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異世界五分前仮説   作者: するめいか
第四目標「イレギュラーの素性を暴く」
29/65

26話「ファンタジー世界では稀によくある」

 早朝の涼しい空気が肌を撫でる。


 ヴィーレ率いる勇者一行は村を出て、ユーダンクへと戻るために、まだ通行人のまばらな道を進んでいた。


 馬を引き連れて徒歩で歩いていく。


 そうして、時々話し相手を変えながら談笑しているうちに、彼らはアルストフィアの出入口に差し掛かっていた。


「……あれ?」


 すると、そこで皆の声を遮るように、カズヤが疑問をあげる。


「あんなところに店なんてあったっけ?」


 彼は前方を指差して、誰にでもなくそう尋ねる。


 引っ張られるようにカズヤの視線を追うヴィーレ達。勇者パーティーの前方、約百メートル先の門付近だ。


 そこには確かに怪しさ満点の屋台が一つあった。


 何が不自然かというと、村の外へ出てすぐのところに店が構えられていることである。


 通常、指定された安全圏外で商品を販売する営業の許可は、大規模なイベントでもない限り、個人経営の者には下りないはずだ。


 警護や見張りを付けなければ、魔物に襲われる危険性が高いからである。


「マトモな商売人じゃないですよって、暗に表明しているようなものじゃない。関わるだけ時間の無駄よ」


 イズは突っ慳貪(つっけんどん)に判断を下す。


 そして、カズヤとネメスの興味を払拭せんとばかりに、堂々たる様子で先導していった。


 いつもの事ながら遠慮や躊躇のない娘である。


 あまりに素早く決心してくれるものだから、仲間の身としてはいっそ清々しささえ感じた。


「流石は『背中でモノを語る系女子』……。リーダーの俺よりも遥かにリーダー向きな人格だ。男らしすぎて、かえって男くさいレベル」


 ヴィーレはポケットに手を突っ込んで、足を止めたまま独りごちている。


 現在に至っても、パーティーの主導権を勇者が完全に握ることはできなかった。イズの盛んな血気にしばしば圧されてしまうからだ。


 時間が巻き戻る前、本当の最初に彼女と出会った頃のヴィーレなど、イズの後ろがこの世で一番安全な場所だと考えていたくらいである。


 当時のそれと似たような思考をしているのだろうか。


 ネメスとカズヤはヴィーレの隣で、彼と同様に立ち尽くし、イズに畏怖と尊敬の入り雑じった視線を飛ばしていた。


「アレがわたしの目指す『強い女』なんですね……!」


「やめておけ。頼むからやめておくんだ、ネメス。イズは強い女だが、とても立派な女じゃあない。並大抵では敵わない能力と、傍若無人に振る舞える地位を持った奴なんて、相手からしたら悪魔以外の何者でもないぞ」


「えっ……? よ、よく分からないけど……分かりました……!」


 ネメスは不必要な素直さをもって返事してくれた。


「だけどもさ、ヴィーレ。もし僕らが、ネメスみたいに気に入ってもらえたのなら、イズさんはこの上なく頼もしい存在になるじゃないか」


「アイツの情に訴えかけるほどの悲運が俺には無い」


「ネメスの例に(なら)ってみればいいのでは?」


「俺に幼気(いたいけ)な青年を演じろと? 『痛い()な青年』になっちまうだろうが」


 適当なところで会話を切り上げ、ヴィーレはイズの背中を追う。


 他の二人も間をあけず後ろについてきたため、村の外へ出る直前に勇者パーティーの全員は横並びになった。


 そうして、飛行能力のない魔物対策に建てられただけの正面門を通り、いよいよ件の怪しい店の前へと辿り着いた四人。


 各々異なる態度をとる彼らが屋台の前を通り過ぎようとしたところで、案の定、やる気のない『営業』の声がこちらにかけられる。


「お兄さん達、寄ってかない? 掘り出し物がいっぱいあるよ~。初回だし、サービスしとくよ~」


 店の主は、ネメスと変わらない歳の……声からして女の子だろうか。真っ黒なローブを纏って全身を覆い隠している。


 フードを深めに被っているため、顔はよく見えない。


 口元は露になっているが、そこからは胡散臭い笑みを覗かせているだけだ。


「露骨に怪しいわね……。無視よ、無視」


 イズが『無視』という単語を強調して、わざとローブの娘にも聞こえるよう仲間へ告げた。


 そして、同時に連れていた馬へネメスを乗せようとする。


「し、知らないふりなんてしたら、あの子が可哀想ですよ……」


「ネメス、耳を傾けないで。心も傾けちゃダメよ」


「でも、まだわたしくらいの歳の女の子です。家族のために一人で稼がなきゃいけない状況なのかも……! だとしたら……!」


 しかしながら、イズの意に反して、ネメスは彼女の手から逃れてしまった。


「えっと、何が売られているんですか?」


 お金なんてろくに持ち合わせていないのに、ネメスは屋台へ近付いていく。


 明らかに不審な店だ。彼女を心配して、イズとカズヤはネメスの後ろを追いかけていった。


 ヴィーレも若干遅れて店に歩み寄っていく。


(なんかこのパーティー……どんどんネメスに甘くなっていってないか……?)


