第六話
あれから、永遠とも一瞬とも思える夏休みが過ぎた。
いまだに信じられないことだけど、プラネタリウムはほとんど完成したと言っていい。
明日の文化祭を前にして、ついに完成した。本当に完成した? 見落としはない?
連日連夜、全力で作業を進めてきた。一日でも何かが遅れていたならば、この日は訪れなかっただろう。
わたしは目を開く。開いたところで、暗闇がわたしを包んでいることは変わらない。星の光を投影する段ボール製ドームは、素晴らしい出来だった。星々の淡い光を感じ取るためには、夜闇をも再現しなくてはならない。教室の中に建てたドームは、外界の光を完全にシャットアウトしている。
わたしは深呼吸をする。皆と自分の汗の臭いが鼻を通り抜けた。不快を通り越して、いっそ努力の証のようにも思えてくるから不思議だ。いや……一旦家に帰ったら、シャワーを浴びよう。
「じゃあ……始めるよ。リハーサル」
「オッケー」
ある者は快活な一言を返し、ある者とある者は呻き声で答え、ある者は横たえていた体を起こし、ある者は咳払いをした。エリ先輩、ダイキ、タカシ、カズヒロ、そして森田先生だ。暗闇の中だから姿は見えないが。
手探りで探し当てた投影機の電源スイッチをパチンと倒す。冷却ファンの甲高い回転音に少し遅れて、ドームの周辺部に据えられた三色LEDの照明が灯る。一方だけが山吹色に、その他三方は薄い青。西の空の夕焼けを再現した演出だ。
「えっと、東高天文部のプラネタリウムへお越しいただき、ありがとうございます」
時間配分を記したメモを見ながら、司会を演じた。
これはリハーサルだから、お客はいない。でも、なぜだかわたしにとっては、この瞬間こそが高校生活の最大のクライマックスのように思えて、自然と心のスイッチが入った。
「皆さんは普段、夜空を見上げてみることはありますか?」
一呼吸。
「今日は満月なのかなとか、あの明るい星は何だろうとか……まあそれくらいですよね。小学校の理科の授業で星座を覚えさせられたけど、そんなの忘れたよ、だって星座の形が分かるほど星が見えないから……そんな人が大半でしょう」
気力だけで覚醒状態を保っているといった様子の皆を観客に見立てて、話を進める。
「ですが、今日、このドームの中では違います。とある特殊な魔法によって、星空の本来の姿を再現することができるのです」
本当に完成しているの? 魔法に掛けられているのは自分ではないの?
「そう……こんな風にして」
操作盤の天面に並ぶ小さなスイッチの一つを押し込む。するとドーム内を照らしていたLEDの光が、次第に暗くなっていく。完全に暗くなるのを待たずに、その隣のスイッチを押す。
ドームの天井部分を、小さな光の粒子――星の光が埋め尽くした。全ての星が正しい位置に描かれているというわけではないものの、目立った明るい星はなるべく再現した。
天の川――ミルキーウェイ。わたしたちが住まう銀河系の星たちが作る光の帯。その星々の全てを再現することなど、とてもできはしない。それでも、うっすらとした光の雲のようなものとしてなんとか表現しようと試みた。ここは、わたしが一番こだわったところ。
よし、ここまでは大丈夫ね。天文部の皆からも安堵の息が漏れる。
すこし間を置く。観客が空を見上げ、星の輝きに感嘆している想定だ。
「でも、この魔法は長続きしません。わずか15分の間しか効き目がないのです。」
あえて『魔法』という言葉を使ったのには訳がある。科学館のプラネタリウムで聞いた司会の言葉を借りれば、観客が日々の喧騒から離れ、星々の中で安らぎのひとときを過ごせるようにするための、世界観の演出。プラネタリウムの投影機がどんな仕組みで動いているか、製作にいくらかかったのか……そうした邪念を排除し、より強い没入感を感じてもらうためだ。
「この魔法が効いているうちに、ひとつ、お話をしようと思います。ある女の子が体験した星と宇宙にまつわる不思議なお話を……」
ある女の子が満天の星空の下で宇宙人と出会う話。
地球がどんな星なのかを女の子に聞く代わりに、宇宙人はこれまでの旅のことを話す。彼はいろんな惑星を見てきたが、一番好きなのは宇宙船の窓から見る景色なのだそうだ。
地上からではそれを見ることはできない……街の明かりが邪魔だからね――どんな力を使ったのか、彼は女の子に宇宙の本当の景色を再現して見せた。
