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交わる世界のリブート  作者: 田んぼのアイドル、スズメちゃん
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訓練-3

 鶴島麗奈は、仰向けの体制で雨の降りしきる鉛色の空をボーっと眺めていた。自分の不注意で訓練中に滑落したことははっきりと覚えている。そして、かなりの勢いで滑り落ちる中、崖下で木との衝突のダメージを軽減させるため、とっさに正面に迫る木の幹を蹴ったことと、それが原因でバランスを崩し、森林を転げ落ちた所までは朧気ではあるが覚えている。

 滑落してどれほどの時間が経ったのか?自分は気を失っていたのではないか?そうであるならば、どれ程眠っていたのか?何もかもが分からない。


(そうだ・・・、まだ訓練中だ・・・。横になってる場合じゃない・・・。)


 起き上がろうと全身に力を入れる。先ほどからずっと感じていた全身の鈍痛、特に右足首の痛みがより激しいものとなり、起き上がることが出来ない。


(痛ッ・・・。これは動けないな・・・。まず、自分がどんな状態か確認する必要があるか・・・。)


 首を動かし、出血が無いか確認する。上半身には少々の傷がある。しかし、幸いなことに今すぐどうにかしないと不味いという程のものでもなかった。更に首を動かし、下半身を確認する。ほぼ上半身と同じく軽傷が多い。しかし、右足首は別だった。触診や検査をせずとも一目でわかる。完全に骨折している。右足首が内側にありえない角度で曲がっている。


(これは不味い・・・。どこまで落ちてしまったのか見当もつかない。この雨だから発煙筒の効果も薄い・・・。これじゃあ救助も呼べない!そうだ!携帯端末で救助要請出せば・・・!)


 そう思い、合羽の内側に入れたスマートフォン型の携帯端末を取り出す。しかし、希望のこもった顔が絶望に変わる。携帯端末の液晶画面は完全に砕け、使い物にならなくなっていた。おそらく滑落した時、又は転げ落ちたときの衝撃で破損したと思われる。

 完全に八方塞がりである。


(どうしたら・・・。)


 完全に諦めかけていたその時、

「麗奈――ッ!麗奈――ッ!いたら返事をしろ――!」

 悠人の私を呼ぶ声が聞えた。初めは幻聴かとも思ったが、何度も聞こえてくるその声は幻ではないと証明している。

「お―――い!!ここよ―――!!」

無意識のうちに助けを求める声をあげていた。


―・―・―・―・―・―・―


 麗奈を探すべく崖下まで下りてきたが、彼女の姿はどこにも見当たらない。斜面の下には雑木林のようになっている。そのため、雨と合わさり何処へ行ってしまったか分からなくなっていた。

「麗奈――ッ!麗奈――ッ!いたら返事をしろ――!」

 呼びかけてみるも、雨音のせいか返事は返ってこない。諦めずに場所を変えながら何度も呼びかける。十数回目の呼びかけにようやく返事があった。

「お―――い!!ここよ―――!!」

返事があったことに胸をなでおろしつつ、声のあった方へ向かう。

「大丈夫か!?怪我はどの程度だ?」

「右足首がたぶん折れてる・・・。それ以外の傷は大丈夫だと思うけど、右足がこれだから動けない・・・。」

 全身に切り傷や擦り傷があるが見た目ほど酷くはないようだ。しかし、彼女が言うように右足首が骨折しているため、ここからの移動はほぼ不可能だろう。こうなってしまっては救助要請をするほかないだろう。携帯端末を取り出し救助要請をしようとしたが、液晶画面の左上に小さく『I have no signal《圏外》』と表示されている。


(クソッ!まさかの圏外かよ・・・ッ!)


