32話「真犯人を突き止めろ」
アルストフィアとユーダンクの中間地点。
海岸に沿うようにして広がる巨大なジャングルにて。
魔王の部下であるフタバカズヤは、詐称していた嘘の一部を暴かれてしまい、勇者ヴィーレから脅迫にも似た尋問を受けていた。
『どうして扱える呪文の数を偽っていたのか』
問われている事項は今のところそれだけである。
しかしながら、カズヤには答えることができなかった。意地で答えないのではなく、答えられないのだ。
現在、彼が発動させることのできる詠唱は四つ。
爆発の呪文。鈍重の呪文。これらは潜入して間もなく、ヴィーレ達へ明かした能力である。
加えて、分析の呪文。秘密裏に調査を進めるため、隠していた能力であったが、これに関しては最悪の場合、知られたってどうとでもなる。
(問題は、潜入してから未だに詠唱していない『最後の一つ』だ。アレがバレたら、僕がスパイであることまで芋づる式に暴かれる危険性が高い……!)
カズヤは眼前の赤い瞳から目を逸らさずに思考を押し進めた。
能力の性質上、彼が匿っている四つ目の呪文は、存在を知られた時点で解けない矛盾を浮き彫りにしてしまう。
そこから導き出されるのは、カズヤが吐いた別の嘘を透かしてみせる真実の欠片だ。
(隠し通さないと……)
背後には木の幹、目の前にはこちらの体を拘束しているヴィーレの姿。
逃げる道は無い。
作戦を果たすほかに与えられた選択肢は無いのだ。
(嘘を重ねなければならないだろう。細心の注意を払って、トランプのカードで城を作るよう慎重に、偽の真実をでっちあげるんだ)
カズヤはあまり出っ張っていない喉仏をゴクリと鳴らす。
そして、まるで拳銃を突きつけるように、拳を見せつけてくるヴィーレへ、ようやっと質問の答えを寄越した。
「……伝えなかったのは、知らなかったからだよ」
全身に汗をびっしょりかいている。服が背中に張りつく感触が気持ち悪い。
けれど、少年は取り繕う口を止めはしなかった。
「イズさんの教えてくれた通りのやり方を、僕は忠実に試したんだ! それでも、『僕の扱える能力は爆発の呪文と鈍重の呪文だけだ』という結果しか出なかった!」
唯一拘束されていない左手でヴィーレの服の裾を掴む。
「けれど、今は違う。確かに僕は呪文を四種類使えるみたいだ。爆発の呪文に、鈍重の呪文に、分析の呪文。だけど、最後の一つはまだ分からない……。まるで靄がかかったように、詠唱が判然としないんだ」
こちらからも顔を近付けて、瞳の奥を逆に覗き返してやると、勇者の感情の機微を読み取れたような気がした。
「本当さ。本当なんだよ、ヴィーレ。お願いだから信じてくれ!」
朱と黒の瞳が間近で交わる。
互いの呼吸、その乱れすらも感じられる距離。
相手方がこちらの嘘を見抜くために接近してきたのに対して、カズヤは真実を押し隠すために、敢えてヴィーレの懐へ飛び込んだのだ。
「そうか、そうか」
と、しばらく見つめ合ったところで、ヴィーレは諦めたように拘束を解いた。両手を挙げてカズヤのもとから離れていく。
その仕草の意味は、自らの誤解を認めたというアピールだろう。
解放されたカズヤは天を仰ぎ、息を吐いた。片手は自身の心臓を落ち着けるようにして左胸を押さえている。
かれこれ数分ぶりに訪れる緊張の解れた瞬間。
それを狙い済ましたかのように、カズヤの背後で爆音が響いた。驚愕した鳥達が一斉に森から羽ばたいていく。
「可愛い顔を台無しにされたいようだな……ッ!」
背後から、ヴィーレの声が聞こえる。
おかしい。
つい数秒前までカズヤの前方に背を見せた状態で歩いていた男が、今は後ろに立っているだなんて。
カズヤは口から心臓が飛び出しそうになるのを堪えながら、恐る恐る後ろを振り返った。