 そんな問題に今さら気付いたヴィーレだったが、彼もその内の一人であるという自覚は、本人には無いようだ。


「優しいねぇ、君は」


 ヴィーレが近付いてみると、店主であるローブの少女は口元だけをニコニコとさせて、ネメスの姿を眺めていた。


「えっとね。その時々によって、売っている物は違うんだ。今は子ども用の服とか遊び道具、あと小さい冒険者用の防具や武器も売ってるよ」


 なんて都合の良いものが売られているんだろう。


 ネメス以外の全員がそう感じたに違いない。


 そこまで運に恵まれていると、かえって不審を覚えるものだ。


「……タイミングが良すぎるわ。」


 さらに警戒心を強めたイズは、怪訝な表情を作りつつ、目の前のローブに質問を投げかける。敵意は全く隠さずに。


「偶然というよりは、あんたが呪文使いである可能性の方が高そうだけど。その商品ってのは不良品じゃないでしょうね」


「酷い言いがかりだな~、お姉さん。店の裏に試着室を用意してあるから服のサイズは心配ないよ。なんなら商品を直接触って、じっくり選んでもらって構わないけど? ただ、乱暴には扱わないでね」


 イズの疑念もさらりと流す商人。


 営業スマイルは依然として崩れる気配がない。若さのわりにはやけに手慣れている様子だ。


「でもお高いんでしょう?」


 反論を考えるイズに代わって、今度はカズヤがわざとらしくそう尋ねる。


 誰かの物真似でもしているのだろうか。


 妙に高いトーンの、耳に残る声色を意識しているみたいだ。


「そう思うじゃん? ところがどっこい、今なら服・靴・防具・武器は大銀貨一枚。それ以外は一部例外を除いて全商品、銀貨一枚でお買い上げできま~す」


「な、なんだって~! 安い! 安すぎるっ!」


 カズヤのノリが気に入ったらしく、彼に調子を合わせる商人と、これまた演技くさい言動で返すカズヤ。


「俺達は今、何を見せられているんだ」


「実はカズヤがこの店のサクラだった説を私は推していくわ」


「カズヤさんって、この世界のお金の価値は知らないんじゃ……?」


 三者三様に言葉をこぼす勇者達。


 事態は収集がつかなくなる寸前であった。


 このままではマズイ。時間の浪費だ。何も手を打たないままでは、ツッコミ皆無の意味不明な茶番が延々と続くだけだろう。


 ヴィーレも同じことを考えていたらしい。


 一つ溜め息を吐いてから、商人とカズヤの会話に無理やり割り込む。


「それじゃあ、こうしよう。とりあえず商品を出してみてくれ。イズがしっかりと選別してから、それらを買うかどうか決めればいい。どうせこのパーティーの財布の紐は彼女が握っているんだしな」


 彼の言はもっともである。


 どういった主張を述べようが、イズ以外の三人は金に余裕がないのだ。決定権は無いに等しい。


 それに、今後の出費も考えると、ここはイズに任せる方がいいだろう。


「かしこまりました~。少々お待ちを」


 ローブの少女は「よしきた」とばかりに、せっせと奥から大きな木箱をいくつか持ってきた。


 中にはさっき紹介された商品以外にも見慣れないアイテムがいくつか入っている。


 ヴィーレらは顔を見合わせた後、皆でそこへ近付き、商品箱を物色してみた。ネメスは小さくて箱の中身が見えないため、カズヤが抱え上げてやっている。


「この研究書物……。あまり進んでいない『科学』の分野について、なかなか面白いデータと論文が載っているわね……。しかも、紙の保存状態がとても良好だわ……」


 あまり時間の経たぬうちに、イズは一つの品を手に取って、それをマジマジと観察し始めた。


 どうやらめぼしい物が見つかったらしい。


 そんな彼女に続いて、ヴィーレとカズヤも箱の中からアイテムを取り出した。


 惹かれた商品を片手に、それぞれ独り言をこぼしだす。


「『大剣術・極』か……。見たところ、大剣の剣術の基本から達人技までが丁寧に説明されている本みたいだが……。また随分とクリティカルに必要な物が揃っているな」


「何だこれ、『異世界観測記~ニホン編~』? 『世にも奇妙な異世界を観測できる呪文を持つアダム氏による、チキュウ観測記録』だって!? ほ、本当に日本のことが書かれている……! 嘘やデマカセじゃないぞ……!」


