第四話(3)
駅前繁華街のラーメン屋。濃厚な味わいのスープとボリューム感溢れる極太麺が若者を中心に人気で、時々大盛り無料キャンペーンを打ち出すことがある。
それを目当てに、ダイキとタカシは授業が終わってすぐに学校を飛び出した。
夕食には早すぎる時間だというのに、店の外には行列ができていた。二人と同じような学生が多い。もう少し時間が経てば、スーツ姿の男たちが行列に加わるだろう。
急いだ甲斐あって、二人は行列が長くなる前に並ぶことができた。
並んでいる間の暇は、テストの点数が悪かっただの、新しいゲームのリーク情報だの、実に下らない話に費やされた。
ひと通り話し疲れると、自然な沈黙が訪れる。
もちろん雑談のネタが尽きたからといって、気まずくなることはない。そんな浅い間柄ではないということだ。
唐突にタカシがつぶやいた。
「なあダイキ、俺たちって何かやるべきなのか?」
「何かって……そもそも何の話だか分からないんだが」
「あれだよ、プラネタリウム」
「ん? ああ、それか」
幽霊部員も同然の二人にとってはあまり積極的に持ち出したい話題ではなかったが、妙な計画に巻き込まれでもしないかと一抹の不安を覚えたのだ。
同級生のカナが、突然プラネタリウムを作ろうなどと言い出した。熱しやすいカナの性格からすると珍しいことではなかったが、その熱が今になっても冷めていないことは、素直に驚きに値する。
しかし、そもそも二人は、天文部が大して活動実態のない部活だからこそ、帰宅部というレッテルを貼られるのを避けるために入部しているのだ。仮にその前提が崩れてしまうとすれば、選択肢は二つに絞られる。
その一、活動的になってしまった天文部に所属する理由はないので、退部する。
その二、自由奔放な高校生活に終止符を打ち、部活動に励む。
現状はカナが一人で暴走しているだけだ。エリ先輩やカズヒロを巻き込んで計画を推し進めているわけではない。
「エリ先輩がアレに協力するとは思えねえな……」
「そうだろうな……ま、カナはそう簡単に引き下がらないだろうけど」
「部員は五人。エリ先輩と俺とダイキで三人。多数決を取れば、過半数で反対派の勝利だ」
カズヒロの動きは読めないが、カナとエリ先輩の仲を考えたら、天文部としてまとまることは不可能に見える。
「世の中は多数決、民主主義ってことか」
そうしているうちに列が進み、自動券売機の前まで来た。
ダイキは迷わず『豚骨ラーメン大盛り』のボタンを押す。
タカシは券売機が千円札を認識すると同時に『激辛ラーメン大盛り』を購入。辛さレベルの選択に少し迷って、「今日は控えめ」と言いながら『三倍』を選んだ(!)。
「珍しいじゃねえかタカシ。今日は三倍か」
「ああ、今は口内炎があるから。さすがに厳しい」
狭苦しいカウンター席に着き、太った店主に食券を渡す。
薄汚れたグラスに二人分の水を注ぎつつ、話題を引き戻すタカシ。
「それより、プラネタリウムの話」
「またか」
「多数決でプラネタリウムを作らないことになったとしてさ、まだ問題が残ってる。カナの言う通り、エリ先輩が引退して新入生が一人も入ってこなければ、部活動としての存続条件を満たせない」
「そうだったな……」
部活動として認められるためには、部員が最低でも五人必要で、なおかつある程度の実績を残していることが条件だ。この実績とは、運動部であれば公式大会への出場、文化部であれば文化祭での展示やコンクールへの出場などが該当する。
秋の文化祭で先輩が引退すれば、部員は四人になってしまう。もちろん来年の春までは存続が保証されているが、今年の活動内容によっては新年度の部員募集を禁止され、そのまま廃部となる可能性もある。
「かと言って、カナが強引に計画を推し進めたところで、この天文部じゃ、あの目標は高すぎる。失敗して廃部になるのがオチだと思う」
「別にいいんじゃねえか? 俺達が天文部に入った理由を思い出せよ」
ただ居場所が必要だから。
決して、何かに熱中し、仲間と切磋琢磨し、青春のひとときを過ごすためではない。
「そうなんだけどさ……これでよかったのかなって」
一つ、ため息。タカシは激辛ラーメンに生ニンニクを投じた。
「もういいだろ、食おうぜ。冷めちまう」
ずぞぞっ。二人は無言でラーメンをすすった。