰宅してなんとなくアパートの窓を見上げた時にね、また部屋の明かりがついてたの。

 人影もはっきり映ってる。


 彼女、それを見るなり今度こそと思ってダッシュしたんだって。逃げられる前に部屋に入ってやろうととっさに思った。

 いまいち理解できない行動だけど、彼女は反射的にそうしたみたい。


 で、すごい勢いで階段を駆け上がってカギを開けたんだけど――また部屋の電気は消えてた。

 もちろん誰もいなかったし、窓もカーテンも閉まってた。


 さすがに二度目は気のせいじゃ片づけられなくて、部屋の中を徹底的に調べた。散らかってるものをかき分けて、棚も冷蔵庫も全部開けて、押し入れの天井とか、トイレの換気扇とか、ベッド下の引き出しもひっぱりだして、人がいるはずもないようなところまでしっかりチェックしたんだけど、やっぱり異常はない。

 出窓とカーテンもよくよく確かめてみたけど、何の問題もなかった。


 問題なかったって思ったら、もうどうでもよくなった。


 いつになく念入りに部屋の中を掃除したようなものだからね。そんな重労働の後じゃもう、出窓の電気がついてたって光景の記憶もだんだん薄れてくるし、それと同時に驚きとか不安とかも忘れてきちゃったのね。

 喉元過ぎたら熱さ忘れるってやつ。彼女、本当に能天気な子なのよ。


 それでまあ、想像つくと思うけど、三度目もあったの。


 また数日後の話。

 夜に帰ってきたら部屋の明かりがついてて、出窓に人影が映ってる。


 そのときの彼女が思いついたのは、見間違いかどうか確かめようってこと。

 つまり、このまま見てようと思った。


 よくよく見てるうちに何か勘違いに気づくかもしれないし、もし本当に部屋に誰かいるんなら、いつかは立ち去る動きを見せるはず。


 出窓はすりガラスだから、ガラスのすぐ近くにあるものの影なら見えるんだけど、離れたところにあるものはまるで見えない。

 だから窓の向こうに立ってる人間がいたとしても、アパートの外で見上げてる彼女の存在は確認できないはずだった。


 それで彼女、駐車場のそばに立ったまま根くらべすることにしたの。

 明かりが点って誰かがいるように見える窓を、仁王立ちでじっとにらみつけた。


 彼女が実際何分そうしてたのかは知らないけど、本人の体感的には「いつまでたっても」変化がなかったんだって。いなくなるわけでもないし、動きがあるわけでもない。


 しかも飽きてきちゃって、もう無視してみなかったことにしようかとも思い始めた。


 そのとき、電話がかかってきたの。


 付き合ってる彼だった。

 窓の人影から目を離さないようにしながら出てみれば、「今何してた?」なんてたわいもない話を始める。


 でもいいタイミングだって思いついたの。

 彼に、今すぐ家に来てって呼びつけた。部屋に知らない人がいるって。

 彼は心配して、すぐに行くって言ってくれた。


 彼を待つ間も彼女はずっと窓を見張ってたけど、やっぱり人影はずっとそこにいるの。


 でも少し――動きがあった。

 影の形が変わったなって感じて、よく目をこらしてみたらね、影がゆっくりと手を上げてたみたい。


 両手が体の脇からゆっくり持ち上がる。手のひらを窓にべったり付けて、撫で上げるみたいに。大きく開いた両手が、顔の位置の両脇に据えられた。

 すりガラス越しだけど、指の一本一本、肌の色まで見て取れたの。


 ただの影だと思ってたけど、それ、確かに人間なんだって。

 人間が立って、窓に手の平をくっつけてこっちを見下ろしてるんだって。


 それだけじゃなくて――影は顔も窓に近づけてきた。

 丸い頭の影がだんだん大きくなって、そうすると――顔のパーツまで判別できそうになる。


 彼女、怖くなってさっと顔を下に向けた。


 顔を見たくないと思った、というより、相手と目が合うのが怖かったんだって。向こうからこっちは見えないはずだけど、こっちが顔を見てしまったら向こうにも知られてしまうんじゃないかって、嫌な予感がしたんだって。

 彼女、能天気に見えて案外気にするところは気にしちゃうわけ。


 でも、その後でおそるおそる顔を上げてみたら、影は直立した格好に戻ってたんだって。


 そうこうしてるうちに、彼が自転車でやってきてくれた。


 彼女が指さすと、確かに窓に明かりがついて人がいるのが彼にも見えてた。自分の勘違いじゃないって少しほっとしたみたい。

 で、彼は自分が部屋に行ってみるから、そこで待ってろって言ってくれた。


 彼は慎重に階段を上って行って、下で見守ってる彼女を確認するとインターフォンを押してみた。


 窓際の人影は動かず、電気も消えない。


 彼女が首を縦に振るのを見て、とうとう彼は鍵を開けて部屋に踏み込んだ。


 彼が部屋の中に消えていってもまだ、人影は微動だにしなかった。

 彼女もさすがにハラハラしたみたい。中の変な人と彼が鉢合わせしたらって考えて、スマホで警察の番号を押す準備までしちゃってた。


 食い入るように窓の人影を見つめてると――人影が動いた気がした。

 影が大きくなったの。つまり、また窓に体を寄せてきてる。


 影が片手を上げて何かを始める。


 窓を開けようとしてるって分かってぎくっとしたみたい。

 とうとう、影の顔が見えちゃうわけだからね。


 好奇心のせいか、それとも怖くて硬直しちゃったのか本人にも分からなかったみたいだけど、彼女は窓を見つめ続けた。


 開いた窓から顔をのぞかせたのは――彼だったの。


 彼、窓から身を乗り出してきょろきょろ左右を確認したあと、彼女に目を留めて手を振る。なんてことない態度だった。


 で、彼女も部屋に行って彼と合流する。


 彼が言うには、部屋には鍵がかかってて、インターフォンを押したとき中に人が動く気配はなかったって。

 鍵を開けたら部屋の電気はついてて、窓のカーテンは開いてたけど、当然のように誰もいない。窓にはしっかり鍵もかかってたし、開けてみても異常はなくて、それから駐車場で待ってる彼女に手を振ったんだって。


