訓練-5
行軍訓練は何とか予定時間内に終了することが出来た。
訓練のゴール地点は山の中腹であったために麓の駐機場までは少々距離がある。そのため、麓まで下山する必要がある。下山時、背嚢などの荷物はまとめて車で運ぶことになっているが、訓練兵と教官数名は徒歩での下山となる。行軍訓練を終え、疲労困憊となっている訓練兵たちの歩みは自然と遅くなる。その結果、輸送機へ乗り込み、訓練場への帰路へついたのは1時間半後となった。
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機内は静まり返っていた。それは無理もない。皆疲れ果てていて中には眠っている者もいた。しかし、2班の様子はほかの班とは違うものだった。
訓練終了30分前に2班の1人を除き、悠人と麗奈の2人を捜索するための準備を行っていた。訓練終了後直ぐに捜索隊が出動する予定になっていた。2班の班員たちはその捜索隊に同行しようと考えていたのである。その時、捜索に参加しないと言ったのは一ノ瀬哲也であった。
「行くなら君たちだけで勝手に行け。俺はいかないぞ。みんな冷静になれよ。仮に俺たちが行ったとして何か変わるのか?それならリスクを冒すべきじゃない!」
哲也の言葉に正樹は激昂する。
「なら、お前だけここに残ればいい。お前が何と言おうと俺は行くぞ!」
「そうさせてもらうよ。俺はこんな所で命を張りたくないんでね。訓練で遭難する方が悪いんだ。」
正樹は遂に我慢の限界を迎え、哲也の左頬を殴りつけた。たまらず哲也は倒れこむ。殴られた頬を抑え、うずくまっている。そんな彼を2班の面々は冷たい目で見ていた。
結果的に悠人と麗奈は時間内に無事とは言いにくいもののゴール地点までたどり着くことが出来、捜索隊が出動することはなかった。しかし、2班の面々は哲也の言動に対し、班長を任せていいのかという不信感を抱いていた。
班員に不信感を抱いているというのは想像より息苦しいものである。まして、全員が無言でいるというのは最悪の状況ともいえる。しかし、その沈黙はいきなり破られた。先程まで座席の前にあるスペースで横に寝かされていた悠人が突然起き上がったのである。
輸送機の座席は、両サイドの窓際に一列に並んでいる。そのため、座席の前に人を寝かせることが出来る。
機内のほぼ全員がいきなり先程まで疲労によって爆睡していた人間が起きるとは思はない。よって、驚いた顔をしている者が多くいる。2班のメンバーも例外ではなかった。
「ここはどこだ?」
俺は近くにいた正樹へ話しかける。
「ここは輸送機の中だ。今は行軍訓練を終えて訓練場に戻ってる途中で、あと20分ぐらいで到着する予定だな。」
ここで俺の中には2つの疑問が浮かぶ。1つは自分がどうやってゴール地点から下山し、機内に乗り込んだのかということ。もう一つは自分のペアであるので麗奈のことである。1つ目に至っては、時間内に目的地に到着したところまでの記憶しかないため全く分からない。2つ目は周りを見回して見ても麗奈の姿が見当たらないためである。
少し考えていると、正樹と香蓮のおかげですぐに疑問はが解決した。
「ゴール地点からお前を担いで下すの、結構大変だったんだぞ?」
「正樹君と青葉君が交代で烏野さんを背負って下山したんですよ。あと、鶴島さんは怪我のせいで帰るのが明日になるようですよ。」
どうやら俺はゴールと同時に気を失ってしまっていたらしい。
「烏野さん、体は大丈夫ですか?かれこれ2時間以上ずっと目を覚まさなかったから心配しましたよ。」
優華が俺のことを気遣ってくれる。
「特に心配は無いと思う。みんな、心配かけて悪かったな。それと正樹と大悟、ありがとな。」
「気にすんな。」
「困った時はお互い様だ。俺の時も頼むぞ?」
感謝の言葉に正樹と大悟が応える。
悠人が目を覚ましたことによって2班の中に会話が生まれ、先程の重い空気は解消されていた。しかし、この和やかになりつつあった空気をぶち壊す言葉が哲也から放たれる。
