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交わる世界のリブート  作者: 田んぼのアイドル、スズメちゃん
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訓練-6

 行軍訓練から4週間が経過した。

 訓練中の事故により大怪我を負った麗奈であったが、1週間ほど前から宿舎棟で以前のように生活をしている。しかし、全治5週間の怪我を負っているため、ランニング等の激しい運動を含む訓練メニューには参加できていない。班員が訓練をしている間はリハビリテーションを兼ねたウォーキングなどをしていた。


 いつも通りのメニュー通り、早朝点呼から1日が始まる。

 麗奈はリハビリテーションがあるため、座学以外は別のメニューとなる。そのため、班員全員が顔を合わせるのは、早朝と訓練メニューを終えた後の時間だけとなる。結果的に班員と過ごす時間が必然的に少なくなってしまう。

 そんな彼女でも、2班の雰囲気が以前と全く違うということに気づいていた。最初は自分がみんなと話すようになったために、班の雰囲気が変ったと思っていた。しかし、みんなと話をするようになって4週間が経過した。そのため、原因がうすうす分かってきた。

 行軍訓練前までは頼れるリーダーとしてみんなから親しまれていた一ノ瀬哲也が、今は班員の中で孤立した状態である。麗奈自身は自分から進んで班員との関係を築かないようにしていた。一方、彼は積極的に関係を回復しようと努めている。しかし、一度崩壊した人間関係とは1から築いていくよりも難しい。


―・―・―・―・―・―・―


 現在時刻は21時を過ぎた頃である。

普通であればみんな自主訓練として、ジムなどで汗を流している時間帯である。しかし、今日は珍しく2班の部屋に大勢の人がいた。メンバーは哲也を除く9人である。これは、誰かが意図した結果ではなく、たまたまの偶然であった。

 麗奈は哲也のことをみんなに相談してみることにする。このような話は本人がいないときに話す方が話しやすい。

「あの・・・。みんなに相談なんだけど、最近哲也さんが班内で孤立しているように感じるんだけど。これって、私の気のせいだったりしないよね?」

恐る恐るといった様子で話しかける。すると、みんなが行軍訓練中にあった口論と、帰りの機内であった口論のことについて話してくれた。


(ちょっと待って・・・!これって全部私のせいで関係がこじれちゃったってこと?)


 麗奈は自分のせいでこんな現状になってしなったと思い、軽く俯いて黙り込んでしまった。

「遅かれ早かれこうなっていたと思う。哲也と俺たちの考え方が根本的に違っていたんだ。ここにいる俺たちは、誰かのためになら命を張ってもいいと思っている。しかし、哲也はあの時、鶴島さんを見捨てるという判断をしたんだ。ここまで意見が真逆だと今後も意見の食い違いは生まれるだろうな・・・。」

 敏一が意見を述べた。そこへ、付け加えるように悠人が意見を述べる。

「機内では一方的に麗奈のことを悪く言っていた・・・。仮にも班を預かるリーダーとして、班員を悪く言うのはどうかと思うな・・・。」

 2人の意見にみんながうなずいているところを見ると、みんな同じ意見のようだ。

 この様子を見る限り、すぐさま関係回復とはいきそうにない。少しずつ以前のような関係になるように努力していくしかないようだ。


―・―・―・―・―・―・―


 一方、一ノ瀬哲也は1人、宿舎棟に有るジムで汗を流していた。

時刻は現在22時を迎えようとしている。消灯時間は23時である為、そろそろ掻いた汗を流すためにシャワールームへ行った方がいい時刻であるだろう。そのため、ジムにいる人数少なくは哲也を入れても3人であった。そんな中、哲也は1人黙々とベンチプレスを上げていた。

 何故、こんな時刻になるまで哲也が1人トレーニングを行っているのか。それは、内心とても焦っているからだった。

 これまでは2班の中でリーダーとしての地位を確立していたと思っていた。班内の話し合いでも、自分の意見が尊重されていたし、基本的に自分に対して反対意見が出ることもなかった。班員には頼れるリーダーと思われていたという自負もある。そんな自分が今では班内で孤立してしまっているのだ。


(何故だ?どうしてこうなった?つい先日まで俺は2班内の中心人物だったじゃないか。なのにどうして今、俺は孤立してしまっているんだ・・・。)


 1人で悩んだところでわかるはずもない。トレーニングにでも集中すればこのもやもやした気持ちが落ち着くのではないかと思い、こんな時刻までトレーニングをしていた。

 しかし、1人でいるといろいろなことを考えてしまい、もやもやした気持ちがはれるどころか、より強くなってしまっている。

「そろそろ消灯時刻だから、今日はこの辺りで切り上げろ。」

見回りにやってきた守衛はトレーニングをやめるようにジムの中に声をかける。

 哲也はその声で我に返る。トレーニングに没頭し過ぎていた結果、時計はおろか周りの様子すらまともに見ていなかったために、こんな遅い時間になっていたことに気づいていなかった。

