プロローグ-2
俺こと烏野悠人は今日17歳の誕生日を迎えた。日本では珍しくない黒い髪に黒い瞳を持ち、容姿は比較的整ってはいるものの若干吊目であることもあり目つきが悪いと言われることもしばしばである。誕生日であるにもかかわらず、親父から買い物を頼まれ第3エリアで一番大きな市場に来ている。と言っても、この市場は自宅から徒歩で10分という距離であるため日常的に利用している。通りには人も多く、店の陳列棚には鮮魚や野菜、果物が置かれ、とても難民街とは思えないほど活気にあふれている。難民街であるにもかかわらず、ここまでの品揃えをどうやって維持できているのかいつも不思議である。親父はいつも自宅で研究に勤しんでいるため家事は俺の仕事だ。とは言え誕生日ぐらいこういった仕事は休みたい。などとこんなこと考えながら買い物リストを書いたメモを見つつ市場を歩いていた。
「あとは行きつけの鮮魚店で買い物をすれば終わりか・・・。」
などと呟きながら買い物をする何気ない日常である。昨日と同じ今日が訪れるはずだと、このまま平和が長く続くと、人々は誰しもがそう思いながら生活を送っている。俺もそんな人たちの一人だ。そしていつしか忘れていた。どうして自分たちが祖国を捨てここで暮しているのかを。
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難民の暮す海上都市6つはオーストラリア軍と多国籍軍が警戒を行っている。オーストラリア軍はオーストラリ人で構成された正規の軍隊であり、多国籍軍は難民となっている多くの国々が合同で1つの軍隊として組織されている。やはり多くの海上都市を含めた警戒任務はオーストラリ軍だけでは手が回らず、多国籍軍と合同で行われている。難民が来始めて5年、球体から出現した生命体を目撃した者は居なかった。そのため、多くの者がここは安全なのだと慢心していた。
「今日も暇だなぁー、どうせ今日も異常なしだよ。」
「だよなー、ここはやっぱり安全地帯だよなー。早く交代の時間にならねーかな...。」
オーストラリア軍の兵士たちがこんな他愛ない話をしながら警戒を行っていた。そんな時後方からけたたましい破壊音が聞こえた。
兵士たちは一斉に音の発生源を確認する。そこには、頭から尻尾の先までで10m以上はある大きな翼の生えた深緑色の蜥蜴が人々を襲い、難民街の基礎となる大型輸送船の船体を破壊していた。
「何をやっている!速く攻撃の準備をしないか!!」
上官がつい先ほどまで気を抜いていた兵士を怒鳴り付ける。
翼の生えた深緑色の蜥蜴は一般的に“飛竜”と呼ばれている。飛竜の鱗は鋼以上の硬度を持つ。それに加え、強靭な顎や牙、爪は容易に金属を切り裂くことができる。しかし、これまでの目撃情報では全長7mほどの個体が多く、10mを超えるサイズは珍しい。普通のライフル弾など文字通り豆鉄砲と変わらない。そのため、それ以上の兵器を使う必要がある。
「ミサイル発射準備完了しました。」
「難民街に対するミサイル攻撃は出来ない!!艦砲射撃だ、1発で仕留めろよ!」
砲雷長の下知が下る。
警戒を行っている軍艦の多くは一般的な駆逐艦であり、主砲はオート・メラーラ127mm砲である。
「主砲発射準備完了!砲撃開始します。」
飛竜に向かって一発の砲弾が飛ぶ――――。
しかし、飛竜は体をひねり回避した。砲弾は都市の基礎となっている船体を破壊しただけだった。
続けて二発目三発目が飛竜に向かって飛ぶ――――。
しかし、結果は先と同じ。飛竜ではなく船体を破壊しただけだった。
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鮮魚店に足を進めているといきなり前方で悲鳴が聞こえ、聞いたことのない動物の咆哮が聞こえ、直後破壊音と爆発音が聞えた。音の発生源と思われる付近では黒煙が立ち上っている。そして、戦慄を覚えた。
「おい待てよ!あそこ近くって俺の家がある辺りじゃないか!!」
買い物など今はどうでもいい、少しでも早く自宅へ急がなくてはいけない。少しでも早く親父たちの安全を確認しなくては。気持ちばかりが焦る中、自宅へ走った。
