フォーカスの合わない視線
この前あげた『甘い匂いのする部屋で』に続く男子の恋愛を書いたものになっております。
呼んだ際に情景を浮かばせながらだと楽しめると思います。
ぬるくなったアイスコーヒーのコップのふちを水滴が流れる。
君はタバコを吸って溜息をつく。
視線は下に、床を彷徨っている。
私の方を一向に見ない。
後ろめたいことがあるかのように。
私達がよく行っていた喫茶店に話があるからと呼び出されていた。
雰囲気的にもう二人でここに来るのは今日で最後だろう。
タバコを消すとコップの水滴を拭きながらもう一度溜息をつく。
コップやペットボトルの水滴を拭くのが彼のくせだった。
ぬるくなったアイスコーヒーを口に含み、ゆっくりと喉に通らせる。
彼が重そうな口を開くのをただ待つ私。
こんな時。先に口を開くのはいつも私だった。
彼が辛そうにしているから、私がいつも口を開き彼を助けていた。
でも、今日は私は何も言わない。
彼が口を開くのをひたすら待つ。
迫る電車の時間。
時間が過ぎていくだけの空間。
彼の額からも水滴が流れる。
もう私は覚悟している。
何を言われるのかわかっている。
だから早く言って楽になってほしい。
でないと彼がこのまま消えてしまいそうで。
でもそれを言うのは私ではない。
私ではなく彼が言わないとダメなんだ。
だからひたすら待ち続ける。
急かすような態度もとらずにひたすら待ち続けている。
もしかしたらそれが彼にとってストレスになっているかもしれないが、こればかりは仕方がない。
そして彼がもう一本タバコに火を点け、溜息を吐き、ようやく口を開いた。
「今日は、別れ話をしに来たんだ。」
知っているよ。
「最近すれ違いも増えていたし、このまま今の関係が続くよりいいと思うんだ。」
私はそんなこと思ってないよ。
「それに俺よりももっと良い男が居ると思う。」
いないよ。君しかいないよ。
「だからさ、」
嫌だ。
「ごめん。」
謝らないで。
「俺と別れてくれ」
ー別れたくないー
『わかった。』
彼は、私と目を合わせることなく、今にも消え入りそうになりながら代金だけ払い店を後にした。
コップを水滴がつたう。
私の方にも水滴がつたっていた。
コップの水滴を拭う人も、私の水滴を拭う人ももういないんだと思い、彼の真似をして水滴を拭く。
何度拭いても流れてくる水滴を。
呼んで頂きありがとうございました。
情景は見えましたでしょうか。