 半ば焦りながら自分の使っていた道具を片付けて、ジムに隣接しているシャワールームへ向かった。


 やはり時間のためか、シャワールームもがらんとしている。21時頃であれば人であふれかえっているシャワールームも深夜ともなれば、空いていて当然である。

 時刻は22時20分ごろとなっている。2班の部屋へ帰るのにはだいたい5分もあれば到着出来る。しかし、あまりゆっくりもしては居られない。消灯前には点呼があり、それに遅れると当然ペナルティが課される。

 ただでさえ現状孤立してしまっている自分が点呼に遅れ、連帯責任として班全員にペナルティが課されてしまうようなことがあれば、関係修復はさらに難しくなるだろう。

 そのため、急いで汗を流す。シャワーの蛇口に手をかけると、かすかではあるが右肩から肘のあたりに痛みを感じた。どうやら知らず知らずのうちにオーバーワークになっていたことに気づく。


 (やっちゃったか・・・。明日の訓練に響かないといいんだけどな・・・。)


 そんなことを考えながら、手早く汗を洗い流す。急いでいたというのもあるが、訓練兵としての生活で身に着いた速風呂もおかげもあり、5分ほどでシャワールームを後にした。


 点呼の時間には哲也も間に合い、いつもと同じように消灯を迎えることが出来た。

 しかし、遅くに部屋に戻ってきた哲也に対して、「遅かったな」などと声をかけられることもなかった。


―・―・―・―・―・―・―


 時刻は23時を回り、訓練兵たちは消灯時刻を迎えていた。

 そんな時刻であるにもかかわらず、宿舎棟の1階を歩く1人の軍服の男がいた。


 訓練場では教官たちも宿舎棟で寝泊まりをしている。教官たちは1階で、訓練兵は2階以降と割り振られている。ジムは地下1階で食堂は1階という配置になっている。


 多国籍軍の将校の1人がこの訓練所を訪れるというのを聞かされたのは、当日の昼ごろである。普通、視察などであれば、スケジュール調整等の時間を要するために1週間前には知らされる。

 しかし、今回は急ぎの要件であり、大至急訪問したいとのことであった。

 

 軍の将校が大至急訪れるということに対して、あまりいいことはないだろうとムグルマは考えていた。

 考え得る可能性としては2つ挙げられるだろう。1つ目は訓練兵のいずれかによる不祥事に関することであろう。しかし、これは考えづらい。なぜなら、もし訓練兵の不祥事があったのであれば、まず自分たちの耳に入っているはずである。2つ目の可能性は戦況悪化によって訓練兵ですら前線に送る必要が出てきたというものだ。このパターンは最悪である。まだまだ未熟なため前線に立たせるには不安が残る。それに加え、訓練課程を終え、正規の軍人となっても初陣での生還率はかなり低いものとなる。


 教官たちは待機室で軍将校の到着を待っていた。しかし、明るい顔をしている者は誰もいない。おそらく、みなムグルマと同じこと輪考えているのだろう。

 そんな暗い雰囲気の待機室にノックの音が3度響く。そして、革靴の音を響かせながら軍服を着た男が入ってきた。歳は40歳ぐらいだろうか。酷く神経質そうな目の細い男である。

「夜分申し訳ない。将官は多国籍軍の東南アジア方面軍で大佐の地位を承っているジョシュア・トーレスである。」

「お待ちしておりました、大佐殿。早速ではありますが、夜も遅いこともあります。ご訪問いただいた用件の説明をしていただけないでしょうか?」

ムグルマが教官を代表してあいさつを述べ、用件を尋ねる。

「そうですね。では、本題に移るとしましょう。」

その言葉に教官たち全員が身構える。

「将官がここへ着た目的は、戦況の悪化によって兵士が足りなくなったため、訓練兵を一時的ではあるが正規の兵士として召集することになったためである。」

想定していた中で最悪の事態であった。

「先週、ニューギニア島西部が蟲どもの襲撃を受け、駐留していたわが軍に被害が発生した。これまで散発的な戦闘は発生していたものの、今回の襲撃はこれまでとは大規模な侵攻を受けたために、ベースキャンプを放棄。そして、防衛線を築いた。侵攻を受けたのは西パプア。今現在の防衛線はビンテュニ湾付近である。訓練兵たちにはそこへ増援として向かってもらう。」

