とある青年のお話
…昔、と言ってもそれほど昔ではありませんが、とある小さな町にとても絵の上手な少年が住んでいました。
彼の周りの人々は、彼のことを“神童”と呼び、称えていました。
それ故に同年代の友達は少なかったのですが、彼はそんなことはまるで気にしていませんでした。友達がいないのなら、一人で絵を描けば良いのですから。
そんな彼には大きな夢がありました。いつか都会へ出て、もっと多くの人に僕の絵を見てもらうんだ!立派な画家になるんだ!というものです。その頃には、彼は自分の実力を信じて疑わないようになっていました。
そんな少年も青年へと成長した頃、彼はついに都会へ行く決意をしました。
沢山の人に見送られ、黒塗りの汽車が向かうのは、その国一番の大きさを誇る首都でした。
首都へ着いた彼は、町の親切なおじさんの知り合いに小さな家を借り、そこで絵を描き始めました。新しい環境に、想像力が掻き立てられ、次々と見事な絵を仕上げていきました。
しかしある時、問題が起こりました。絵の具がなくなってしまったのです。
早速彼は首都で一番立派な画材屋さんへ行き、絵の具を買おうとしました。
しかし、悲しいことに都市部は物価が高く、想像より遥かに高価な買い物になってしまいました。
困った彼はこのままでは首が回らなくなってしまうと思い、対策を考え、そして1つの答えにたどり着いたのです。
「店員さん店員さん。僕は将来偉大な芸術家になる男だ。そんな僕にこの絵の具をタダで売ってくれないか?代わりに完成した絵をプレゼントしよう」
このような提案をしたのです。
しかしお店も商売です。タダで売ってしまっては、儲けを出すのに大変な苦労をします。店員さんの答えはNoでした。
それに怒って飛び出て行った青年は、他の画材屋さんに赴き同じ提案をしましたが、どこも答えは同じくNoでした。唯一Yesと言ってくれたのは、優しそうなよぼよぼのおじいさんが営む、しかし品揃えも品質も最悪な古ぼけたお店でした。
困り果てた青年は、再び最初の店に戻り、お金を払い買おうとしましたが、既にお店は彼を出禁にしていました。他のお店も同じです。
画家の命である絵の具がないのでは、彼は行きて行けません。しかし絵を描くことしか知らない彼は、汗水流して働くことはしませんでした。
数日後、彼は駅のプラットホームで汽車を待っていました。帰りの汽車です。
ワクワクしていた行きとは違い、帰りはどんよりとした気持ちが彼の身体にのしかかります。
一体僕の何がいけなかったのか。その問いかけに答えるものはありません。彼自身も答えを見出せません。
そうしているうちに、彼は夢を果たせないまま、故郷へと帰ってきてしまったのでした。
…彼の物語は、この先は平凡なものが続きます。かつての神童はただの大人になり、期待をかけていた大人たちも、彼の帰還に興を冷まし、今や誰もが彼の絵の才能を忘れています。
もし彼が、あの時実力を誇示せずにちゃんとお金を払っていたら?
もし彼が、今のように謙虚に生きられたなら?
もし彼に、なんでも張り合える同年代の友人がいたのなら?
彼の人生は、今とはまた違ったものになっていたことでしょう。