「えっ……」
喉奥から反射的に声が漏れる。
さっきまで押しつけられていた樹木の幹。
カズヤの胴回りと比べたら、倍の太さはあるであろうそれが、大砲で撃たれたみたいに派手な折れ方をしている。
誰がそれをやったかなんていう疑問は、樹木のあった場所に拳を突き出している男を見れば、考える間でもなかった。
ヴィーレは両手を擦り合わせながら、唖然としている少年に歩み寄る。
「カズヤ。どうすればお前は彼女達の居場所を吐いてくれるんだ? あと二、三の質問を投げたとき? それとも、『イズの回復の呪文が無ければ死ぬ』という状況まで追い込めば……?」
一瞬で怒りを引っ込めたヴィーレは、気さくに肩を組んでそう脅してくる。
対するカズヤは改めて彼の異常な魔力レベルを意識させられていた。
怪力に加えて、目にも留まらぬ高速移動である。たった一瞬で人間の動きじゃないと理解させられた。
恐ろしいのは、あれが呪文による異能ではなく、魔力の作用である『身体強化』によるものに過ぎないのだという事実。
下手をすると、次はカズヤが件の樹木みたいになってしまうかもしれない。
(でも、大丈夫……。ヴィーレは、呪文の数に関する部分のみ、僕の嘘を把握している。それ以外はあくまで予測だろう。そうでなきゃ、時間を無駄にしてまで尋問を続ける意味が無い)
されども、カズヤは現実的に相手の心理を推察していた。
相手の取った行動は『大胆な引っかけ』である。そう見抜けていたのが、平常心を保てていた主たる要因だろう。
(彼は焦っている。だからこそ、徹底的に僕を追い詰めて、万が一のリスクすら残さず潰そうとしているんだ)
身体は恐れをなしているが、精神までは怯えに浸かっていない。
(違いない。ここで屈して、尻尾を出してしまっては、これまでに築いたものが全て水泡に帰してしまう……!)
渇ききった喉と、地面の上を泳ぐ視線。
緊張がピークに達しているのは自分自身が一番よく分かっていた。
『何か臭う』とは勘付かれているけれど、相手はオムツの替え方を知らない。故に強引な手法で根本的な原因を探ってきた。
つまり、勇者側にはもう打つ手が無いということだ。
それならば、疑いを晴らすための筋書きはいくらでも、カズヤの中に浮かび上がってくる。
「ヴィーレ、今の君は冷静さを欠いているよ。落ち着いてくれ。呪文の件については謝る。けれど、本当に僕はイズさんやネメスの行方を知らない! 心当たりも無いんだッ!」
叫び、隣の男から無理やり離れるカズヤ。
その声に表れているのは先までの恐怖といった感情ではない。
憤怒だ。
カズヤはアプローチ方法を変えることにした。言うまでもなく、これもお得意の演技であるのだけれど。
『ちょっとした嘘で多大な疑惑をかけられている。執拗なまでの尋問に嫌気が差し、遂に逆上した男』
彼はそういう役目を演じたのだ。
偽物の人格である『フタバカズヤ』を最後まで曲げずに、歪ませないままで押し通す。そういった気概が少年の魂を突き動かしていた。
相対し、睨み合う両者。
どちらも喋らず、根比べになるかと思われた冷戦だったが、先に折れたのはヴィーレの方だった。
「……可能性を示してみろ」
腰に手を当て、悲痛な嘆息を漏らすと、彼は言葉を継ぎ足す。
「お前以外に犯人がいると言うのなら、ソイツに繋がる足掛かりを何でもいいから挙げてみせてくれ」
とうとう敵意を引っ込めてくれたようだ。
ヴィーレは無防備にこちらへと背中を向け、先の一撃で興奮させてしまった二匹の馬を宥めだす。
しかし、安心するのはまだ早い。カズヤはヴィーレからの期待に応えて初めて容疑を真に解されるのだ。
(突き止めるんだ。イズさんとネメスを連れ去った真犯人を……!)