自宅周辺は酷いありさまだった。そこら中に何かに食いちぎられたような死体が転がっている。多くの建物は破壊され残骸と化している。そのような光景を見て最悪を考えずにはいられなかった。
「まさか親父たちも・・・。」
不安がとめどなく押し寄せてくる。前足が羽になったような巨大な深緑色の蜥蜴が空を舞っている。身体の生存本能と呼べるものが逃げろと警鐘を鳴らしているのも分かる。しかし、親父たちの避難が完了しているか確認するため前に進んだ。なんども最悪のことが頭をよぎり、思考がぐちゃぐちゃになるなか自宅へ急いだ。
家に到着する。幸い家は無事なようだった。そして勢い良く玄関の扉をあけ放つ。
「親父!親父!どこにいる!返事をしてくれ!」
何度も呼びかける。しかし返事はない。地下室へ向かうと信じられない光景が広がっていた。石油タンカーのタンク部分を改造して作った地下室の研究所は、普通であれば外が見えるはずがない。にもかかわらず地下室の壁には大きな穴が開き、艦砲射撃を行う軍艦が見えた。普通であれば混乱して取り乱したりするのかもしれない。しかし何故か俺の頭はいつも以上にさえていた。壁の穴が艦砲射撃によるものだということや、あの蜥蜴へ攻撃しているのだということ。こんな絶望的な状況の中、それでも親父たちは生きていると信じたかった。
恐る恐る研究所の中へ入り捜索を開始する。直ぐに3人を発見することが出来た。親父の部下の研究員2人は一目で死んでいると分かった。なぜなら、砲撃により吹き飛ばされた壁の一部に潰され、床に赤い水たまりを作っていた。そして、その近くに瓦礫に挟まれた親父を発見した。何故か親父の右手には注射器が握られている。親父に駆け寄り話しかける。
「しっかりしろ、親父!大丈夫か?!今瓦礫を除けてやるからな。」
すると、親父は左手で俺の右腕を強く掴み、右手に持った注射器を俺の首元に突き刺した。そして薬剤を投与した。何が何だか分からず混乱する俺に親父は力を振り絞って話し出す。
「悠人、よく聞け・・・。俺はもう助からない。今、お前に投与した薬は、他の生物の遺伝子を取り込むことによって細胞単位で進化させるものだ。これがお前に渡せる最後のものだ・・・。お前は強・・く・・・。」
最後の言葉は聞き取ることができなかった。ついさっきまで強く掴んでいた左手は力なく床に落ち、生気を感じない。理解したくないが理解してしまった。親父は死んでしまったという現実を。
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最終的に飛竜を仕留めるために使用された砲弾の数は67発にも及び、死傷者は飛竜と艦砲射撃により合計239名にも及んだ。無論、親父たちはこの中に含まれる。
飛竜が何故軍の警戒網をすり抜けられたのか、それは警戒を行っていた兵士が「これまで大丈夫だった」という慢心による見落としだったという。
後に今回の飛竜襲撃事件は『飛竜事件』として語り継がれ、オーストラリ軍の汚点として歴史に残された。
俺は17歳の誕生日に家族や家、自分のほとんど全てを失った。
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全てを失った者はどうやって生きていくのか。それは多国籍軍に所属し、兵士として生計を立てることが一般的であり、確実であった。
5日後、例に漏れることなく俺は多国籍軍に志願した。俺以外にも多くの人が志願した。その多くは先日の飛竜事件の被害者であったが、明確な脅威を再び感じたことにより家族や大切な人を守るために、戦う意思を持つ者が増えた結果といえる。
いつでも兵士とは人手不足である。簡単な面接と身体検査のみで訓練兵として入隊することができた。訓練兵は10人1班とし、1部屋が割り振られる。基本的には生活のほぼすべては班での行動となる。勿論、訓練や食事は班行動となる。
訓練はオーストラリア大陸とタスマニア島の間に位置するキング島という島で行われる。