ヴェールを取り去ったようにして、無限にも思える数の星が現れる。
手を伸ばせば届きそうなほど近くに。
永遠の時間をかけても辿り着けないほど遠くに。
星空を指さし、一つひとつ、彼は旅の思い出を語る。
どんな映画でも描けないような壮大な冒険と、どんな詩でも詠えないような明媚な景色を。
そして最後に、自嘲気味に言うのだった。
『惑星の上に居ると、その惑星が世界のすべてかのように感じてしまうけど、広い宇宙を見渡してみれば……ちっぽけなものなんだよ』
操作盤のスイッチを、初めと同じように、しかし逆の順で押していく。
少しずつドーム内が明るくなっていく。
「ああ……そろそろ魔法が切れてしまう時間ですね」
天の川が消え、かすかな星たちが消え、輝く星が消え、惑星が消える。
明け方の空のように、全てが明転する。
「女の子が体験したように、たとえ街の明かりがどれだけ明るくなったとしても、夜空の向こうの星たちが消えることはありません。ですが、その存在を知る人が居なくなったら、宇宙の様子を観察し記録し発信する人が居なくなったら。そのときには本当に消えてしまうのかもしれません」
人の認識の中に存在しないものは、物理的に存在しないのと区別はつかない。世界中のすべての人が忘れてしまった物が本当に消えてしまったとしても、それを確かめるすべはない。
「わたしたち天文部の活動は、宇宙の様子を自分たちの目で確かめ、自分たちの手で記録し、自分たちの力で発信することです。そして、わたしたちが使える魔法とは……望遠鏡や双眼鏡やカメラといった道具たちです。この道具たちがあればこそ、より宇宙へと近づくことができるわけです」
全てをやり切ったような感覚を伴って、メモ用紙に記されたシナリオの最後の一文を読み終える。
「もし、少しでも星に興味が湧いたのなら……夜空を見上げてみてください。幾つの星が見えるか、数えてみてください。月の形や惑星の位置がどう変わったか、観察してみてください。そのことが、美しい星空を失わないための、唯一の方法なんだと思います」
昔、奇怪な小人はわたしに言った。
地上でどんな天変地異が起ころうとも、どれほどの規模の戦争が起ころうとも、宇宙だけは不変だ。少なくとも、ぼくたちのような生命体が生きていられる程度の時間感覚ではね。
星の存在が宇宙航行の道しるべになるのと同じように。かつてのきみたち人類が星の見え方を頼りに航海したのと同じように。
だから……目まぐるしく変わる世界の中で自分の進むべき道を見失わないためにはね、星を見るといい。
★
過去の天文部が作ったプラネタリウムは、技術的な面では本当に素晴らしい出来だったそうだ。その一方で、文化祭後の反省として挙がっていたのは、上映中のトークが説明的過ぎたということだった。
季節ごとの星座の見つけ方やそのモチーフとなる神話……それじゃどこかで聞いたことのあるような話ばかり。オリジナリティが足りない。当時のメンバーたる森田先生曰く、そんな声が女子部員から上がったそうだった。
その頃の天文部は男所帯とでも言うべき状態で、それこそ部室に寝泊まりして麻雀に興じるなど、それはそれは楽しい部活だったそうだ。そのせいだろうか、プラネタリウム投影機の機械としてのクオリティにばかり関心が向いていて、展示の見せ方や観客への配慮は疎かになっていたのだろう。
わたしたちが作ったプラネタリウムは、過去のプラネタリウムのように機械として立派なものではない。けれども、上映の内容は時間をかけて真剣に考えたし、プラネタリウム以外の展示物や教室の内装にも気を配った。
機械そのものの完成度はそこそこに抑えて、むしろその周辺を固めた理由。時間が足りないから、人手が足りないから……そうした理由はもちろんあるのだけど、『星空の美しさを観客に伝える』ことだけを目的に定めたからだった。
……なんて格好つけてみても、わたしだってつい1か月前までは、機械としての完成度を高めることしか考えていなかった。
そもそも、わたしはなぜ天文部に入ったのか? なぜ星に興味を持ったのか? わたしたち天文部は何をすべきなのか? プラネタリウムを作ることの意味は? 『学校』や『部活』として集まる理由は?
