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異世界五分前仮説   作者: するめいか
第四目標「イレギュラーの素性を暴く」
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27話「カズヤ①」

 突然だが、カズヤとヴィーレの二人は、アルストフィアを出発する前からひどく疲れていた。


 彼ら男性陣は、試着室から離れた木陰の下で、女性陣のショッピングが済むのをずっと待っている。


 そう、待っているだけなのだ。


 だのに、二人は両足が(だる)くなるほど長い時間、立ちっぱなしの姿勢をとらされている。最も辛い体勢だ。


 こうなった理由は至ってシンプル。ネメスの服選びが一向に終わってくれないから。


 イズが熱心になるのはまだ分かるが、何故かローブの少女までもがやたらと強気に色んな服をオススメしてくるのだ。


 それが主たる原因である。


 現在、真っ黒デザインの店の裏では、ネメスの着せ替え大会が細々と開催されていた。


(この世界と僕のいた世界には色んな共通点があったけど、女の子のショッピングが長いところまで同じなのか……)


 色白の顔を歪ませて屈伸運動をするカズヤ。


 運動能力が人並み以上にある彼でも、座らず歩かずでジッとしているのはキツイようだ。


 ここで彼が試されているのは、身体的な逞しさではなく、根性や忍耐といった内面的な領域だからであろう。


「おい、カズヤ。何をボーッとしているんだよ」


 そんなカズヤの横では、ヴィーレが両手を後ろに回した姿勢で同じく待機していた。


「聞いていたのか? 俺の話」


「えっ? あ、うん。きちんと聞いているよ。考え事をしていただけさ。ヴィーレが『赤い眼をしている』というだけの理由で、勇者に任命されたって話だったよね?」


「そうだ。イズから大雑把には説明されただろうが、俺の方から改めて話しておこうとな」


 待ちぼうけを食らっているとはいえ、カズヤ達の方だって、何も話さずに立ち尽くしているわけではない。


 互いに沈黙を嫌い、喋りたがりの聞き上手な節がある。


 要するに、コミュニケーション能力に長けている者同士なのだ。


 出会ってあまり経っていないにも(かか)わらず、他愛のないやり取りは続いており、現在はヴィーレの身の上話に落ち着いていた。


「まあともかく、そういう訳で、俺は訳も分からぬまま二代目の勇者に任命されてしまったんだ」


 ヴィーレはそこですかさず話を本題に引き戻す。


「イズから聞いたかもしれないが、ユーダンクやアルストフィアには、魔物の被害に遭って避難してきた者が多い」


「だから躍起になってそれらの討伐運動を進めているし、人間に害を加える生き物は魔物であろうがなかろうが、容赦なく駆逐していっている。実際、人々がこの村やユーダンク付近で魔物と遭遇することはあまりなくなった。……だよね?」