 数ある商品の中から、全員が気になる品を探し出してしまったようだ。装備品などではなく、どれも書物の類いであったけれど。


 そうして数分の交渉と駆け引きがあった後。


 検討した結果、三人は個人的な買い物として、自らの所持金で前述したアイテムの支払いを済ませた。


 イズもブツブツ言い訳をこぼしつつ、ちゃっかり購入していたみたいだ。


 ちなみに、商人の娘が話していた『一部例外の商品』とは、ヴィーレ達が買った物品のことだったらしい。


 つまり『初回限定サービスが効いていない品』のことだ。普通に相場の代金を要求された。


「まいどあり~」


 お金を眺めてほっこりした笑みを浮かべている商人。


 彼女は財布であろう小袋に、代金として受け取った硬貨を入れると、その重さを確かめながら軽く会釈を寄越してきた。


 他方で、イズはやはり商人の態度が気にかかっていたらしい。


「稀少な品が多く、全体的に最高級の質で、この私でさえ知らない道具がわんさか売ってある……」


 一人で小さくそう呟いた後、今度は純粋な親切心でローブの少女へ話しかけた。


「……余計なお世話だろうけど、あんた、商売のやり方を見直した方がいいんじゃない? ここにある商品だけでも、上手くやれば一生困らないくらいの収入は得られると思うわよ」


「別にいいの。お金には不自由していないから。それに、商品を売る人は選んでるんだ。役に立つ物が増え過ぎると、役に立たない者が増え過ぎるからね」


「ふぅん……」


 商人には商人なりに曲げたくない信念と理想があるようだ。


 無論、嘘を吐かれている可能性も捨てきれない。


 貼り付けられた笑顔のポーカーフェイス。その裏で、相手がどのような顔をしているのかだなんて、彼女自身にしか知り得ないのだから。


 ともあれ、イズ達の買い物はこれで終わった。


 しかしまだ『本来の目的』は達成されていない。


 ネメスのショッピング、冒険に際しての服選びが、全然進んでいないのだ。


「さて、気を取り直して、ネメスに必要な物を買い揃えましょうか」


 イズは腕を組みながら、改めて商品箱へ目を落とした。


「そうだな。服は勿論買うとして、武器も必要だろう」


「思慮が浅いわよ、ヴィーレ。荷物を入れるバッグもいるわ」


「お前こそ、イズ、忘れるなよ。ネメスが今履いている靴は泥まみれの穴だらけだ」


「そうだったわね。せっかくだし、ここまで買うなら、絵本なんかも購入しておこうかしら」


「おいおい、菓子まで売ってあるぞ!」


「あ、あの……。ヴィーレさん、イズさん……? あんまり無理して買わなくてもいいですからね? そんなに必要無いですから」


 暴走気味の保護者二名をネメスがオズオズと制止する。


「ネメスが遠慮したとしても、イズさんなら金に物を言わせて、片っ端から買い占めてしまいそうだけどね。過保護な親を持つと子は大変だな~」


 三人の後ろではカズヤが爽やかに笑っていた。


 彼の言うとおり、イズは旅には絶対必要無いほどの大金を用意してきていた。とは言っても、彼女にしてみれば気楽に持ち歩ける程度の金額ではあるのだが。


「君達は旅に出るんでしょう? 承知しているだろうけど、沢山買ってくれたところで、荷物を無駄に増やすだけだからね~。まあ、その方が私達にとっては助かるんだけど」


 店の前であーだこーだと騒いでいる四人を見かねて、遂に商人までもが釘を刺してくる。


 まるで「返品されたら(たま)らない」と言いたげな声色だった。


 確かに、甘やかしすぎるのは教育によろしくないだろう。


 自身がヴィーレの言葉に乗せられてしまったのを、翻って認識したらしい。イズは我に返って頬を赤く染めている。


「わ、分かってるわよ! ネメス、こっちに来なさい。ピッタリの服を選んであげるわ」


 早口にそう告げると、イズは服を何着か手に取り、ネメスを連れて試着室に消えていった。


 二人の背中を見送るヴィーレ。


 商人は試着室へと彼女らを案内し、屋台の側に残ったのは、こちらと同じく留守番を押しつけられたカズヤのみだ。


「……カズヤ。不自然すぎるとは思わないか」


 そこで声色を普段のテンションに戻したヴィーレが、隣の男へ問いかける。


「黒づくめの商人について、お前は一体どう考える?」


「うん。そうだね……」


 カズヤも笑顔の裏にはシリアスな本心を隠していたらしい。


 真面目な顔に戻って、独り言をこぼすみたいにつらつら考察してみせる。


「物語の要所要所に出てきては、武器や防具やアイテム等を売買してくれる存在……。便利だけど底の知れない『正体不明の商売人』……!」


 そこで「閃いた!」と顔を上げるカズヤ。


 口元に当てていた手をこちらへ伸ばして、サムズアップの形に変えると、彼は元気一杯の笑みでこう言った。


「ファンタジー世界では稀によくある事だよっ!」


「…………」


 ヴィーレはそれをシラケた様子で受け取った後――――


「お前に尋ねた俺が馬鹿だった……」


 額に手を添え、仲間の無能を嘆くのだった。

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