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異世界五分前仮説   作者: するめいか
最終目標「仲間を集める」
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閑話「言葉遊び」

 勉強会の後、イズとネメスは男部屋に留まっていた。


 ネメスがヴィーレ達と遊びたがっていたため、流れでイズも残ることになったのである。


 保護対象にはとことん甘い賢者だった。


 現在は、ベッドの上でヴィーレとネメスが、テーブルでイズとカズヤがそれぞれ雑談をしているようだ。


「暑い……暑すぎる……。王都ってのはこんなにクレイジーな気温をしてやがるのか……」


 ベッドに寝転がったまま死にそうな声で愚痴を吐くエル。


 肌着とズボンだけの格好になっているというのに、彼は汗をダラダラ流している。


「おい、リーダー」


 隣のベッド上でネメスと話しているヴィーレを睨むと、エルは苛立ちを隠さずこう言った。


「どうにかしろ。これじゃあまるで蒸し風呂だ」


「凄まれても背筋は凍らん。イズに頼んでアイスティーを淹れてもらえばいいじゃないか」


「ごめんだね。奴は三本脚の椅子みたいに不安定な女だ」


 ヴィーレの素っ気ない返事にこれまた愛想のない答えを返して、エルは彼らに背を向けた。


 もう諦めて眠るつもりのようだ。


 けれども、エルが無理していると勘違いしたのか、ネメスは不安そうに彼を気遣う。


「そんなに暑いんですか? 熱でもあるんじゃ……」


「違えよ。俺は北方出身なんだ。高い気温と湿度に慣れているお前らなら気にならないんだろうが、ユーダンクもアルストフィアも、俺にとっては灼熱地獄そのものだぜ」


 鬱陶しそうに説明をしてやると、タオルケットを腹の上に被せて、無理やり眠りに入ろうとするエル。


 しかし雑念まみれでスムーズに就寝できるはずがなく。


 彼は張りつく服や乾く舌に頭の中を掻き乱されて、思うように寝つけずにいた。


「あ、あの……!」


 そんなエルを見かねて、ネメスは再度声をかける。


 自身のグラスに入ったアイスティーを揺らし、氷の音をカランと鳴らして、恐る恐るこう提案したのだ。


「わたしのお茶、飲みますか? まだお口付けていないですし」


 エルはその音にすぐさま反応した。


 寝返りを打つように振り返り、数秒だけ悩む素振りを見せた後、ベッドから立ち上がってネメス達の方に歩み寄ってくる。


「あぁ……。助かる、すまねえな」


 ネメスから受け取った茶を一気に飲み干すと、彼は派手な音を立てて氷までを噛み砕いた。


 ベッド脇のナイトテーブルに空のグラスを置く。


「ありがとよ」


 素直に少女へ礼を告げて、そのままベッドに腰を下ろすエル。


 ネメスとヴィーレの隣に座る形だ。


 そうすると、ずっと観察するようにエルの方へと視線をやっていた勇者に対して、彼はジト目で小さく不満を漏らした。


「……何だよ、ヴィーレ。さっきからジロジロ見てきやがって」


「いいや。ただ、てっきり女性蔑視者(ミソジニスト)かと」


「ンな訳ねえだろ。初対面で殴られたら、誰であろうと距離を置くさ。相手が天下の大貴族様だろうがな」


 弾力のあるベッドの上で胡座をかきながら、「馬鹿らしい」といった風に返答するエル。


 彼は二人の会話へ参加することにしたようだ。


 どうせまた自分の寝床で横になってみたところで、眠れはしないと悟ったのだろう。


「そういやあ、イズは貴族のくせに化粧とかしてないんだな」


 テーブル組の二人に聞こえないよう、エルは小声で話しだす。


 ベッド組は三人で円を作るように座っているため、それぞれが顔を近付けると、内緒話をしているような形になった。


 さて、彼の言葉に答えるのはヴィーレだ。