「烏野も災難だったな?あんなペースを乱すようなペアを持って。その挙句、滑落して大怪我。最後はペアに担いでもらわないとゴール地点までたどり着けないなんて・・・。彼女を見捨てなかった烏野は良い奴すぎるよ。」
半笑いのようなトーンで麗奈に対する罵倒ともとれる発言をする。それに対して悠人は少し嫌な顔をした。しかし、すぐに真顔に戻して応える。
「そうでもないな。確かに麗奈はハイペースで行軍したが、俺がついていけないほどじゃなかった。それに、滑落した麗奈を助けに行ったのは俺の勝手だし、あいつは何度も自分を見捨てるように俺に言った。それでもあいつを担いでゴールを目指したのは俺の勝手だ。」
「彼女のことをかばう必要はないと思うけどね。確かに今回はペアでの行軍が原則だったけど、わざわざ助けに行って自分も危険な目に合う必要は全くないと俺は思うよ?」
「そうでもないさ。今回の事故で麗奈とちゃんと話をすることが出来た。今後は今までみたいに必要なこと以外全く話さないということもないと思う。それを考えれば、おつりが来てもいいぐらいだ。」
「所詮は自分のわがままで回りと疎遠になっていたんだろ?何をいまさら・・・。」
「一ノ瀬さん。あんた、麗奈の何を知っているんだ?」
我慢を続けて哲也と話していた悠人にも遂に限界が訪れ、先程とは全く違う怒りをはらんだ声色になる。
「麗奈とまともに話したこともないあんたにあいつの何がわかる?確かにあいつは何も話そうとはしなかった。それでもな、一ノ瀬さん。あんたは仮にも2班の班長なんだろ?だったら、班員のことを悪く言うのはやめろよ。」
突然の怒りに哲也は気圧され、黙り込んでしまう。
あと到着まで15分ほどとなったが、悠人の怒りによって再び重い空気になる。そんな状況下であってもだれ一人として哲也を擁護しないのは、悠人の怒りがもっともであるという思いが全体の総意であったからであろう。
この事件をきっかけに一ノ瀬哲也は班員のだれからもほとんど信頼されない、名前だけのリーダーとなってしまった。
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行軍訓練を終えた次の日、訓練兵たちの疲労を鑑みて一日の休息が与えられた。
しかし、体に染みついてしまった生活習慣というのはなかなか抜けるものではなく、だれに起こされるでもなくほぼ全員が早朝4時半に起床していた。
いきなり休めと言われても何をしたらいいかわからなくなる状態に班員のほぼ全員が陥っていた。これは、ほかの班員も例外ではなく訓練兵のほぼ全員が同じような状態になっている。
そんな中、2班の中で悠人だけはどこかそわそわしていた。それも無理はない。今日の朝9時に怪我で帰投が遅れていた麗奈が到着する予定なのである。昨日はゴールを迎えるのと同時に自分は気を失ってしまったがために、麗奈とあれ以降話が出来ていない。もし自分の見立て以上に怪我の具合が酷かったらと考えると、心配でたまらなかった。
とはいえ、まだ起きて30分ほどしかたっておらず、彼女の到着予定時刻まで4時間ほど残っているのであった。
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9時を少し過ぎた頃、ムグルマ教官が2班の部屋を訪れた。
「先程、鶴島麗奈が到着した。そのまま医療棟へ搬送された。お前たち、暇を持て余してるなら見舞いにでも行ってやれ。」
どうやら教官は、俺たちに麗奈の到着を知らせにわざわざ来てくれたようだ。
「思ったよりも早かったな。どうせ俺たち暇なんだから、みんなで見舞いにでも行こうぜ?」
正樹が部屋の中にいる8人に聞こえる声で持ち掛ける。すると、何故かみんなで俺の方を見て、返事を待っている。
「正樹の言うように、みんなで麗奈の見舞いに行こう。」