 心の中で毒づく。しかし、毒づいたからといっても事態が好転したりしない。


(落ち着け・・・。ここで俺がパニックに陥れば麗奈は余計に不安になる。)


 暫しどうするかを考える。まず、このまま麗奈を濡れない位置に運ぶことが先であると判断し、携帯端末を操作して雨宿りのできそうな場所を探す。しかし、あたりにはそのような場所は見当たらなかった。仕方がないので近くの木陰へ運ぶことにした。

「救助要請を出そうとしたが、あいにく圏外だった。近くに洞窟のような雨宿りできそうな場所が無い。仕方ないからあそこの木の下で雨宿りしよう。」

 そう言い、5mほど離れたところにある比較的大きい気を指差す。

「わかったわ。」

 麗奈は同意し、背負っている背嚢のSRサイドリリースバックルを外す。背嚢を降ろし、無理に立ち上がろうとする。

「申し訳ないけど、背嚢を運んでくれない?」

「その足では移動はやめたほうがいい。無理はしなくていいから、横になっていろ。」

 立ち上がろうとしていた麗奈を制止すると、俗にいうところの「お姫様抱っこ」で抱き上げ、木陰へ移動した。

 自分の背嚢と麗奈の背嚢を移動させ、木陰で腰を下ろす。やはり多少は雨を防げるが、完全ではない。自分は良いにしても、怪我人である麗奈をこのままにしておくのは良くない。そこで、彼女の背嚢から着替えと救命キットとタオルを取り出す。傷が浅いといっても手当てをしない訳にはいかない。それと同じく、びしょ濡れの状態でいるのも低体温症のリスクを回避するため避けたい。

「一度服を脱がせるぞ?」

 麗奈は顔を赤くし、警戒をあらわにする。

「変な意味でなく、あくまで手当とかの必要があるためで、今回は仕方ないと思って許してくれ!」

流石に自分でも失言だと思い、必死に弁明する。

「そういうことなら仕方ない・・・。お願いするわ。でも・・・。変なことしたら撃ち殺すから・・・。」

 ライフルを見ながらそう言われると、冗談に聞こえない。

 合羽と上着を脱がし、水筒の水で傷口を洗浄する。その後、救命キットの中から取り出した消毒と包帯で手当てをする。足首の骨折は添え木をして包帯で固定する。

 日頃の講義で、応急処置をしっかり学んでいたことが幸いした。

「濡れたままだと低体温症になるかもしれない。着替えたほうがいい。」

 着替えを差し出すが、

「それもお願いできる?全身が痛くて無理そうだから・・・。」

 流石にこの返答には俺も焦った。

「俺はいいが、お前はそれでいいのか?」

「さっきも言ったけど、変なことしたら撃ち殺すから・・・。」

「はい。気を付けてやらせていただきます。」

 なるべく時間をかけないように素早く身体をタオルで拭いて着替えを済ませる。彼女が激怒しなかったということは、おそらくライフルで撃たれないだろう・・・。


 そうしていると雨脚はなおも強くなった。


(このままだとさっきのリスキーな着替えが無に帰してしまう・・・。どうしたものか・・・。そうだ!テントを作ればいいんだ。)


 そう思い立ち、行動に移った。まず、手頃な木の枝を4本ほど拾いう。その後、枝の先端を削り杭のようにする。4本の杭を麗奈の周り4か所に刺して柱にし、そこに俺の合羽を括り付けて屋根にする。

「これで濡れないだろ?」

 笑顔で問いかけると、麗奈は不思議そうな顔をしていた。


―・―・―・―・―・―・―


 悠人の顔を見たとき、麗奈は心の底から安心していた。自分が助かるのは絶望的だと思っていて、助けに来てくれたのだから当然だろう。

 彼は私の傷の状態を確認した後、携帯端末を操作していた。おそらく救助要請を出そうとしていたのだろう。

「救助要請を出そうとしたが、あいにく圏外だった。近くに洞窟のような雨宿りできそうな場所が無い。仕方ないからあそこの木の下で雨宿りしよう。」

 やはり救助要請は無理だったようだ。流石に自分を運んでもらうことは頼めない。と思い自分で移動しようとするが、重い荷物の入った背嚢は無理だ。そこで彼に背嚢の移動を頼み、自分だけ移動しようとする。しかし、