わたしは分かってると思っていたけど、そんなことはなかった。プラネタリウムを作り上げるんだという意思が勝手に歩き出し、それ自体が目的になってしまっていた。わたしがいくらプラネタリウムを作ろうだの何だのと言ったところで、天文部全員の総意として事が運ばなければ、何の意味もない。7月の中頃だったか、わたしがレンズ式プラネタリウムの試作機を作ったから部室に集まるよう皆に召集をかけ……誰もいない部室で黄昏ていたとき。エリ先輩はピンホール式プラネタリウムの完成版を作ってきたのだ。でもエリ先輩はそれをわたしの目の前で叩き壊し、わたしが目を背け続けていた現実を突き付けたのだった。
『カナが一人でどんなにすごい投影機を作ったとしても、それは天文部が成し遂げたってこととは違うんだよ』
わたしがエリ先輩と交わした約束。入部以来団結したことのない部員たちを団結させる。団結なしには、完成はあり得ない。天文部全員の合作としてのプラネタリウムにこそ、価値がある。
プラネタリウムの投影方法がレンズ式かピンホール式か、投影可能な星の数はいくつなのか。そんなことはどうでも良かったのだ。
最も大切で、最も足りなかったことは。部員たちが互いに向き合い、理解し合うこと。プラネタリウムを作るなんていうことは、言ってしまえばおまけのようなものだ。
わたしがプラネタリウムを作ろうと言い出したあの日、森田先生が背中を押してくれたのは、プラネタリウムをきっかけにして天文部が活気を取り戻すことを期待していたのかもしれない。
★
「これは……まさにあの天文台で見た星空そのものじゃないか」
上映が終わった後の沈黙を破ったのは、意外にもいつもは冷静沈着なダイキだ。少しだけ興奮したような調子で言う。
「ああ……本当だね」
エリ先輩が、何かの夢に浮かされているかのように立ち上がり……手を伸ばす。爪の先ほどの大きさの星の光に指先が触れた。
何かを言いたそうに逡巡した後、しかし一言だけ。
「良かった」
何をしたかと言えば……合宿だ。
これまでは、たとえ泊りがけの合宿を企画したとしても参加希望者が少なすぎて意味がなく、かといって学校内で合宿に準じるものを行おうにも、長年放置されホコリとカビにまみれた機材では難しい。それでも体面を考えると何もしないというわけにもいかず、簡単な勉強会を開く……というのが落としどころだった。
本物の星を見に行かなくてはならない。わたしたちが作ろうとしているものは、プラネタリウムが真に映し出すべきものは何なのかを理解するために。
電車とバスを乗り継いで2時間、県内西部の山中にある小さな天文台。毎週末には観測ドームの大きな望遠鏡を使った観望会が開かれているし、個人で扱える小さな望遠鏡も置いてあって、いつでも借りることができる。コテージのあるキャンプ場を併設しているから、夜通しの観望もできる。近場で済ます分、費用は安上がりだ。
一番の問題は、わたしが皆を合宿に誘ったとして、参加する人がどれだけいるかということだった。
単に誘ったのでは、これまでと同じように鈍い反応で返されるだけ。わたしが投影機の試作品を作った時、エリ先輩を除いて誰も来なかったのだから。
だから、わたしはカズヒロ、ダイキ、タカシの三人と一人ずつ会って話をした。もちろん森田先生もだ。
考えていることを全てさらけ出した。
わたしが天文部に入ったのは、それ以外に興味が持てなかったから。賑やかな部活動を夢見ていたけれど、わたしの浅慮のせいでそれは叶わず。
文化祭に向けてプラネタリウムを作ろうとする意味……否、プラネタリウムにこだわる必要はなくて。今しかできないことは今やっておきたい。いや、今やらなくちゃいけない。
エリ先輩は、今年が最後だからと言った。わたしたち2年生だって、この天文部が廃部になったら今年が最後だ。
