第三話
あれだけの啖呵を切っておきながら、実のところ、わたしはほとんど無策に等しかった。
二十年前のプラネタリウムをそのまま再現することは難しい。十月の文化祭までたったの六ヶ月しかないし、何より人手と資金が足りない。
プラネタリウムを自作するには、実に多くの知識が求められる。
星を投影するにはまずその光源が必要だ。これは普通の豆電球よりも遥かに明るいものだから、その扱いには電気工作の知識を要する。
さらに投影した星が東から西へ回っていくように、投影機そのものが回転できるようにしなくてはならない。その機構を持ちつつ、重い投影機を支えられる頑丈な土台を作るためにはどうしたらいいだろうか。
二十年前のプラネタリウムは、レンズを使って星を投影する方式だった。全天をサッカーボール状に32分割して、その一領域ずつ別々に投影するのだ。恒星原板と呼ばれる金属の薄い板に、髪の毛すら通らないほどの小さな穴を開ける。この恒星原板に光を当てて、穴を通った光をレンズで投影するという寸法だ。
このようにして作ったプラネタリウムは、目で見えないほど暗い星ですら投影することができる。天の川を小さな光点の集合で表現することだって可能なのだ。しかしこれを実現するには、金属板に小さな穴を正確な位置に開ける技術と、穴を開けるべき位置を決める煩雑な計算が必要だ。
それに、当時の資料によれば、レンズ一つ一つが何千円もする。つまりレンズを使う方式では何十万円もの資金が必要ということになる。当然、今の天文部にそんな大金を用意する力はない。
結局、わたしは放課後の部室で独り、頭をひねっていることしかできないのか。
ちなみに他の部員は来ていない。
「おいおい、早速つまずいてるのか?」
「音もなく現れないで下さいよ、先生」
気づいてみれば、湯気の立つマグカップを片手にくつろいでいる。
様子見のつもりなのか、わたしがプラネタリウム製作宣言をしてから、森田先生はよく部室に来るようになった。賛成した手前、責任のようなものを感じているのだろうか。
「職員室の居心地がちょいと悪くてな、案外ここは休憩所として使えるのさ」
先生が部室に顔を見せるとは言っても、別に何かを手伝ってくれる訳じゃない。でも、製作宣言の後も今までと態度を変えようとはしないあいつらよりは少しだけまし、かな。
わたしは再び、色褪せた部誌に目を落とした。
プラネタリウムにはもう一つの作り方がある。ピンホール式と呼ばれるものだ。
レンズを使って星を投影するレンズ式に対し、ピンホール式はごく小さな穴を通った光をそのままスクリーン上に映すだけの簡単なものだ。
明るい点状の光源と硬い紙で作った多面体さえ用意できれば、あとはそれに小さな穴をたくさん開けるだけでいい。
レンズ式に比べれば、圧倒的に楽に作ることができる。
しかし、レンズ式に比べて星の像が大きくぼやけたものになってしまうという欠点がある。それでは現実の夜空のように見せることはできない。天の川を表現するなど全く不可能な話だ。
20年前の天文部にしても、それまで作っていたピンホール式に不満を覚えたからこそ、レンズ式を作ったのだ。質が悪いと分かっているものを作るなんて。
頭の中の自分が吐き捨てるように言う。
所詮高校生の作るものなんだから、そんなにすごいものなど作れやしない。知識もお金も時間も人手もない。ピンホール式でいいじゃないか。
威勢のいいことを言っていたくせに、今まで一週間何をしてきたのか。結局口先だけだったんじゃないか?
それでも、わたしは。
あの日見た満天の星空を。
この手で創り出してみたい。
……よしっ。
とりあえずやってみよう。
考えてるだけじゃ何も進まない。
わたしのやる気を、成果をあいつらに見せてやるんだ。
――――――――――――――
「ようやく始めたか」
カナが飛び出して行った後。
森田は古びた部誌を拾い上げた。
『東高天文部誌 第14号』
望遠鏡の白黒写真が表紙を飾り、冊子の厚みが当時の活動の活発さを物語る。
中をめくると、手書きの細かい文字が踊っている。
よくもまあ、こんなに書いたものだと森田は思う。
―『目次』―
p.3 活動紹介
p.5 機材リスト
……
p.77 新生レンズ式プラネタリウム製作記
……
森田は、純粋に、熱狂的なまでに部活動に打ち込む若さをそこに読み取った。
当時の天文部には、デジタルカメラもパソコンもなかった。望遠鏡で見える天体を記録するにはフィルムカメラを使った。写真部の暗室を借りて現像もした。時には鉛筆でスケッチもした。
天文部の活動はそれだけではない。
望遠鏡の仕組みから天体に関する知識まで、高校では習わないようなことも自分たちで調べ、その全てを綴った。
もちろん、今の天文部にそんなことを望んでいるわけではない。けれども、人数が少ないなりの活気があるべきだ。カナの今の意気込みは、そんな風に天文部を再生する『鍵』たりうる気がするのだ。
今の天文部の現状を作った責任の一端は森田にもある。森田自身、諦めていたのだ。生徒たちが自分から何もしないのをいいことに、顧問としての責務を放棄した。
「そうじゃないだろ」
森田はかぶりを振った。今更まじめぶっている自分に嫌気が差した。
要するに、カナがプラネタリウムを作ろうと言い出したとき、森田は懐かしくなってしまっただけだった。プラネタリウム製作に打ち込んだ日々を思い出して。
部室で休憩を取るようになったのも、責任を感じたとか、天文部の行く末を見守りたいだとか、そんな大人臭い理由なんかじゃない。
「レンズ式か……それは茨の道だぜ、カナ」
部誌の締めくくりには、ありきたりなあとがきと共にこう記されていた。
『星空に願いを。 第14代天文部 部長 森田雄平』