 淡々とした口調で現在の戦況を話す。それに対し、教官たちは頭を抱える。

「防衛線の死守であれば、正規軍の増援でどうにかなるのではありませんか?」

 溜まらず、ムグルマがジョシュアに問う。

「正規軍はメキシコシティ付近への侵攻を食い止めるために先週出発したばかりだ。今ここで出撃できるのは、残念ながら訓練兵たちだけだ。」

 理解はした。しかし、納得はできない。悔しさのあまり真っ白になる程強くこぶしを握る。

「明日、訓練兵たちには将官の口から言うとしよう。出発は5日後だ。それまでにはあなた方教官も気持ちの整理をしておいてもらいたい。」

 それだけ言うとジョシュアは「今日はこれで失礼するよ」と言って部屋を出て行った。

 残された教官たちはただ無言で俯き、頭を抱えていた。


―・―・―・―・―・―・―


 翌朝の点呼の様子は、普段とは全く違っていた。

 訓練兵たちはいつも通り、定刻にはグラウンドに集合している。しかし、今日は教官たちの中に見慣れない軍服を着た軍人が混じっている。

 普段であればこのまま点呼を行い、ランニングが始まる。しかし、今日は違った。点呼を終えたとき、軍服を着た男が前に出る。

「将官は多国籍軍の東南アジア方面軍で大佐の地位を承っているジョシュア・トーレスである。」

ジョシュアは整列している訓練兵たちを見回す。

「いきなりだが、お前たち訓練兵たちにはニューギニア島へ向かってもらう。先週、ニューギニア島の西部に蟲どもの侵攻を受けた。それに対し、我ら多国籍軍は迅速に防衛線を構築、迎撃を行っている。お前たちには5日後、そこへ増援として向かってもらう。」

 訓練兵たちの中にどよめきが生まれる。無理もない。まだ訓練課程を修了していないために、前線に立つのはまだ先の話だと思っていたものも少なからずいただろう。にも関わらず、いきなりの最前線送りである。混乱しない方が不自然というものである。

「まだ訓練課程を終えていないお前たちを前線に送るのは少々心苦しいが、幸運を祈っている。」

最後に敬礼で締めくくる。すかさず訓練兵たちも敬礼を返すが、動揺していたせいかタイミングはバラバラであった。


 朝一番にあんなことがあったために、今日一日の訓練には皆身が入っていなかった。


 一通りの訓練を終え、自由時間の時刻になった。

 しかし、部屋の中はまるでお通夜のようになっている。俺は少しでもいいからこの空気を何とかしようとする。

「みんな少しネガティブになり過ぎじゃないか?何も、出撃したからって絶対に死ぬわけじゃない。訓練でやったことをちゃんとできれば、みんな生きて帰ってこれるって。」

「・・・・・・。」

 しかし、みんなの様子に変化はない。

「確かに、前線に出るのは俺も怖い。でも、ここでこんな風に落ち込んでいても何も変わらない。だったら後4日でできる限りのことをしようじゃないか!」

その言葉に哲也が怒りを明らかにする。

「たった4日で何ができるっていうんだ!?それに、未熟者の俺たちが前線に出たって足手まといになって、蟲どもの餌食になるだけだ!」

「なら、如何しろっていうんだ!?ここでいじけていたって死ぬのには変わらないんだろ?だったら最後の最後まで悪あがきするしかないだろう!そうすれば生き残れる確率が少しでも高くなるんじゃないか?」

 悠人の勢いに押されて、哲也が黙り込む。

「悠人の言うとおりだと私は思う。このまま大人しくしているよりも、生き残るために少しでも、私は努力したい。」

 この麗奈の言葉に、沈み込んでいた2班の空気が少し明るくなる。

「俺は絶対に生きて帰るぞ。そのために最後まであがいてやる!」

「私も諦めない。」

「みんなで生き残ってやりましょう!」

 みんなの様子は先程と大違いである。みんな生き残るという一つの目標へ向かって1つになったように思えた。


 消灯前の点この時にムグルマ教官が俺たちに向かって頭を下げた。

「訓練課程すら終えていないお前たちを送り出すことになって、本当に申し訳なく思っている。」

「頭を上げてください。俺たちはみんなで生きて帰ってきますよ。何の心配もいりません。ですから、教官もそんなネガティブにならないでください。」

謝罪するムグルマ教官へ、俺は力強く言い放つ。

「2班全員、俺と同じ考えです!」

俺の一言に、麗奈たちは頷いた。


―・―・―・―・―・―・―


 ニューギニア島へ向かうために訓練兵は全員訓練所のグラウンドに集合している。

 4日という時間はとても短いものである。瞬く間にこの日がやってきてしまった。

「よし!俺もお前たちの顔つきを見て、やっと気持ちに整理が着いたよ。お前たち、行って来い。そして、みんなして帰ってこい!いいな?これは命令だ!」

「「「了解!」」」

ムグルマ教官の言葉に、全員で敬礼を返す。

「帰ってきたら、これまで以上に厳しくしごいてやるから覚悟してろよ?」

ムグルマ教官の冗談に笑みを浮かべながら、輸送機へ乗り込む。


「これより、ニューギニア島へ向けて出発します。」

 機長のアナウンスが聞こえ、可変翼型の大型輸送機が離陸する。

 輸送機の窓からは、手を振り見送りをしている教官たちの姿が見える。俺はそんな教官たちへ向け、敬礼をする。そして、絶対にここへ帰ってくるという決心を新たにする。


(どんな敵が来ようと俺は絶対にあきらめない。絶対にだ。みんなでここへ帰ってくるんだ!)


 俺は心の中で静かに誓った。

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