「その足では移動はやめたほうがいい。無理はしなくていいから、横になっていろ。」

 と言われ、お姫様抱っこで運ばれた。お姫様抱っことは思いのほか恥ずかしいものである。

 木陰で一息付いた彼がいきなり

「一度服を脱がせるぞ?」

と、信じられないことを口にする。思わず顔を赤くし、警戒心をあらわにしてしまう。

「変な意味でなく、あくまで手当とかの必要があるためで、今回は仕方ないと思って許してくれ!」

 流石に自分でも失言だと思ったのか、必死に言い訳をしている。

「そういうことなら仕方ない・・・。お願いするわ。でも・・・。変なことしたら撃ち殺すから・・・。」

 ライフルを見ながらそう応えると、彼は苦笑いしていた。


 傷口の処置を終え、

「濡れたままだと低体温症になるかもしれない。着替えたほうがいい。」

 着替えを差し出してくるが、

「それもお願いできる?全身が痛くて無理そうだから・・・。」

その返答には流石に焦ったらしい。

「俺はいいが、お前はそれでいいのか?」

「さっきも言ったけど、変なことしたら撃ち殺すから・・・。」

「はい。気を付けてやらせていただきます。」

 自分で言った上に不可抗力であるが、やはり他人に下着姿を見られるのは恥ずかしい。特にタオルで身体を拭かれるのは、特に恥ずかしい思いだった。


 雨脚が先ほどよりも強くなってきた。悠人がいきなり立ち上がり、木の枝を集めだしたことに疑問を覚える。枝の先を尖らせ、私の方に近づいてくる。


(まさか、あれで刺されるの?!)


 そう思い、若干怯える。しかし、その枝を私の周り4か所に刺して柱にし、そこに彼の合羽を括り付けて屋根にした。

「これで濡れないだろ?」

 笑顔で問いかけてくるが、


(何でここまでしてくれるのか分からない・・・。自分の合羽で作ったら、あなたは雨に濡れてしまうじゃない・・・。)


 などと考え、悠人の行動が不思議に思えた。


―・―・―・―・―・―・―


 こうしてどれぐらいの時間が経っただろう。

 俺たちは雨が小降りにならない限りここから移動することが出来ない。まして、麗奈を放置して自分だけ移動し助けを呼びに行ったとして、彼女の身に何かあれば元も子もない。よって、雨が弱まり発煙筒が有効になるまで待機ということになった。

 しかし、こんな状況で楽しくおしゃべりともいかず、ただ無言で小降りになるのを待っているという状態になっている。


 ふと、時計を見ると時刻が13時前であることが分かった。

「知らない間に昼になっていたようだ。もうすぐ13時で少し遅くはなったが、昼食にしよう。」

 背嚢から携帯食料レーション取り出し、麗奈へ差し出す。

「ありがとう」

 携帯食料を受け取り、食事を開始する。

 携帯食料は一見穀物を固めて作ったバーのようなものである。しかし、味は少しあるがほぼ無いと言ってよいほどに無味であり、尚且つ無臭であるから手に負えない。つまり、一言でいうなら「マズイ」である。これには理由がある。味を付けると好き嫌いが生まれる。ならば、味をなくそうという結果に至り、この一品が生まれたのである。

マズイものを食していると人は無口になる。結果、再びの無言である。


(やはりこのレーションはまずいな・・・。無言で食ってっると余計にまずくなる。とは言え何て話しかけたらいいのやら・・・。)


 そんなことを考えていると、

「あなたは何故、私を助けに来てくれたの?」

いきなり麗奈が問いかけてきた。

「何故って・・・。やっぱり、自分のペアが滑落したのを見たら放ってはいけないからな・・・。それに、心どこかでお前が心配だったからだと思う。」

「やっぱりあなた、変ね。」

自分の言動に変な要素はなかったと思い、首をかしげる。

「主にどこが変なんだ?」

「目の前で滑落した人がいたなら放っておけないって言いうのは理解できるけど、私のことが心配だったっていうのか理解できないから・・・。だってそうでしょ?これまでまともな会話もせずに、ペアとしての連携も最悪。まして、喧嘩別れみたいになった後、私からあなたを避けていたのに・・・。なんでなの?」

「お前を助けに来た時にまず思ったのが、今回は間に合った。ってことだな。」

麗奈は何言っているのかわからないといった顔をしている。俺は構わず話続ける。

「俺が軍に志願した理由が、『飛竜事件』で家族を失ったからなんだ。飛竜が飛び回る中必死親父を助けにいったが、結局間に合わなかった。だから、お前が心配だったというより、今回は間に合えっていう気持ちの方が強かったな。そして、今回の出来事で決めたことがある。それは、俺が生きてる間は仲間を見捨てない。ってことだ!」