「ああ。けれどそこで、突如として先日の騒動が起きる。異種族の魔物同士が徒党を組んで、アルストフィアに押し寄せてきたんだ」


 事務的に説明するヴィーレ。


 そんな彼を気遣うように、カズヤは横目で勇者を見上げている。


「民衆は焦っているだろう。不安が伝播(でんぱ)しているはずだ。だからこそ、情けない農民勇者の俺に、彼らは辛く当たってくる」


「それで、か。そういう経緯で君は僕に忠告したのか。『可能な限り、俺と一緒に行動しないように』と」


「ああ、そうだとも」


「駄目だ! そんな事で君が傷付くのを、僕は黙って見過ごせないね。今度からは、外に出かけるとき、僕も君と一緒に行動する」


「気にするなって。この世界にまだ慣れていないお前が無理をすることはない」


 義憤に駆られ、立ち上がって拳を握るカズヤの眼から、ヴィーレはふっと顔を逸らす。


 仲間に迷惑はかけられない。そう考えての距離感に感じられた。彼は優しさによってカズヤを突き放したのだ。


「俺は誰かに同情されたいわけじゃない。救われたいわけでもない。ただ、元にあった平穏無事な生活を、取り戻したいだけなんだ」


 ヴィーレは気だるげな調子で語りを続ける。


 だが、カズヤには看破できていた。隣の男は間違いなく嘘を吐いているのだと。


 彼の羽織っているダウナーな態度は、こちらの情熱を鎮火するための()()に過ぎないのだと。カズヤには見抜けていた。


「君は……」


 だから、正義感の強い彼は久方ぶりに声を荒げたのだ。


「君は、自分の苦悩を分かってほしいとは思わないのか! こんな……冗談にもならない仕打ちを受けているというのに……!」


「カズヤ……」


 ヴィーレは数秒の間、言葉を失っていたようだった。


 自身のために腹の虫を煮えくり返らせているカズヤを意外に思ったらしい。顔だけをこちらに向けたまま、わずかに眉を上げている。


 その時、カズヤからしたら、一瞬だけヴィーレの口元が緩んだよう見えた。


 けれども、本当に刹那の出来事だ。


「お前の心遣いには、本当に痛み入るよ。けどな――――」


 ヴィーレはあっという間に毅然とした面持ちに戻って、こちらへと向き直る。


「理解されようとねだったり、理解されないからと拗ねたりするのは、弱虫の子どもがすることだ。彼らを救うべきヒーローが、一番やっちゃいけないことなんだ」


 生半可な心配など到底及ばない。中途半端な覚悟でここに立っているわけではない。


 哀れみなんて、初めから微塵も求めていないのだ。


 赤い瞳は歴然とそう告げていた。


「俺は既に『勇者』という鋳型(いがた)()められてしまった。許された選択肢は、己の役目を全うすることのみ」


 ヴィーレは首にかけた花紋様のロケットを握りしめている。


 銀の材質で精製されたアクセサリーは、黄金の輝きを宿しているようであった。不屈の精神がそうさせるのだろうか。


 カズヤは勇者の魂をそこに見た気がした。


賢者(イズ)も、孤児(ネメス)も、異世界人(おまえ)だって、俺とさほど変わりはない。この任務に参加している者は、全員が『社会の異端者』に属している」


 突き放すような言い方ではない。


 世相を知らぬ弟に教え諭すような、落ち着いた調子である。


「しかし、それでも、互いが互いの困窮を真に理解することはできないんだ。カズヤが俺の苦しみを理解できていないように、俺もお前が抱える問題の深刻さを完全には理解できないでいる」


 語りながら空を仰ぐヴィーレ。木の葉が陽光を反射して、新緑が明るく瞬いていた。


「だったらどうして、()()の奴らに俺達の本音が認めてもらえるだろうか。なあ、カズヤ。わざわざ俺の口から告げられずともお前は気付いているだろう?」


 勇者は重々しい貫禄を言葉に含ませて、おもむろにこちらへ視線を下ろす。


 そして年不相応に達観した態度でこう言った。


「死ぬほど手に入れたい『没個性』があることを、平凡に恵まれた奴らは認められないのさ」


 カズヤには分からなかった。


 自分と二歳しか変わらない若人、ヴィーレの精神がどうしてこんなに立派に確立しているのか。


 何故、ただの村人であるはずの二代目勇者が、ここまで成熟した使命感を抱いているのかが、彼にはなかなか得心いかなかった。


「なら……ヴィーレ、君は一体どうすれば報われるんだ」


「終わらせる、この戦争を。それしか俺達が歩める道はない」


「『結果は全てに優先する』とでも言うつもりかい?」


「ああ。結果は全てに優先する。終わり良ければ全て良し、だ」


「やはり納得がいかないな……。その過程で君が失ったものはどうなる。負った傷は? 消えた時間は? 誰も埋め合わせてはくれないんだぞ! 『結果』なんかより、『経過』が大切に決まっている!」


「とはいえ、結果を出せないうちは、その経過が評価されることなど、()してない」


「……っ!」


 カズヤはそれ以上の言葉を返せなかった。


 論点のすり替えが起こっていることや、問題の前提条件にいくつかの矛盾が存在していることは知っていたけれど、されど反論はできなかった。


(どうしてそう辛い道を行きたがるんだ、君は……! 逃げる手段もあるはずなのに……! 『終わり良ければ全て良し』だって? そんなわけがないんだ! 人生はオセロじゃあないんだから……! 身に受けた地獄がひっくり返ることはないッ!)


 歯噛みするカズヤ。


 時間遡行の存在を知らない者の目からすれば、『勇者』という名の鉄砲玉に自ら挑んでいく村人の姿は、無謀か自棄にしか映らないだろう。


 そうしたこちらの心情を察してくれたのか、ヴィーレは片手でカズヤの肩を軽く小突いた。


友好的(フレンドリー)にいこうぜ。俺は口論に滅法(めっぽう)弱いんだ。水掛け論も嫌いだしな」


 イズ達がショッピングをしている屋台を眺めながら、彼は話を締めにかかる。


「それに、今となっては、大して気にしちゃいないのさ。イラつく気持ちや、八つ当たりしたい気持ちってのは十分に推察できるし、見て見ぬふりに徹する人を責めもできない。世の中には色んな奴がいるからな」