俺はそう言うと立ち上がり、部屋を出る。みんな俺を先頭について来ている。哲也は乗り気でないような顔をしているが、みんなに合わせるように最後尾をついてきているようだ。「怪我が軽かったらいいのに。」や「早く退院できるといいな」などと口々にみんな麗奈の心配をしていた。
医療棟は宿舎棟から徒歩での10分ほどの距離にある。大きさは平均的な貨物倉庫ほどの大きさであり、大きいとも小さいとも言えない。2階建てになっており、病室が各階に8部屋ずつ合計16部屋ある。
麗奈の病室か1階の入口から見て左奥の部屋だった。
起床してすぐに感じた何とも言えない不安にさいなまれながらも、俺は麗奈の病室の前まで足を進める。そして、ノックを3回行う。すると、中から「どうぞ」と言う声が聞えた。
ここへ来た時と同じ様に俺を先頭にして病室に入ると、ベッドの上で上半身を起こした姿勢の麗奈が俺たちを迎えてくれた。
病室はベッドが向い合せに2対、計4つと洗面台1つがあるだけの簡素な造りである。麗奈は窓側の2つあるベッドうち、入口から見て右側のベッドだった。
麗奈はトレードマークであるポニーテールを下ろしているため、いつもとは感じが違っていた。額や腕など治療のための包帯や絆創膏が貼られている。しかし、顔色はよく、心配していたほど症状は重くないようだ。
「もう起き上がって大丈夫なのか?思ったより軽傷だったんだな。」
「包帯グルグル巻きの状態の方が良かった?私も以外に軽傷だったから、驚いたのよ。」
「本当に軽傷でよかったよ。お前だけ帰ってくるのが今日だったから、本当に心配してたんだぞ?」
「そうだったんだ・・・。心配してくれてありがとう。」
病室に入るなり俺は麗奈に話しかける。すると、以前とは違い普通に仲良く会話が行われる。それに、俺と麗奈以外の2班全員がとても驚いている。会話がごく普通に行われただけでなく、麗奈が笑顔で会話をしたことにみんなとても驚いていた。それも無理はない、これまで麗奈がみんなの前で笑顔を見せたことなど無かったからだ。
「それよりも、あなたは大丈夫なの?ゴールと同時に気を失って倒れちゃうし・・・。私はあなたのことの方が心配だったのよ?」
「そうか・・・。心配かけちまったな。でも、俺はこの通り。一晩ぐっすり眠ったらいつも通りだ。」
「良かった・・・。」
麗奈は心の底から安心したような顔をする。
これにもみんなは驚く。これまで麗奈が悠人もことを気遣ったことなど無かったからである。
「それにしても、本当に軽傷でよかったですね。」
「元気そうで良かったが、怪我の具合はどうなんだ?」
2人の会話に香蓮と正樹が入ってくる。
「怪我としては重症って診断されています。右足首が折れていますから・・・。しかし、不幸中の幸いとしてきれいに折れていたらしく、看護師さんの話では全治5週間とのことです。」
麗奈が正樹の問いに丁寧に答える。そして、みんなの方へ顔を向け、
「今回は私の身勝手な行動により皆様に多大なご迷惑をお掛けしました。申し訳ございませんでした。」
深々と頭を下げ、平身低頭謝罪する。
「それに加え、これまで皆様に対し失礼な態度及び行動をとっていたことに対し、謝罪させて下さい。本当に申し訳ございませんでした・・・。」
先ほどよりも頭を深き下げ、謝罪する。
何故かこの謝罪に対して哲也だけが怒りをあらわにする。
「こんな謝罪1つでこれまでの行いを帳消しにできると思っているのか?!それは、少し虫が良すぎるんじゃないか?これまでどれだけお前のせいで俺たちが迷惑したと思っている?!」
「ご、ごめんなさい・・・。」
哲也の剣幕に麗奈が少し怯えたように、謝る。しかし、哲也の勢いは衰えない
「本当に申し訳ないと思っているのか?!みんなもそう思うだ―――」
「・・・いい加減にしろ!!」
哲也の声を遮るように俺は静かに、しかし、強く怒りをあらわにする。