顎を指で撫でながら、推理を始めるカズヤ。
「魔物……」
最初に出てきた候補はやはりそれだった。
「人間を狙っている魔物がウジャウジャいるはずだ。イズさん達は、それらに拐われたのかも」
「一瞬で二人の人間が連れ去られた。悲鳴も無く、抵抗すらさせてもらえずに、だ。そうなると、相手は『能力』持ちの魔物しかあり得ないだろう」
能力。一部の魔物が扱う特殊な異能だ。
人間の呪文と似通った点が多くある。決定的に異なるのは、魔物の能力は、呪文と違って詠唱を必要としないということ。
カズヤはこちらを振り返ったヴィーレに質問を投げる。
「この付近でそういった魔物と遭遇する確率は?」
「まず無い。能力持ちなんてのは、現れたら真っ先に軍やハンターの的、討伐対象となる危険生物だ。特に、王都の周りでは徹底的に排除されている」
「ゲームみたいな世界だね……。となると、旅の終盤くらいでしか、能力持ちに遭遇する危険は無いのか」
「ああ。魔王の支配下に近付けば近付くほど、厄介な敵は増えていく」
「……あぁ、そうか。そうだったのか」
と、顔を上げたところで、カズヤは続けてこう独りごちた。
「真犯人は、魔王だったんだ」
「何だって……?」
カズヤのこぼした呟きにヴィーレが反応する。
少年はわずかに顔をしかめていた。導かれた結論は、どうやら望ましくないものだったみたいだ。
が、停滞は取り除かれたらしい。
ヒントさえ与えられず、蟠っていた謎が、今は易々と解けていく。
「魔王だよ! 僕らの存在を嗅ぎつけて、刺客を送り込んだんだ! 魔王は魔物を従えているんだろう? 確実に仕留めるために、強力なヤツをぶつけてきたっておかしくはない!」
魔王。人類の仇敵であり、現在戦争を起こしている諸悪の根源だ。
奴が勇者達を襲うために魔物を仕向けてきたのだとしたら、能力持ちがアルストフィア付近にいることにも説明がつく。
だったらどうしてここで勇者一行は襲われたのか。これまでに殺すチャンスはいくらでもあったはずなのに。
簡単な話だ。
村から出て、森の中に入ったから。誰にも知られることなく隠密に抹殺できる状況だったから。
(いいや! そんな理由じゃあ断じてないッ! 『彼女』は、僕を助けるために刺客を送り込んだんだ……!)
そうすると、イズとネメスが襲われたのは、間接的にカズヤのせいであるとも言える。
少年は罪悪感に苛まれていた。
(ヴィーレは僕の素性を暴きかけた。それを知った魔王は、配下である僕の潜入任務を援護するために、一騒動を起こして場を掻き回した。そう考えると筋は通っている……!)
あくまで推測だが、カズヤにとってはそれが真実に思えてならなかった。
とにかく、早急に刺客を探し出す必要がある。
見ると、時間遡行を繰り返しているヴィーレは、カズヤとはまた別の理由で浮かない顔をしていた。
こちらの推測を聞いて、感じるところがあったらしい。
彼もふと無意識に独りごちる。
「刺客……? 馬鹿な。前回まではそんなもの、仕向けられてはこなかった……」
「ヴィーレ、『前回』って?」
勇者の漏らした呟きに、カズヤは敏感に反応する。
「……何でもない。続けてくれ」
しかしながら、相手が強く出られないことを知っているヴィーレは、変に言い訳をしたりせずに話をはぐらかす。
その態度にカズヤはわずかな違和感を覚えた。
が、優先すべき案件が他にあることを思い出すと、すぐさま頭を推理に戻す。
「魔物の扱う能力が、よほど射程の広いものでない限り、本体はどこかでイズさんとネメスに接触しているはずだ」
カズヤは指をクルクルと回しながらそう言うと、ヴィーレから視線を離して女性陣の消えた場所を調べだした。
目新しく不審な点は特に見当たらない。
「僕が眠っている間に何か起こらなかったの? 些細なことでも構わない。イズさん達に変化を感じなかった?」
「『何か』って言われたってな……。イズもネメスも、普通にランチをしていただけで――――」
何も無かった。安易にそう閉じかける。
しかし、寸でのところで、ヴィーレは『とある異物』の存在に考えついた。
「――――あっ」
「どうしたの? 何か思い出した?」
「……昼食を食べ始める前、落とし物を拾っていた」
「落とし物?」
「ああ。黒い懐中時計だ。やけに高級そうだったから、誰かの大切な物だろうって、ユーダンクまで届けようとしていた」
「それは今どこに?」
「……イズが持っている」
わずかな間を置いて答えるヴィーレ。彼の眉間にできていた皺がより一層深くなった。
見開かれた二人の両目が交錯する。
もしも刺客が『時計の魔物』で、特殊な『能力』によってイズ達を連れ去ったのだとしたら。
勇者は堂々と目の前で接触を図られていたことになる。
そして、敵の能力の詳細が判明していない以上、ヴィーレ達に彼女らを救う手立ては無い。仲間の強さを信じるしかないのだ。
完全に分断された。
カズヤとヴィーレの頭脳は、それらの言葉を介さずとも、『最悪の現状』を共有できていた。