「貴族とはいえ、旅に出るのに化粧はせんだろ。紅茶セットは持ってきているみたいだが」


「ふぅん」


「だけど、普段はお化粧したり、綺麗なドレスを着たりするんですよね? いいな~、お姫様みたい」


「ウットリとしてるけどよォ、ネメスちゃん。化粧しないで可愛いってのに越したことはねえぜ。ドレスとヒールは歩きにくいって言うしな」


「あれ、そうなんですか?」


 エルの話を受け、キョトンとした顔で隣にいるこちらへ尋ねてくるネメス。


 ヴィーレは一瞬だけ答えに窮した。


 正直に答えることもできたが、そうすると彼女の抱いているガラス細工みたく繊細な夢と理想をぶち壊してしまう予感がしたのだ。


 だから、勇者はわざとズレた回答を寄越してみせた。


「男の俺には分からんが、ドレスを着て化粧をしたネメスはきっと綺麗だろうな」


「え? あっ……。お、お世辞なんかくれなくてもいいですよ……! わたしなんかに! わたしなんにっ!」


 彼女は抱っこしていた白猫のぬいぐるみに顔を埋めてしまった。


 耳まで真っ赤になって湯気を出している。心臓の音が聞こえてきそうなほどの恥ずかしがりようだ。


 褒め言葉が弱点なのだろうか。


 と、そこで、ネメスが悶えている隙に、エルはヴィーレの方へと顔を寄せて、少女へ聞こえないよう相談をした。


「なあ、ヴィーレ。王族や貴族ってのは、男でも化粧するらしいぜ。ひょっとして、俺達も化粧したら、女の子にモテまくるのかね?」


「別に女性も男からモテるために化粧しているわけじゃあないだろ」


「そりゃあな。男を落とすためには、顔の化粧なんざ必要無いぜ。心の化粧だけしてりゃあ良い」


「今日初めて会ったばかりだけど、言わせてもらうぞ。何言ってんだコイツ」


 冷めた口調で応答しながら身を引く勇者。


 ヴィーレからすれば、既に旧知の仲である友人と話すノリなので、カズヤと接するときよりもいくらか態度がフランクだ。


「このエル・パトラー、心は常にすっぴんだ」


 イズのせいで毒舌には慣れたのか、エルは普通に開き直ってくる。


 賢者や魔物の話が絡んでいなければ存外調子の良い普通の男だ。


「ねえねえ、エルさん」


 そこでやっと悶えから脱したネメスが会話に復帰した。


「『すっぴん』って何ですか?」


「素でべっぴんの略だぜ」


「へぇ~」


「ちなみにケバくてブスな奴は略して『ケバブ』って言うぜ」


「へぇ~!」


「そこ、変な嘘を吹き込むな」


 二人のやり取りを見かねたヴィーレが横からエルを(たしな)める。


 どうもネメスは他人の話を真に受けすぎる質があるようだった。


 その純真さが命を懸ける旅において剣となるのか、それとも足枷となるのかは、きっと誰にも分からないだろう。







 ヴィーレ達のグループから少し離れたテーブルでは、イズとカズヤによる静かなお茶会が繰り広げられていた。


 二人の前には、イズが淹れた紅茶と、カズヤが一口大に切り分けた色鮮やかなフルーツ達。


 死地を潜り抜けたばかりの者らにしては随分と優雅な時間の過ごし方である。


「ねえ、カズヤ。ちょっとした言葉遊びなんだけど――――」


 エル達の様子を微笑ましそうに眺めていたカズヤへ、何の脈絡もなくイズが問いかけた。


「一つしかないのに『()を食べる』とはこれ如何に?」


「肌寒いのに『(夏季)を楽しむ』と言うが如しだよ」


 不意にかけられた無理問答に、カズヤ少年は即答する。


 が、答えた後になって、彼はイズに向き合ってから、訝しげに顔をしかめた。


「……えっ。どしたの?」


「深い意味は無いわ。あんたがいた世界の言語と、私達がいる世界のそれって同じみたいだから、言葉遊びも通用するのかと思って」


「あぁ、なるほど。確かに不思議ではあるよね~。創作物の中では、現地で勉強したり、魔法でどうにかしたりって展開が多いけど。僕の記憶にある限りでは、そんな事も無かったし」


