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プラネタリウムに願いを  作者: 地底湖
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第二話

 夕陽に満たされた部室で、わたしは高らかに宣言した。


 ――プラネタリウムを作ろう。


 カズヒロは腕を組み俯く。

 ダイキは眼鏡を指で押し上げた。

 タカシは座ったまま微動だにしない。


 同級生たちが押し黙る中、エリ先輩だけが立ち上がった。


「ねえカナ、それ本気?」


 先輩の言いたいことは分かる。部員5名廃部寸前、この東高天文部に、果たしてそんなことが可能なのだろうか。

 プラネタリウムを作ることがどれほど大変か。

 長机に積まれた紙束――かつての天文部が発行していた部誌だ――がそれを物語っている。

 20年前の天文部ではプラネタリウムを投影機からドームに至るまで全て自作し、文化祭で上映をしていた。そのころの天文部は部員数も多く、今よりも活動が活発だったらしい。

 それが今では普段の活動はほとんどなく、年に1回の合宿以外で星を見る機会は無い。昔は校舎の屋上から見えた星空も、近年急速に進んだ再開発のせいで見えなくなってしまった。

 所有している望遠鏡は手入れ不足でカビだらけ、新たな機材を購入する資金などありはしない。文化祭の展示なんて当然のように使いまわし。

 これでは初心者はおろか、天文に関心のある人ですら入部しようとは思わないだろう。実際、今春の新入部員は0名だ。部員が増えることなど望むべくもなく、このままでは今年度限りで廃部になるとの注意を受けている。

 そんな現状を打破するために、プラネタリウムは必要なのだ。

 部室を見回す。真横から差し込む陽の光が、舞い上がる埃を照らしていた。床に打ち棄てられた模造紙と、戸棚に死蔵された過去の栄光。色褪せた天体写真。三者三様に黙りこくる男子たち。


「今の天文部じゃ、いけないと思うんだ……このまま廃部になってもいいの?」


「……」


 わたしの問いかけに否定の声はない。

 エリ先輩のため息。


「今この部、部員何人だと思う?」


 5人だ。


「20年前の部員数は22人。全てが昔とは違うのよ。あたしはもう受験生だし、カズヒロは放送委員会がある。あとの二人はそもそも滅多に来ないでしょ? あたしにはカナの考えは幻想にしか思えない」


 先輩は呆れたように手を広げる。

 現実を突きつけられ、返す言葉に詰まった。

 でも、わたしは――


「だけど、」


 何かをすることに意味がある。たとえわたし一人でも。このまま何もせず廃部になるくらいなら、終わりが訪れる前に、


「何か、しないと」


 呆れたように腰を下ろし、脚を組むエリ先輩。


「いや熱心なのは結構だけどさ、あたしはちょっと協力できない。ほら、もう受験生だし。他の皆は?」


 まあ、そうなるよね。期待はしてなかった。

 エリ先輩と目が合ったのか、カズヒロが仕方なくといった様子で答えた。


「俺は、まあちょっとぐらいなら」


 あとの二人はばつが悪そうに目をそらしている。教師に怒られる生徒みたいだ。

 それでもダイキは何か言おうと口を開きかけたが、エリ先輩が遮るようにまくし立てる。


「やっぱさ、そんなもんなんだよ。わかる? カナ。それを読んだなら分かるでしょ? 大きなことを成し遂げるには、リーダー一人だけじゃ駄目。リーダーについていく仲間がいなかったら、組織は組織にならない。あたしたちはこんなんでも部活なんだからさ、5人しかいなくても、組織なの。カナがリーダーになるなら、カナの計画に賛同して協力してくれる人が十分にいないと」


 正論だ。

 正論過ぎて、わたしには直視できない。

 言葉の刃が、わたしの心に突き刺さる。


「一人でもやろうって思ってる? カナってさ、すぐそうやって病気にかかったみたいに何かに熱中するよね。それで、うまくいかないと投げ出す。だったら、最初からやらなきゃいいのに」


 うるさい、先輩に何が分かる?

 熱中することのどこがいけないっていうの?

 たしかに、諦めちゃったときもあるけれど。今回は別なのに。

 目頭が熱くなって、だけど、こらえた。

 最初は分かってもらえないかもしれない。

 でも、諦めずに続ければ。一人でも付いてきてくれれば。

 願わくは、先輩をギャフンと言わせてみたい。


「……っ」


 目蓋にこもった熱は、涙ではなく、意志に変えてやった。

 意志の強さで自分を奮い立たせる。

 正面から先輩を見据える。

 ……。

 その状態が何秒、何分経っていたか定かではない。

 いきなり、意識の埒外から、ガラリ、と扉の開く音が叩きつけられた。

 わたしと先輩、両者の集中が糸のように切れる。


「熱心なことでなによりだな、お二人さん」


 飄々とした態度、若干みすぼらしい出で立ち。

 我ら天文部の顧問、森田先生だ。


「プラネタリウムか、とりあえずやってみたらいいんじゃないか? 俺は面白いと思うぞ?」


 椅子に斜めに腰掛ける。全て聞いていたかのような口ぶり。

 カズヒロが安堵の表情を浮かべつつ、顧問の登場を評する。


「先生、絶妙なタイミングですね」


「まあな、途中から外で聞いていたんだが、面白いからタイミングを計ってた」


 森田先生の顔を見るのはいつぶりだろうか。三ヶ月ぶり?

 顧問を名乗っているくせにまともに顔を見せないのだが、こういう重要な時にはなんだかんだで来ることが多かった。

 こうやってわたしたちの議論を適当にかき回していくのが常だ。

 そのかき回し方が、今回わたしに味方したというだけのこと。

 でも、たまには役に立つじゃない、先生。


「どうせ廃部になるなら、何もせず終わるよりはいいだろう? そういう考え方だってある」


「先生が言っちゃだめでしょう……はあ、もういいけどさ。やるならやるで、しっかりしてよね、カナ」


 へえ、驚いた。

 あれだけ反対してたエリ先輩がわたしの意見に賛同するなんて。

 どういう風の吹き回し? 案外森田先生の言うことは聞くタイプなの?

 これは先輩の許可が下りたと考えていいのかな。

 許可なんてなくてもやるつもりだったけど、言葉の上だけでも同意してくれたならこちらとしても楽というものだ。


「当然ですよ、先輩」


 見てなさいよ。絶対に成功させてみせるんだから。


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