夢うつつに夢を見る
夕食後、アイシャはリングポールを待たせている自室に戻ってきた。
「よう。俺抜きのディナーは美味かったかい?」
ベッドの窓枠に置かれたケージの中から皮肉を投げてくる。外から近づいてくる車椅子の音に耳を立てていたリングポールは、アイシャが部屋に身を入れるなり食い気味に声をかけてきた。
「そんな不貞腐れないでよ。ドアのこと、博士にちゃんと聞いてきたから」
土産話とばかりに、アイシャは意気揚揚と喋り出した。
「いちいちドアを閉めたり開けたりが、博士は煩わしくて嫌いなんですって。それとね、そうしていたほうが私の様子をうかがいやすいからだって」
アイシャは車椅子をリングポールの元まで進ませながら説明する。話し終えたときには車椅子はちょうどベッドの縁に到着していた。アイシャはベッド越しに窓枠へと腕を伸ばして、リングポールのケージを腕の中に回収する。アイシャからの話を聞いたリングポールは、どこか釈然としない面持ちで腕を組んでいた。
「成程な。そういう人間もいるわけか。変わり者ってやつなのかな」
「そうなのかしら? 私は博士以外を知らないから……それよりも、ね?」
アイシャは抱えていたケージを枕元に移すと、そのまま自身の体も車椅子からベッドのうえに投げ出す。その震動でベッドは揺れて、ケージの中でリングポールは尻餅をついた。
「町の話の続きをして? もっと貴方の話を聞きたいの」
アイシャはうつ伏せに寝そべった状態で、枕元にいるリングポールと視線を合わせる。さっきの時間だけでは、彼女の耳はまだまだ満足していない。
「仕方ねえな。寝るまで付き合ってやるよ。さっき話した教会に住む小人の話だが――」
そしてまた夢の続きが始まって、少女は魅惑の渦に巻かれていく。
決められた消灯時間にアイシャの部屋の明かりが消えても、リングポールは語り続ける。饒舌な鼠の話に耳を傾けて、少女はまるでルイス・キャロルの本をめくるような心地でうっとりとしていた。
リングポールの話は尽きることなく、やがて夜も明けていく。
「――それでよ、そのパン屋の主人がこれまた……傑作、で……」
寝ぼけ眼にリングポールは欠伸がち、『寝るまで付き合う』といった手前、この鼠は律儀にもそれを果たそうとしていた。しかしアイシャの目は爛々として一向に輝きを失わない。
「それでどうなったの? もったいぶらずに早く早く」
「お前、目ぇ真っ赤じゃねえか……いい加減にしろよ……寝ろよ、いい加減」
「だって貴方の話があまりに面白いんですもの。眠れないわ」
ケージの中でリングポールはダウンする。干し草のうえに仰向けに倒れた。
「あら? もう終わり……じゃあ続きはまた、今日の夜に――」
後を追うように、アイシャもまた眠りに落ちた。
朝の光を呼び込んだ静かな部屋の中、少女と鼠は幸せそうに寝息を交らせる。
「……………………」
博士は部屋の入口からアイシャの姿を目にする。本来、彼女を起こしに声をかけにきたはずだったが――博士は溜息を吐くと、そのまま部屋の前を通り過ぎ、ひとり朝の食卓に向かった。