鳥籠の中で
いつだって好奇心が身を滅ぼす。
赤く目を腫らしたアイシャはひとり白い部屋の中――しかしそこは元いた家ではない。真っ白な内装に既視感こそあれ、そこは彼女からしてまったく知らぬ場所だった。
部屋に一切の影をつくらない清浄灯の下、車椅子を取り上げられたアイシャは、部屋の外からガラス越しにいくつもの視線に射られて晒し者になっていた。
壁一面に張られた大きなガラスから遠ざかるように、アイシャは部屋の隅で、自らの下半身を抱いた状態でうずくまる。ガラスの向こうには白衣を着た何人もの大人が彼女のことを見ている。
気づけばここに連れられていた。町の悲鳴から遠ざかったことはアイシャからして幸いだったが、ここがどのような場所かわからない以上、恐怖はまだ終わらない。
アイシャは持ってきた聖書を胸に抱えながら、ガタガタと体を震わせている。そうして、ただ怯えることしかできないでいる。収まらぬ震えの中で、少女は必死に許しを乞うていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい――」
大切な人との約束を軽んじた。博士の言いつけを守らなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
きっと良い子じゃなかったから、だからこうなった。
謝り続ける。ただひたすらに、アイシャは――。
すべて自分が間違っていたと、果てしない後悔が無知な少女を責め立てる。
ここに来るまでのあいだでアイシャは疲弊し切っていた。大勢の人間から指を差され、とても可哀想な目に遭った。これでも今はやっと少し落ち着いてきたところだ。
我が身を抱えたアイシャは何もない部屋の中をひっきりなしにきょろきょろ見回す。ガラスの向こう――白衣の中に紛れて博士の姿がないかを探したが、そう都合のよい話はあるはずなかった。
「私……これからどうなっちゃうの……こわいこわいよ……」
部屋にはアイシャひとりである。ここに来たときにリングポールとは引き離された。
時間を置くと再び涙が込み上げてくる。アイシャは膝を抱えるように蛇の尾を抱いた。
アイシャが声を押し殺して泣いていると、ふと、部屋の扉の開く音がする――開いた扉から白衣を着たひとりの男が現れると、アイシャはおもむろに顔を上げる。
「こんにちは。お嬢さん」
眼鏡をかけた男は穏やかな雰囲気を漂わせる。怯える少女に優しい声を投げかけるが、出し抜けに現れた他者の存在にアイシャは一層と――植えつけられた恐怖はそう易々と抜けることはなかった
「すまないね。こんなところに閉じ込めてしまって」
物腰柔らかに笑みを浮かべながら男が歩みを寄せる。男が近づくごとにアイシャはずりずりとその場を後ずさり、背後の壁に背中をぎゅうと押しつける。歯をがちがちと鳴らし、抱いた体を細かに震わせた。
部屋の隅の隅で、まるで逃げ場のない鼠のように震えていた。
「かわいそうに。ここにくるまでに散々な目に遭ったらしい。だけど安心しなさい。私はきみの味方だ。きみに対して、一切の危害は加えないと約束する」
「……いや……いやっ……こないで……」
言葉は耳に入らず、ただ恐怖だけが身体を支配する。
男は膝をついて、アイシャと視線を合わせようとするが、彼女は一向に目を合わせようとしない。
このままでは話になりそうにないことを察してか、男はとある男性の名を口にした。
「ドライドット博士を知っているね? 私は彼の友人だ」
その名前にはアイシャも反応を見せる。その名前はいつか聞いたことのある博士の本名だった。
ここで初めて、アイシャは眼鏡の奥にある男の瞳を覗いた。
その男は目元に皺をつくり、表情柔らかくアイシャの顔を見返した。
「外に出て話を聞いてくれるかな?」