これまで団結したことのない天文部員たち。気心の知れた仲間たちというよりは、『部員』という括りで緩く集まっているだけの集団。今更何ができる? かりそめの青春を過ごした気になって、後で振り返って後悔するかもしれない。
わたしは怖かった。わたしの提案にNOを突き付けられるのではないか? この1年半、皆のことを見ずに一人で勝手に突っ走ってきただけなのだから……。
でも、皆は意外にも快く合宿に参加することを表明してくれた。
たった一晩の合宿だけど、わたしたち天文部員たちの親睦を深めるには十分だった。キャンプ場でバーベキューをして、天文台の大望遠鏡を見学して。貸し出しの望遠鏡の使い方が分からないなんて言ってひと騒ぎして。都会からそう離れていないのに天の川がうっすら見えることに驚いて。使うかどうか不安だったトランプは無事役目を果たして。
『絆』なんてものは、1か月やそこらで勝手に湧いて出てくるようなものではなくて、長い時間をかけて育むようなものだと思っていた。でも、一緒に過ごした時間の長さは、さして重要ではなかったのだ。
★
一通りリハーサルを終えたので、ドームの外へ出る。狭いドームと比べると、教室の空気がやたらに新鮮に感じられた。
「それにしても、こんな方法があるとはな。タカシのアイディアのおかげで何とか間に合った。よくあんなの思いついたよな」
「いや……アイディアだけじゃ間に合いはしねえよ。そう言うカズヒロだって、俺の提案したものを買うのに、よく予算内に収められたよ」
合宿中に決めたことなのだが、エリ先輩が作った実績のあるピンホール式プラネタリウムは最終手段として、レンズ式プラネタリウムでできるところまでやってみようという方針になった。計画を最初に提案したカナの意思を尊重しよう、とのことだった。
それでも、やはり予算と時間の問題が大きな障壁だった。
「追加予算は五万円。俺も教頭に掛け合ってはみたんだが、これが限界だった。顧問としては情けない限りだが……限られた予算だからこそ生まれたアイディアかもしれないな」
タカシのアイディアとは、プロジェクターを改造することだった。
プロジェクターの中には強力な光源があって、その前に半透明な液晶ディスプレイがある。液晶を通って色のついた光がレンズによってスクリーン上に投影されるというものだ。
この液晶ディスプレイを、恒星原板に置き換える。恒星原板はガラスの板にアルミ箔を貼り付けたものだ。アルミ箔には小さな穴が無数に開いていて、この穴を通った光が一つひとつの星になるのだ。穴を原板上のどこに開けるのかは、ダイキのプログラミングによって複雑な計算を経て導き出されたものだ。
でも、それだけではまだ足りない。プロジェクターはそのままでは天球面すべてを映すことはできない。かといって、複数のプロジェクターを放射状に配置する方法は、予算の中では難しい。
タカシが提案したのは、『魚眼コンバージョンレンズ』を使うというものだった。大きなビデオカメラのレンズ前面に取り付けて、四方八方を一つの画像に無理やり押し込めて写すためのものだ。このレンズをプロジェクターのレンズに取り付けて真上へ向ければ、天球面を1つの装置で映すことができる。
それでも、プロジェクターとレンズだけで予算のほとんどを使い切ってしまう。そこを何とかしたのが、カズヒロの働きだった。近所のリサイクルショップを虱潰しに巡って目的の物がないと分かると、ネットオークションを使って格安で壊れかけのプロジェクターを入手。レンズの方は海外通販を使って手に入れたそうだ。そんな危ない橋を渡るような真似、わたしにはとてもできそうにない。
もちろん、このタイトなスケジュールが成立したのは、エリ先輩が文化祭実行委員との連絡役を担ってくれ、全体の進捗状況をしっかりと管理してくれたからだ。わたしの方はというと、当初こそ投影機を作ることに執着していたものの、途中からは上映プログラムや投影機以外の展示物の企画に回ることにした。適材適所というやつだ。