「やっぱり、あなた変よ・・・。」

結局、麗奈には俺は変に思われているままのようだ。


 次はこちらから質問しようと思ったとき、麗奈が自分の身の丈話を始めた。

「私、日本にいた頃は長崎県の対馬で暮していたの。私と兄、父と母それに父方の祖母との5人で暮らしていたの。今思うとあまり裕福ではなかったけど、幸せだったと思うわ。けど・・・、忘れもしない。2116年11月26日、大陸から巣分けのために飛来した巨大な蜂型の蟲に街は蹂躙されたの。あれは地獄のようだったわ。」

 日本で初めて蟲が襲来し、被害が出た場所。それは、長崎県対馬市であった。まさか、彼女がそこの被害者であるとは思いもよらなかった。

麗奈の話はまだ続く。

「私の家族は福岡県への避難船へ乗ったわ。でも、避難する私たちのところへも蟲は襲ってきたの。避難船にどれぐらいの人が乗っていたのか分からないけど、私はその避難船唯一の生存者なの・・・。」

 そこまで言ったところで言葉に呪詛のようなものが混じり始める。

「目の前で家族が蟲に喰われていくのをただ見ることしかできなかった私の気持ちがわかる?非力で無力な自分をどれだけ呪ったか・・・。」

彼女の過去が想像を絶するもので、俺は絶句するしかなかった。しかし、彼女の話はここで終わりではなかった。

「その後、私は岡山の母方の祖父母に引き取られたの。そこでは被害者ってことで腫れ物に触るように扱われたけど、良くしてくたわ。だけど、蟲たちのせいで結局日本からのオーストラリアに避難して、祖父母と海上都市で生活してたの。そこに、『飛竜事件』が起こったの。祖父母は私をかばって飛竜に喰われたわ。そして、また私だけ生き残った。私思ったの。私と仲良くしたい人は死んでしまう呪いがかけられてるんだって。」

「だから俺たちと親しくしなかったのか?」

「そうよ。私と親しくしなかったら少なくともこの呪いで死なせてしまう心配がないから。」

たまらず俺は笑い出してしまった。

「私は本気で悩んでるのに・・・!あなたはそれを馬鹿にするの!?」

「それは違う―――」

「違わないじゃない!!実際にあなたは私の話を聞いて笑ったわ!それを馬鹿にしてないんだとしたらなんだっていうの!?」

彼女がここまで怒りをあらわにするとは予想外であった。

「まあ聞けって。まず、俺たちはお前の呪いとやらでは死なない。少なくとも俺は死なない。それどころか、班のみんなはお前と親しくしたいとも思っているぞ?」

「呪いで死なないって、なんの根拠があって言っているの?それに、呪いを知ればみんなだって―――」

「根拠はない!たぶんだが呪いのことを話しても、みんなお前を避けたりしないと思うぞ?それに、お前は呪われてなんかないと思う。もちろん根拠はないがな!」

そして声をあげて笑う。

麗奈は自分が悩み続けていた呪いが存在しないと笑われながら言われて、少々困惑した。

「呪いなんてものはただの迷信だ。ただ不幸なことが起こって、呪いかもしれないと思ってしまっただけだ。そんな時は、特大の不幸の後には特大の幸福がやってくるって思うんだ。実際、俺は父を助けられなかったという不幸の後に、お前を助けられたという幸福に恵まれた。所詮は心の持ちようだよ。あんまりふさぎ込んでると、落ちてる小さな幸福も見逃しちまうぞ?」

麗奈は悠人の言葉で何かが吹っ切れたような気分になった。そして、悠人は最後にこう付け加える。

「それと、約束しよう。俺はどんな絶望的な状況からでも生きて帰ってくる。これは絶対だ。だからお前も、少なくとも俺を信用して欲しい。」

麗奈は心の中で何かがもやもやしているような感覚に陥っていた。もやもやといっても悪いような感情ではなく、どちらかというと良い感情である。


(少しくらい、信用してみても大丈夫かな・・・。)


降りしきる雨の中、麗奈には少しではあるが確実に心境の変化が訪れていた。

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