 単に電気つけっぱなしで家出ちゃっただけなんじゃないの、って彼は笑いながら言った。

 人影が映ってるように見えたのは、部屋の壁にハンガーに吊るしてた服かなんかの影じゃないかって。


 彼女も少しは、おかしいなって首をひねったみたいだけど、やっぱり「そんなもんか」って結論に落ち着いたみたい。


 ほんと、能天気な子だよね。

 今まさに不思議なことが起きてるのなったら気にするけど、見えなくなったらもう忘れちゃうの。


 それが三週間くらい前の話で、以降は窓に変なものが映ることはなくなったんだって。


 彼女はそれで話を終わりにしようとした。




 ――最後まで黙って聞いててあげんたんだけど、さすがに突っ込みを入れたわ。


 なにかって言うとね、私、その話知ってたのよ。


 彼女が話したのとほとんど同じ話を、例のホラー番組の怪談企画で怪談師が話すのを聞いてたの。


 一ヶ月ちょっと前にもロケがあってね、彼女も同じ現場にいたのよ。

 だからてっきり、私も一緒に聞いてたってことを忘れてさも自分の話みたいに語っちゃったんだろうと思った。


 それあの時のロケで聞いた話でしょ、って指摘したんだけど、彼女はきょとんとするの。そうでしたっけってとぼけたことを言う。


 彼女の言い分だと、ロケには確かに行ったけど、収録の内容まで聞いてなかったんだって。

 まあ確かに、彼女の性格的に担当外のところまで興味を持って耳を傾けてたとは考えにくかった。時間が空いたらすぐスマホいじりだすような子だからね。


 で、私がロケで怪談師から聞いた話だと、この話まだ続きがあるの。


 怪談師の話もだいたいの流れは同じ。

 誰もいないはずの自宅の窓に人影が映って、空き巣が入ったのかもって思った住人がインターフォンを鳴らして確認したけど反応がない。部屋に入って確認しても誰もいなかった。


 怪談師の話では、その後が問題。


 窓に人影が映ることはなくなったんだけど、代わりに部屋の中で気配を感じるようになったんだって。閉めたはずのドアが開いてたり、ものが移動してたり、足音がしたり、視線を感じたり。

 それがエスカレートして、洗面所の鏡で自分の背後に人がいるのが見えたり、夜寝てて目を覚ましたらベッドの下から人の頭がのぞいてるところを目撃したり。


 耐えられなくなって最終的に引っ越したんだって。


 で、引っ越した後は当然同じようなことは起こらなかったし、その部屋に新しく入った人にも何も変なことは起こらなかったって。


 その怪談師が言うには、これと同じような話を他からも聞いたことがあるらしいの。実際の体験談としてね。

 ネットかなんかで拾った話を実体験として話してたってだけかもしれないけど、本当に同じ体験を複数の人がしてるとも考えられるって言ってた。


 一種の妖怪なんじゃないかって。

 窓に虚像を貼り付けて住人を脅かして、その家を奪うの。

 自分の家なのにインターフォンを鳴らすっていう行為が、その家の所有権を放棄したとみなされてるんじゃないかって。

 だからその人がインターフォンを鳴らした後は部屋の中に入れるようになって、今度は本格的に住人を追い出そうと存在を主張する。

 でも新しい住人がまた正式にその部屋を手に入れたら、居続けることができなくなって他の部屋を探す。


 ――私、怪談師から聞いたこの説明を含めて、もう一度彼女に話してあげた。


 彼女はやっぱり聞いた覚えないって首をひねってた。


 それに、自分にはあれ以来変なことは起きてないって。

 ……とは言っても、彼女のことだから、ドアが開いてたりものが動いてたりしても気づいてないだけかもしれないけど。


 さすがに人の顔でも目撃したら彼女も怖がると思うけど――結局夢だと思って忘れちゃうかもね。




 私の話としてはこれで終わり。


 で、これ、聞くと呪われる系の話って言ったでしょ?


 この妖怪――もし妖怪なんだとしたらだけど、人の不安とか恐怖につけ込むんだって。

 だから、今いる家に飽きたら、この話を聞いて怖いって思った人を次のターゲットにするんだって。


 つまり、この話を聞いて怖いって思っちゃったら、その妖怪が来るかもしれないってこと。


 信憑性はないけどね。彼女だって全然怖がってないんだから。


 ――まあ、分からないけど。ほんとは現場ではちゃんとその話聞いてて怖いと思ったけど、今はもう忘れちゃっただけかも。


 っていうわけで、気をつけてね。

 気をつけようはないけどね。誰もいないはずの家に変な人影があったら、インターフォン鳴らさないほうがいいかもよ。


 一人暮らしじゃなければそんなに怖い話じゃなかったかな。


 はい、これでおしまい。

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