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「今までで一番胸糞悪くなる話ね。見直しちゃったわ」
身を乗り出すように両肘で頬杖をついて聞いていたリョーコが、うれしくない誉め言葉をよこす。
いや、そもそも誉め言葉じゃないな。
「母親が世間体のために子供を殺しちゃうっていう話って聞いたことあるわよね。ねえクダくん、なんて言うんだっけ?」
「ミュンヒハウゼン症候群」
「答えんなよ、クダ。っつうかそんな言葉あんのか」
突っ込んだセントは呆れたようにぼくを見た。
「まあ、コジが双子双子言われるのが嫌だってことは充分分かったよ」
「や……別にそのための話じゃないけどさ。ほかに思いつかなかったから……」
別に、シンに死んでほしいとまでは思ってない。ただ、ぼくがあいつの面倒をみる筋合いなんてないってだけなのだ。
シンはシンで、ぼくはぼく。それだけのこと。
「そもそもシンとコジじゃ似てないし。コジがシンの真似しようとしたって絶対無理でしょ」
からかう口調で言うミナをじろりとにらむ。
からかわれる方が多いミナだが、どうやらぼくのことは下に見ているらしい。
案の定、誰かをからかうとなったらリョーコが乗ってくる。
「そうね、シンの方が背が高いし」
「ほんのちょっとだろ!」
「でも二人で同じ表情するとそっくりだよな。びっくりしたときとか」
「やめれ、セント」
「シンはコジと似てるって言われると嬉しそうだけどね」
クダの不意打ちに思わず言葉に詰まる。
まったく、普段しゃべらないくせに口を開くと変なことを言う。
シンに嫌われてないことなんかわかってる。
というか、あいつはほとんど人を嫌いにならないんだから。
それが厄介なんだ。誰にでもなれなれしいし、むやみに信用して親切心を出す。
そのせいで面倒ごとを次から次へと引き受けるくせに、おおざっぱだからボロボロ手落ちがあって、後始末はぼくに回ってくるのだ。
知らない人から見たらぼくとシンはほとんど同じ顔だから、ぼくはよくシンと間違われ、見に覚えのない約束を守らされるはめになる。
そりゃ、知らないってつっぱねたっていいけど、事情を聞いてしまったのに見て見ぬふりなんてできるものじゃない。
だからシンにとっちゃ、ぼくと似てることで悪いことなんか一つもないのは当然なのだ。
ぼくだけが貧乏くじをひいている。
もちろんシンは兄弟だし、家族だ。死ねってほど憎んでるわけじゃない。
ただ、シンの代わりだなんて思われたくないだけだ。
――と、部屋の電気が点いた。
まぶしさに目をしぱしぱさせながらスイッチの方に注目すると、ドアの下に水無本さんが立っていた。
「いるんなら電気点ければ?」
当然の突っ込みを入れながら部屋に入ってきて、ぼくたちの横を通り過ぎてカウンターの奥のキッチンに向かう。
いつもながら動じない人だ。
彼女のボスも驚いた顔なんかめったに見せないけど、水無本さんはまさに表情一つ変えない。能面と呼ばれるだけのことはある。
「水無本さん、怖い話して!」
椅子の背に手をかけて唐突に言い出すリョーコに、水無本さんは無表情のままくるりと顔を向ける。
「怪談してたの?」
「そう。七話必要なんだけど、足りなくて」
「今何話?」
「五話。シンがそのうち来たら六話になる予定」
リョーコは本当にシンの怪談を期待してるんだろうか。
人の話だって五分以上じっとして聞いてられないあいつが、自分で筋道の立った物語を話せるとはとても思えない。
「なるほど、そういうことね」
水無本さんは無表情のままだが、興味ありありらしいことは声色で分かった。
声だけ聴けばあたかも笑顔を振り向いていそうなんだが、顔を見るとまったくの無気力。本人に言わせれば表情筋を無駄遣いしないためらしいが、逆に高度な技をやってるとしか思えない。
それともアイドルっていうのはこういう技を普通にできるものなんだろうか。
確かに水無本さんはキレイだけど、テレビに出ても無表情のこの人がアイドルだっていうのはいまいち納得できなかった。
セントによると、無表情なのに歌の表現力が高いってところが一部のマニアに密かな人気らしい。
「いいよ、話してあげる」
お湯を注いだマグカップを片手にもってきた水無本さんは、カウンターに肘をついてこっちを向く。
にんまり笑ったリョーコが再び電気を消すと、水無本さんはカップを一口すする。
「聞くと呪われる系の話だけどいい?」
「やだ!」とミナが真っ先に拒否したが、だからといってやめる気はなさそうだ。
「大丈夫大丈夫、回避策あるやつだから」
「よかった、なら安心ね」
白々しく言いながらミナの口をふさいだリョーコに促され、水無本さんが話を始めた。