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異世界五分前仮説   作者: するめいか
最終目標「仲間を集める」
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46話「引っ掛け問題」

 ドゥリカ・ブラウンに化けた時計の魔物は、三日前の世界にて、イズ・ローウェルの私室を訪ねていた。


 部屋の鍵は閉まっている。


 自室に引きこもりがちだったイズの過去を再現したからだろう。彼女は部屋にいる時、いつも欠かさず戸締まりしていたようだ。


 時計の魔物が部屋の内装を具現化した際、鍵の閉まった扉という記憶しか見当たらなかったため、やむを得ずそれが反映される形となった。


 おまけに、イズの部屋は内鍵である。


 外から解錠する手段が存在しない以上、ネメスに中から扉を開けてもらうほかに、魔物はスムーズに入室する方法を持っていなかった。


 暴力的なやり方でこじ開けることも勿論可能だが、彼はもっとスマートに行きたい気分だったらしい。


「ネメス。起きているなら返事をしてくれ」


 ここに来て二度目の呼び掛け。


 黒時計はドゥリカの姿をしたままであるが、記憶の能力(ローファイ・タイムズ)を用いてヴィーレそっくりに変声している。


 何故、彼がネメスをローウェル家に転送したのか。どうして勇者一味の誰かに変装し直さないのか。


 それらには退っ引きならない理由がある。


 まず、魔物にとって重要なのは、ネメスを送る先がイズの部屋であるという事だった。


 ユーダンクでネメスが目覚めたとき、その場から動きたがらなくなるような場所。


 そこに彼女を置いておかなければ、イズ・ローウェルの相手をしている間に、とんでもない不測をもたらしかねない。


 だからネメスをここへ転送した。


(俺がガキの記憶を奪わなかったのはこのためだ。三日前のアイツは今よりずっと警戒心が強い。それを相手取るよりは、(ほだ)された過去を残したまま、勇者に化けて近付いた方がうんと楽に殺せるだろう)


 だが、先ほど起こった想定外により、今はドゥリカの変装を解くことができない。


 召喚の呪文(サモンナイト)が解除されてしまうからだ。


 現在、イズを足止めしているのはドゥリカの使役する鎧の異形たちである。


 それを消してしまったときのデメリットは、ヴィーレに変身するメリットを相殺して、なお余りあるものだった。


(この扉に覗き穴でもあれば話は別だったが、鍵さえ外させちまえば、後はこっちのモンだ。泣き叫ばれる前に弾丸を撃ち込んで、それで終了)


 魔物は指をパキパキと鳴らしながら、澄んだ空気を目一杯吸い込む。


 そして、不意に何かを思い出すと、今度は深く嘆息した。


(魔王の寄越してきた仕事は『勇者の生け捕り』だ。残りの人間は皆殺しで構わねえ。初めは楽なお使いだと思っていたが、なかなかに難儀な命令を下してくれたモンだぜ、ジジイの野郎……)