「そもそも、あんたの異世界転移については不明な点が多すぎるものね。本人が覚えていないんなら仕様がないけれど……」


 と、そこで何か言いかけて、桃を一口飲み込むイズ。


 たったそれだけの所作だけでも、染みついた育ちの良さが窺える。


「まあ、考えても分からないことに時間を割くのはナンセンスね」


 相手から有益な答えが得られるとは思えなかったのだろう。


 イズは頭を横に振って、考えを切り替えた。


「あんたのいた世界について聞かせてちょうだい。たしか、カズヤは『マンガ』とか『アニメ』とかいう文化が好きな……オタクだっけ? そういった人種だったのよね?」


 前のめりになって話題を転換するイズ。


 彼女は時間があれば、カズヤから元の世界の話を聞くようにしていた。


 政治、歴史、人種、科学、風土、その他諸々。カズヤから可能な限りの情報を教えてもらって、それを吸収していく。


 賢者たる者、常に勤勉でいなければならないのだ。


 今日はカズヤのいた国、日本の文化について聞くつもりらしい。


「うん。漫画は書物の一種だね。物語のジャンルも多様で、小説とは違った創作物なんだ。こっちの世界にある物語を読んだことがないから、的を射た比較や比喩はできないけれど……」


「ファンタジーとか歴史小説とか?」


「そうそう。……ここって、ただでさえファンタジーな世界なのに、魔法や異世界を描いた小説が存在するんだね」


「呪文を扱えない人間の方が多いし、戦争が始まる前までは魔物なんて『ちょっと狂暴な獣』くらいの扱いだったから。ヒーローや超常現象に憧れる人は多いのよ」


 魔物が人間のみに対して共通の敵意を抱いている現状が異常なのだ。


 まさに悪夢のような世界である。


 カズヤにとってだけでなく、イズ達にとっても今の世は小説の中そのものだった。


「私達に比べると、あんたのいた世界はSFチックで良いわね。カーニバル王国では人気のジャンルなのよ。科学と叡知による機械仕掛けの街、ロボットに戦艦……。ロマンの集大成だわ」


 片手を頬に当ててウットリするイズ。


 彼女はSFやミステリー、高度に文学的な詩などが大の好物であった。


 それこそ自ら執筆を行い、十何冊もの本を世に出しているほどである。著書は漏れなく世間からの評判が良い。


 彼女が賢者と呼ばれている由縁の一つである。


 そんなイズにとって、宇宙空間へまで行けるようになった世界は、まさに羨望の対象であろう。


「イズさんの家にある蔵書数はきっと凄いんだろうね」


 相手の態度からよほど読み物が好きなのだろうと推し測ったのか。


 カズヤは肘置きに頬杖をついてそう漏らした。


「私が集めた物だけでも六千冊あるわ。おかげで我が家には新たに図書室が増築されちゃった」


 自分でも流石にわがままだったと自覚しているのか、イズは恥ずかしそうにはにかむ。


「周りからは『わざわざ買わなくても借りればいいじゃない』って言われたんだけど、読んだ本はどうしても集めたくて」


「分かるよ。棚に並んだ背表紙を眺めていたくなる気持ちも、好きな物にはありったけのお金を注ぎ込みたくなる気持ちも」


「そうそう、変に妥協したくないの。読書には全身全霊を尽くしたい」


「君の熱意が羨ましいよ」


「本当にそう思ってる?」


「勿論。だって、金銭感覚が狂いだしてからが本当の趣味じゃあないか」


「至言だわ」


 ポンと嬉しそうに柏手を打つイズ。


「こういう話になると、あんたとはビックリするくらい馬が合うわね」


「満ちすぎると満たされなくなるのが人間なのさ。心理というのは実に奥が深い」


「深いのは()()の類いじゃないかしら」


 イズがそう返すと、二人は同時に笑い出した。


 意外にも波長の合う部分が存在したようである。互いの世界に関する情報交換しか繋がりの無かった関係から、良い方向へと脱却できそうだ。


 ともあれ、こちらのグループの会話も段々と別の意味で盛り上がり始めていた。


 総勢五人となった勇者パーティーは、ギクシャクした関係を抱えながらも、他愛ない談笑を続けていく。


 結局、彼ら彼女らの雑談は、ヴィーレが眠りこけてしまうまで終わることはなかった。

【得意分野】


ネメス「エルさん、エルさん。どうしてイカ墨スパゲティーはあるのに、『タコ墨スパゲティー』はないんですか?」


エル「単に食材として扱いづらいからだ。タコの墨は粘性が低くて、水にも溶けやすいから加工がしにくい。おまけにタコの墨汁嚢、タコ墨が入っている部分には、取り出しづらいっていう弱点もある」


ネメス「へぇ~」


エル「ちなみにタコ墨の方が旨味成分は高いらしいぜ」


ネメス「へぇ~!」


ヴィーレ(料理に関する質問をすれば、タメになる話が聞けるようだ……)

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