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第一章 少女×蛇

第一章は三万字程度で完結します

群れなす鳥が空で鳴いている。あれは海鳥の声だ。

遥か上空から広い草原を見下ろしている。

渡り鳥の視線の先、そこには車椅子に乗った少女と白衣の男がいた。

昼下がり、少女は車椅子のうえで読書にふけっている。

下半身にブランケットをかけ、そのうえには聖書を開いていた。

小さな手が分厚い本のページをめくる。その少女はいかにも読書の似合う大人しげな風貌をしていた。彼女は頭上を越していった渡り鳥の影に気づくと、一旦、紙面から目を引き剥がす。

 青空の下、海鳥たちが自由に飛び回っている。この場所ではさして珍しくない日常風景であったが、その景色を、少女はいつも初めて見たように爛々と目を輝かせる。


「見て博士。鳥よ。一体どこに行くのかしら」

「南のほうだね。そろそろ冬口だから温かい場所に移動するんだ」


 少女はそのまま地平線にまで飛び立った鳥たちを最後まで見送る。空と大地の交差する地平線――途方もない景色を望みながら少女は物思いにふける。この少女の胸を焦がして止まないものがその彼方にあった。

 車椅子の少女は外の世界に憧れていた。

 いつか鳥のように自由になってこの場所から飛び立ちたい。

 此処で育って此処しか知らない。この場所の外を彼女は知らないでいる。


(いつかわたしも、あの鳥みたいに――)


 未踏の世界に思いを馳せていると――突如、吹き荒れた疾風に本の頁が読み飛ばされる。

 少女は風に振り向かされるように、傍にいる男の顔を見上げた。

 くたびれた顔をした無精ひげの男は、目が合った途端、その表情を柔らかくする。


「アイシャ。そろそろ家に帰ろうか」


 少女の名前はアイシャといった。

 上目遣いのアイシャに男は優しく微笑みかけると、後ろから彼女の車椅子を押した。有無を待たず動き出した車椅子の制動に不意をつかれたように、アイシャは咄嗟に椅子の手摺りにしがみつく。

「もう帰るの? まだもうちょっと外にいたいわ。博士」

 その白衣の風体に相応しく、男は少女から『博士(はかせ)』と呼ばれていた。

 一体何の『博士』なのかは彼女も知らない。それは記号でしかなかった。

「駄目だ。遠くのほうに雨雲が見えるだろ? 濡れて風邪でも引いたら大変じゃないか」

 広く見渡せる景色には、薄暗い積乱雲が迫ってきている。

 アイシャは不服そうに頬を膨らませる。尾の先をどこともなく打ちつけた。

 ペシ、ペシ、ペシ、と抗議するように何度も打ちつける。

 そのしつこい音に、博士は参ったように視線を下げた。

 アイシャの乗っている車椅子の座椅子の下には荷台が設けられている。

 その地表近くに設けられた荷台には奇妙なものが乗っていた。

 緑色の、鱗のついた、まるで巨大な蛇の尾のようなものが、車椅子の荷台上に折り畳まれている。そしてそれはアイシャの上半身と繋がっていた。紛れもない彼女の体の一部だった。 

 少女には脚の代わりに蛇の半身がついていた。

 およそ正常な人間の形からは大きくかけ離れている。まるで神話に出てくる怪物のような出で立ち――あどけない少女の腰から下は、不自然にも大蛇の尾がうねっている。

 なまじ上半分の少女として造詣が整っているばかりに、その不気味さは一層と引き立てられる。その出で立ちはどう見ても異常であったが、それでいてアイシャは普通の少女であるように振る舞うのだ。

 アイシャは外の世界を何も知らないから――。

「つまらない。久しぶりの散歩なのに」

 アイシャは読んでいた聖書を手元で閉じると、年相応に不貞腐れた表情を見せる。

「そう言うな。また暇なときに連れてってやる」

 草のうえに(わだち)を残して、二人は広原にそびえる我が家(マイホーム)に帰っていく。

 屋根も壁も真っ白な小さな家だ。程なくして二人は玄関に差しかかる。

 家の玄関付近にある段差を、博士は車椅子を少し持ち上げて乗り越える。

 その家の内装は外観と同じく、壁も床も真っ白に塗られている。各部屋の調度は最低限のものだけ置かれており、その清潔感と生活感のなさはまるで病室のようだった。

 アイシャは未だに不貞腐れたままに、自身の長い髪を指で退屈そうに弄っている。

「ねえ博士。私、いつも一緒に話せる友達が欲しい」

 廊下を押されながらアイシャは呟く――ふと、博士はそんな彼女を後ろから見下ろした。

「博士が外に出ていく日は、ずっとひとりでつまらない」

 当てつけのようなわかりやすい少女のいじけに、博士は考え込むように唸り声を上げた。

 彼女の不満に対しては、彼にもどうも思うところがあるようだ。

「友達か……うん。そうだな。わかった」

「…………?」

 博士の言葉にアイシャは首を傾げる。彼女がその発言の真意を知るのは翌日のことだった。

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