「そうそう、星の日周運動を再現しないっていう割り切りがあればこその、この投影方法だけど」
わたしはこれまでの足跡を確かめるように、この一か月を振り返った。
「エリ先輩もそうかもしれないけど、わたしはプラネタリウムっていうのは、どんな季節のどんな時刻の星空でも映せるように、投影機自体が回転できないといけないって思ってた。でもこのプラネタリウムはこの文化祭のためだけに作るんだし、上映の内容を工夫すれば、そんなことはなかったんだよね」
「あたしはそんなこと思ってなかったけど? カナ」
星座早見盤を回せば、何月何日何時に星がどこにいるかが分かる。同じようにして、科学館にあるようなプラネタリウムは、どんな時刻の星空でも再現できる。南半球の星空を作り出すことだってできるものもある。そういう高性能なプラネタリウムでは、上映内容が変わるごとに投影機を開けて恒星原板を取り換えているわけにはいかないし、その方が上映内容のバリエーションが豊富になる。教育施設という側面からも、そうであるべきだ。
一方で、わたしたちが作るプラネタリウムは違う。たった1日2日の文化祭のためだけに作るものであって、来年も使うかどうかは分からない。だから、文化祭の当日の夜9時、大岡市で見られる星空だけを作ればそれで十分だ。タカシが提案した1つのプロジェクターを使って全ての星を映す作戦は、時間がたつごとに動いていく星の運動を再現できないという欠点がある――しかしそれは問題にならないのだ。
星の動きを再現せず特定の時刻の星空だけを映すという割り切りは、予算や時間の都合という現実的な理由もあれども、『何が一番大事か』を考えた結果だった。
わたしたち天文部が少ない知恵を絞ってプラネタリウムを作り、展示する意味は? プラネタリウムは星空を模倣するだけの機械に過ぎないのか?
そんなことを考えたとき、エリ先輩の言葉が鍵になった。
――だからさ、プラネタリウム、作ろうよ。みんなで。
わたしたちにとってプラネタリウムを作る目的は、天文部で得られるはずだった、取りこぼしてきた青春を拾い集めることだ。作ることそれ自体が重要なのであって、どんなものを作るかというのは些末事だ。
星空の美しさとは? それを目にしたときに人が抱く感情とは?
わたしの原体験の中にある満天の星空と、合宿で見たささやかな星空。人が何かを見たときに抱く感動の大きさは、それ自体の美しさだけでは決まらない。その時に何を考えていたのか、誰と一緒に居たのか。きっと、『思い入れ』の大きさで決まるのじゃないか。わたしはそう思った。
難しいことは考えなくていい。仲間同士で集まり、星空の下で同じ時間を過ごす。それだけで、不思議と心が通い合ったような気持ちになれる。あなたも星空を見上げてみてはいかが――?
観客にそんなことを伝えるために、わたしはプラネタリウムを作るのだ。
そしてそのためには、緻密な恒星原板や複雑な制御装置は必ずしも必要ではない。上映中のトークも含めて、天体の写真や星に親しめるようなことを書いた小冊子も合わせてプラネタリウムなのだと考えれば、そこに力を入れたっていい。
★
本番は明日の文化祭当日だ。リハーサルが終わって山場は越えたけれど、まだ大きな仕事が残っている。来場者に配るための小冊子を大量にコピーして製本しなくてはならない。
わたしはこれまでのことを振り返りつつ、自分の担当したセクション『プラネタリウム製作奮闘譚』を読み返した。
「何か物足りない……」
最後に、何か決め台詞のようなものを付け足しておきたい。将来の後輩がこれを読んだときに、記憶に残るように。歴史に名を残す偉人のように、わたしの爪痕を刻み込むような一言を。
自然と。
「……プラネタリウムに願いを」
そんな言葉が湧いて出た。