 魔物がボスの顔を思い返して悪態をついている間にも、事態は彼の思惑通りに進んでいく。


 部屋の中のネメスが返答を寄越してきたのだ。


「ヴィーレさん! 帰ってきてくれたんですね!」


「お前が不安がっていると思ってな。それより、扉を開けてくれ。訳あってこっちからは解錠できないんだよ」


「分かりました~!」


 壁の防音性が高いのか、ネメスの声は比較的小さく聞こえてくる。彼女がトテトテと小走りで駆け寄ってくる足音も、微かにだが認識できた。


「ここはイズさんのお(うち)なんですか?」


「ああ。アイツとカズヤは、エル・パトラーの行方を捜索してくれている」


「まだ見つかっていないんですね……。それじゃあ、ヴィーレさんは?」


「道中で眠ってしまったお前の世話係だとよ。光栄なことだ」


「えへへ。イズさん達が戻ってくるまで、また二人でゆっくりお話しましょう!」


 そこまで言ったところで、近付いてきていたネメスの声は扉の前まで辿り着いた。


 両手に持っていた長銃へ魔弾を装填する時計の魔物。


 彼はドアに向けてそれを構え、しばらくジッと待っていたが、いつまで経っても解錠される音は聞こえてくることがなかった。


「……どうした、ネメス」


 沈黙が不自然な域に達したところで、魔物はとうとう痺れを切らす。


「早く扉を開けるんだ。この廊下は日が当たっていけない」


 わざと疲れたような声を出してみると、室内からネメスの申し訳なさそうな返事が投げ返された。


「いえ……。ただ、イズさんから注意されていたのを思い出したんです。『もしも一人きりになることがあったら、その後は些細な出来事にも警戒しなさい』って……」


「何だ、俺を疑っているのか?」


「ち、違いますっ! でも、世の中には変身の呪文を使える人や、小さい子を狙う犯罪者もいるって聞いたから。ちょっぴり怖くって……」


「敏感になりすぎだ。ここはユーダンク、王都のど真ん中なんだぞ? そんなに物騒なら人類はとっくに滅びている」


 魔物はヴィーレの口調を崩さずにレスポンスを返していく。


 廊下に敷かれてある緑のカーペットを足裏で小刻みに叩きながらも、依然として銃口は扉から逸らしていない。


「……分かりました! こうしましょう!」


 と、そこで一転、明るく楽しそうな声色がドアの向こうから放たれた。


 ネメスは続けてこう提案してくる。


「これからクイズを出題します。ヴィーレさんなら簡単に分かる問題です。あなたが質問の正解を知っていれば、わたしも安心して鍵を外すことができますよ。どうですか?」


「なるほど。それで俺が本物か見分ける、と?」


「その通り。わたしとの会話をちゃんと覚えているか、()()()()です!」


 部屋の中の様子は覗けないが、魔物はネメスがビシッと彼の方を指差してきているような気がした。


 彼女も心から疑っているわけではないのだろう。


 きっとわずかな恐怖心や、イズに対する無上の信頼感から、義務的に確認をとっておきたいだけなのだ。


 だから、お遊びを交えてこのような提案を持ち出してきた。


「……面白い。良いだろう、受けて立とうじゃないか」


 一瞬、強行手段に出ようかとも考えた魔物だったが、最終的にはネメスの挑戦を受けることにしたようだ。


 特に深い意味は無い。


 強いて言うなら、そうして相手を殺害した方が、より多くの達成感を味わえるからである。


 彼にとってもまた、このゲームはお遊びにすぎなかった。


「それじゃあ決まりですね! 慎重に答えてくださいよ~。問題はたった一問ですから!」


 出題者のネメスは、童心全開の様子で問いを告げる。


「ヴィーレさんの持っている大きな剣。それは、兵士のお友達からプレゼントされた、貴重な武器ですね? 今朝、イズさんから教えてもらいました」


「ああ、そうだよ。間違いない」


「では、ここで問題です! ヴィーレさんにその剣を贈ってくれた、お友達の名前は?」


 ネメスの質問は存外単純であった。


 当然、魔物には正しい答えが分かっている。


 彼はイズ・ローウェルの記憶を読んだのだ。イズはネメスと出会ってから、ヴィーレよりも長い時間、少女と共に過ごしていた。


(ネメスとのやり取りを検索すれば、答えは自ずと見つかるはず。……と思ったが、それは無いみてえだな。イズは大剣を渡してきた奴の名前をそもそも勇者から聞いていない)


 そうなると、ネメスはヴィーレ本人から質問の答えを教えてもらったと考えられる。


(イズが関わっていない以上、推測で当てなきゃなんねえが、思考するための材料なら有り余っているぜ)


 ネメスによると、ヴィーレに武器を調達したのは彼の『友達』だったらしい。


 イズは冒険前に、仲間となる二人の男の過去や身辺を綿密に調査していた。その結果を信じるならば、勇者にとって友人と言える存在は一人しかいない。


 そして、その一人は軍に所属する女性兵士だ。武器を入手するのに困ることはないだろう。


(あともう少し、俺の推理を決定付ける要素がありゃあ良いんだが……)


 時計の魔物はヴィーレが大剣を入手した前後の記憶を、脳内に繰り返し流し始めた。


 高速で再生される映像に意識を集中する。些細なヒントも見逃さないよう、眉間に(しわ)は寄せたままだ。


 すると、幾重にも刻まれていた線が突然フッと無くなった。


 同時に彼の表情には笑みが浮かぶ。


(あったぜ……ッ! 勇者に武器を手渡した女の姿が! 『奴』は三日前の夜、魔物に襲撃された人々を救援するため、アルストフィアへ来ていたんだ……!)


 アルストフィアで戦闘していた時のイズの記憶。


 そこで確かに、彼女はヴィーレの友人である戦士の姿を目撃していた。


 もう疑う余地は無い。動機から機会に至るまで、全てを備えた存在は一人しかいなかった。勇者に大剣を調達した人物、その正体は間違いなく例の女性だろう。


 ドゥリカに扮した時計の魔物は、ヴィーレの声音で答えを告げた。


「アルルだ。アルル・シェパード」


 無敵の戦士であり、第二勇者の幼なじみである女性。


 ヴィーレ・キャンベルに大剣を贈ったのは彼女しか考えられなかった。


 実際、時計の魔物が推測したとおりである。イズの記憶に誤りは無いし、彼女の調査にも不足は無かった。


 ヴィーレに武器を調達したのはアルル・シェパードだ。


「……不正解です」


 しかし、ネメスから返ってきたのはそんな沈んだ声だった。


「《モデリング》」


 すかさず彼女は呪文を唱える。


 直後、扉に直径二センチの穴が開いた。そこからチロッと、橙色の瞳が、不安そうに魔物の方を覗いてくる。


「……あなた、一体誰ですか?」


 穴越しに交わる二人の視線。


 ドゥリカ・ブラウンの姿を見つめるネメスの瞳には、確かな警戒の色が宿されていた。


 彼女が根拠を持たずに他人を疑うことはない。


 それはイズの記憶を読み取った時計の魔物も、重々承知していることだった。今さら情報を精査し直すまでもない。


 となると、やはり彼は解答を間違えてしまったのだろう。


 『本物のヴィーレであれば簡単に分かる問題』と、ネメス・ストリンガーは言っていた。


 そして、魔物はあくまで推測からアルルの名を答えたが、勇者へ武器を調達したのは間違いなく、ヴィーレの幼なじみである彼女であった。


 だのに、ネメスは魔物の返事から彼の嘘を見抜いたのだ。


 少女の仕掛けてきたチープすぎる引っ掛け問題。


 その幼稚なトリックの正体に、時計の魔物が辿り着いたのは、それからすぐ後のことだった。

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