「一ノ瀬さんよ。あんた何様のつもりだ?麗奈もこれまでのことをこれだけで精算できるなんて考えちゃいないよ。でもな、これからは改心して関係を良くしようってしてるってのに・・・。」
悠人の怒りに対して、敏一が口を開く。
「俺は鶴島さんが関係を改善する意思があるのなら、そうした方がいいと思う。これまでがどうだったとしてもだ。」
敏一の意見に次々と賛同の声が上がる。
結果、哲也以外の全員が敏一に賛同した。
「これがみんなの意思ってやつだな。これからもよろしく頼むぜ?」
「改めてこれからもよろしくお願いします。」
「これからは私ともお話してくださいね。」
みんな口々に麗奈へ声をかける。それに感動したのか、麗奈はいつの間にか涙ぐんでいた。
そののちは和気あいあいと言った雰囲気で会話を楽しんだ。しかし、居心地が悪かったのか、哲也は途中で宿舎棟へ帰って行ってしまった。
病室にいる9人はとてもリラックスしていた。そんな中、悠人が麗奈のそばに行き、麗奈のみに聞こえるような声で耳打ちする。
「このメンバーなら、遭難してた時に俺に話してくれた呪いの話をしても大丈夫だと思うぞ?これからのことを考えても、みんなちゃんと話した方がいいんじゃないか?」
少し俯き考える。決心を固めたのか前を向き、麗奈が口を開く。
「皆さんにもう一つ言っておきたい事があります。」
みんな麗奈の方に注目する。
そして、遭難時に悠人へ話した内容の話をした。
話が終わると室内は重い空気に包まれていた。
「まさか、鶴島さんにこんな過去があったなんて・・・。」
香蓮が口に手を当てながら言う。
「みんな楽しい雰囲気だったのに・・・、こんな話をしてごめんなさい・・・。」
しかし、そんな重い空気の中、正樹はあの時の悠人のように笑い飛ばした。
「ここにいるみんな、あの『飛竜事件』を生き延びたやつらなんだぜ?鶴島に呪いが掛かってるなら俺たちも掛ってるな!」
それに晴馬が続く
「それに、もし呪いが実在するのなら。それが原因で死んでいった人達の分まで生きなきゃな。そのためにもみんなで協力して生き延びようじゃないか。」
2人の言葉に麗奈がキョトンとする。
「晴馬さんが珍しくいいこと言いましたね!」
優華が晴馬を茶化す。
「優華・・・。それは、ちょっとひどいんじゃないか?」
さっきまでの重い空気が噓のように部屋に笑い声が響いた。
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時刻は昼の12時を少し過ぎた。みんな昼食に行き、そのまま宿舎棟に帰っていった。しかし、悠人だけは病室に麗奈の分の食事を持って帰ってきた。
「食事をもらってきたぞ。」
「ありがとう。」
悠人から食事を受け取って、ベッドに備え付けてあるテーブルへお盆を乗せる。麗奈が食事を終えたのを確認し、話しかける。
「どうだ?以外とみんな、話せば受け入れてくれるもんだろ?」
「そうね・・・。今まで1人でずっと悩んでたのが馬鹿みたいに・・・。」
「それと、さっき食堂で話したんだが。俺たちは同じ班で仲間だから、敬語はなしで行こうってことになった。麗奈もかまわないか?」
「もちろん。拒む理由がないわ。」
「そういえば、俺たちが遭難してた時にあいつらが捜索へ行くかどうかで、哲也と一悶着あったらしい。みんな俺たちの捜索に出ようとしてくれたらしいから、また顔を合わせたらお礼言わないとだな。」
「・・・うん」
ふと、麗奈が涙声になっていることに悠人が気づいた。
少し経ち、悠人が腰かけていた椅子から立ち上がる。
「俺もそろそろ戻るとするよ。じゃあ、また来る。」
そう言い、食べ終わった食器を持って部屋を出て行った。
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今回の遭難事件を経て、これまで孤立していた麗奈は無事に2班のメンバーたちに受け入れられることが出来た。
しかし一方で、メンバーたちと意見の相違が生じ、今度は哲也が孤立しようとしていた・・・。