「僕には理解できない。人はそんなに残酷になれるものなのか……」


「なれるさ。せっかくだから学んでいけ。ほら、立派な奴が至言を遺しているだろ。『みんな違って、みんな良い』とな」


「……(まやか)しだ。『揃いも揃ってみんな駄目』だよ」


「フッ、違いない。……おっと。遂に、とうとう、ようやく、やっと、イズとネメスのお買い物が終わってくれたみたいだぞ」


 ヴィーレの台詞にカズヤは彼の視線を追う。


 すると、散々振り回されてヘトヘトになったネメスが、屋台裏からイズや商人と共に戻ってきているところだった。


「……行ってきなよ。ネメスに買ってあげたんでしょ? プレゼント」


「あぁ……。お前にはバレていたか」


 普段は表情の乏しいヴィーレだが、この時ばかりはバツが悪そうに、気恥ずかしそうに目を泳がした。


 カズヤの話したとおりだ。


 先ほど、ヴィーレはコッソリと商人の娘から猫のぬいぐるみを購入していた。


 二人で会話を交わしている間、背後に回されていたヴィーレの右手には、それがずっと握られていたのだ。


 新入りネメスへの些細な贈り物である。


「ヴィーレって、彼女にはやけにデレデレしているよね~」


「デレデレ? してるか……? してるのか、デレデレ……」


 他問から自問に移り、最終的に自己完結へ至るヴィーレ。ひどくショックを受けている様子だ。


 その隣でカズヤは拗ねたような顔をしている。ネメスと同じく新入りである自分にプレゼントが無いのを、密かに気にしているようだ。


 双方が黙ったことにより、そこで一旦会話が途切れた。


 幾ばくかの沈黙。


 その後に、ヴィーレは長く動かしていなかった足を、擦るようにして前へ踏み出す。


「じゃあ、ちょっくら渡してくる。すぐに戻るよ」


「うん。僕は馬の近くで待ってるから。見張りは任せて」


 軽く手を振ってヴィーレを見送ったカズヤは、緩ませていた口元を凛と結び直した。


 学校の教室にいれば、アイドルかマスコットになるような可愛らしい笑みが、途端に理知的な雰囲気を帯びる。


(ヴィーレ・キャンベル……。最初はずっと無表情で、何を考えているか読み取れなかったし、怖かったけど、本当は表に出せないだけで、感情豊かな優しい人なのかもしれないな。今でもあの無表情は不気味ではあるが……)


 イズが会計をしている瞬間を見計らって、ヴィーレがネメスに近付いた。その後ろ手には先ほど購入した白猫のぬいぐるみが握られている。


 小さな作戦はまさに決行される寸前だ。


 予想だにしないサプライズにネメスが驚く姿を想像し、カズヤはついつい相好を崩してしまう。


 しかし、それも束の間のこと。


 彼の頭にはまたもや新たな疑問が浮かび上がってきた。


(ぬいぐるみ、ねぇ……。一見すると、現代日本で売られていたって問題ないような出来だけど、どうしてあんな物がこっちの世界にもあるんだろう?)


 異世界転移を果たした時、カズヤはこの世界を中世のヨーロッパのような場所だと勝手に認識していた。


 これまでこの世界で観察した建物や、人々の着用している服装を眺めてみての判断だ。


 彼が日本で(たしな)んでいたサブカルチャーの影響も多少はあるかもしれない。


 カズヤはその手の読み物やゲームが好物なのだ。


 だから、彼はもう少し過激な悪法や、面倒な不便が生活に付きまとうと考えていた。


(けれど、魔物がいることを除けば、人々は比較的充実した生活を送っているみたいだったしなぁ……。アルストフィア村の中には公園もあったらしいし……)


 文明が滅茶苦茶で、文脈を読み取ろうにも支離滅裂だ。どんな歴史を辿っていればこうなってしまうのだろう。


 蛇口から流れる水みたいに、謎がどんどん溢れてくる。


(おっと、いけない。すっかり忘れていた。()()()()()はちゃんとやっておかないと!)


 瞬間、彼の眉間に寄っていた(しわ)がパッと無くなった。


 カズヤは至って冷静に数十メートル先にいるヴィーレ達へ意識を集中する。呪文を唱える前段階だ。


(案外呆気なかったけれど、無事に勇者パーティーへ潜入することはできた。初の『スパイ活動』は順風満帆の滑り出しだ)


 ただ純粋無垢に、拾われたからという理由だけで、命がけの任務に参加する異世界人。


 呪文さえ扱えれば他にいくらでも選べる道はあっただろうに、敢えて(いばら)の多い岐路を選んで突き進む少年。


 そのような勇敢すぎる愚者が滅多に現れるものか。


 改めて考えてみてほしい。


(悪いね、ヴィーレ。君の境遇には心の底から同情しているし、共感もしてしまったが――――)


 少なくとも、このカズヤは違った。


 彼には達成せねばならぬ目標があった。守り抜かねばならぬ存在があった。


(『魔王』は僕達が殺させやしない……ッ!)


 穏やかな性格で、風見鶏気質な少年は、固い決心と使命を胸に、この場へ臨んでいるのだ。


 自身の命を危険に(さら)す程度は屁でもないと思えるような、そんな自己犠牲に似た覚悟を、彼は確かに宿していた。

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