今回は俺を含めて合計70名の訓練兵が入隊した。俺は第2班に配属された。班員は何故か全員日本人だった。恐らく理由としては、飛竜に襲撃を受けた区域がたまたま日本人の多い所だったということと、命令系統の効率化を図るため同じ言語圏の人間を固めたと推測される。
入隊して1ヶ月が経った。
訓練兵の一日は早朝のランニングから始まる。早朝5時、訓練所に隣接したグラウンドに集合、整列し点呼を行い全員集合していることを確認したのちにランニングが開始される。現在絶賛整列&点呼中である。せっかくなので第2班の班員を紹介する。
1番・姫宮一輝、16歳 気は少し弱いが優しくいい奴だ。勉強面・体力面共に平均的だが、何事にも全力で取り組む姿は教官たちにも認められている。目は若干たれ目で、髪は少し茶色がかった黒髪で全体的にショートカットにしたマッシュルームヘアといった感じである。
2番・佐々木敏一、17歳 インテリ眼鏡という奴である。体を使う作業よりも頭を使う作業を得意だが、訓練メニューをそつなくこなせているので頭だけではないようだ。こいつも俺と同じく目つきが若干悪い。髪は黒で後ろを刈り上げにしている。
3番・青葉大悟、19歳 縦にも横にも大きい筋骨隆々の大男だ。班だけでなく今年入隊した訓練兵一の剛腕の持ち主である。目は糸のように細く、髪型は俗に言うスポーツ刈りである。
4番・一ノ瀬哲也、18歳 この班のリーダーのような存在だ。頭脳明晰、スポーツ万能、それに加えてなかなかのイケメンである。何よりも、頼りになるリーダーだ。訓練メニューでいつも忙しいのにもかかわらず、いつも班員のことを考えて行動している。髪は伸ばしっぱなしになっている。
5番・春夏秋冬香蓮、17歳 運動神経が班で1番苦手な眼鏡娘だ。いつもどこかおどおどしている。ちなみに今年入隊した女性の訓練兵は22名だ。彼女はその中で一番の巨乳である。髪は全体に肩にかからない程度に切りそろえられている軽く内巻きのクセがあるボブカットだ。この班における癒し系美少女である。
6番・一ノ宮正樹、18歳 スポーツ刈りの好青年である。香蓮とは対照的でスポーツ万能だ。彼は肉体面に特化した代わりに、頭脳面を犠牲にしている。体を使う訓練での成績か2位と差をつけてトップであるにもかかわらず、講義を含む座学の成績は最下位。結果総合順位は真ん中のあたりである。何というか、少し残念な奴だ。
7番・烏野悠人、17歳 親父に良く分からない薬を打たれただけのただの青年である。座学の成績は佐々木には勝てないものの班内で2位、体を使う訓練では一ノ宮、青木に次ぐ3位の成績を収めている。自分で言うのもなんだが、なかなかオールマイティである。
8番・鶴島麗奈、17歳 ポニーテールがトレードマークの黒髪少女。少しきつめの目つきをしていて、髪を下すと腰のあたりになる。彼女は班員の誰とも親しくせず孤立しであり、俺も彼女のことは良く分からない。どこか陰のある少女である。
9番・長谷部優華、15歳 班員の妹的な存在だ。班内で最年少ということもあるが、いつも頑張りが空回りしているドジっ子というのも原因の一つだ。サイドテールの髪を揺らしながら付いてくる姿は、かわいい妹にしか見えない。
10番・矢吹晴馬、18歳 プライド高めの男である。俗に言うナルシシストで、自分の容姿は優れていると思い込んでいる。残念ながらよく言っても中の中が関の山。真実とは残酷なものである。時に他人を全く気に留めない発言をする痛い一面を持っていたりもする。
こんなところで簡単ではあるが紹介を終わらせていただく。
ランニングは毎日5㎞を走る。
ランニングの終了後、基本的な筋肉トレーニングをし、シャワーを浴びて6時半から朝食となる。1時間後である7時半から9時まで座学、9時半から11時半まで実弾射撃訓練、12時から13時まで昼食を含む昼休憩、13時から17時まで訓練、19時まで掃除や洗濯などの雑事、19時から夕飯、20時からは入浴などを含む自由時間、23時点呼の後消灯、というのが1日のスケジュールである。短いが自由時間はある。しかし、基本的に外出は許されていない。このような日々が入隊より1年間続く。正直言ってかなりキツイ・・・。あと11ヶ月と考えると気が遠くなる思いだ。