プロローグ-1
2120年、目の前一面に巨大な輸送船が大地のように海へ浮かんでいる。
ここはオーストラリア大陸南部のアデレード、セント・ヴィンセント湾近海の洋上である。そこにタンカー船などの大型船をワイヤーや鎖を使い船と船をがっちりと動かないように固定し、それを大地の代わりとして都市が形成されている。その都市では英語だけでなく日本語、ロシア語、中国語、フランス語、ドイツ語などの多種多様な言語が飛び交っている。
この洋上都市の正確な大きさや人口は把握されてはいない。初めはオーストラリア側としても正確な人口を計ろうとしていた。しかし、次々と大型船でやって来る人々の数にオーストラリア政府がパンク状態となり最終的に今の状況に至る。
何故オーストラリア政府が俺たちを追い返すことが出来ないのか、それは全て難民であるからだ。国際法上国境を越えていない場合は追い返すことができる。にもかかわらず、それをしない理由は地球の約半分、北半球が人類のものではなくなってしまったからである。
洋上都市は全部で6つある。俺はその中の3つ目、セント・ヴィンセント湾に浮かぶ街に住んでいる。俺も難民の1人であり出身国は日本である。もちろん当たり前に日本で育つはずだった。現在俺は16歳でありここに来て3年になる。
船をつなぎ合わせその上に作られた町ではあるがしっかりとした区画整備がなされているため、街並みとしてはかなり良いものとなっている。その街の外れにひときわ大きな家がある。そこが俺の家だ。何故俺がこんな家に住めているかというと親父に秘密がある。俺の親父・烏野啓吾は世界的にも有名な生物学者である。俺こと烏野悠人はこの家で自分と親父の他、親父の部下の研究員2人を合わせた計4人で暮らしている。この家は石油タンカーの真上に建っている。そのため家には地下室として約25万トンもの石油を運搬できるタンク部分を丸ごと使用し、研究室にしていた。そこで親父たちは国連から依頼された研究をしている。研究内容は聞いても教えてもらえないため内容は知らない。
何故地球の北半球が人類のものでなくなったのか、それは異世界から化け物が流れ込んだからだ。
20世紀に人類は第一次・第二次世界大戦を経験し、その後の東西冷戦を通し全面核戦争の危機を体験した。東西冷戦では軍拡競争により多くの核兵器が開発、製造された。その量は人類が簡単に複数回滅亡出来るほどである。
21世紀の前半は先の大戦の反省を生かし、多少の戦争はあったものの偽りの平和を謳歌した。しかし、民族や領土、宗教問題などの火種は世界中に燻っていた。21世紀の中盤に地球温暖化による海面上昇により多くの国の海岸線が海へ没した。その代わりツンドラ地帯の氷は溶け世界有数の農業地帯へと代わり、赤道近くの海上にアメリカを筆頭に多くの国の出費しソーラー発電メガフロートを建設した。ツンドラ地帯の農業地帯と赤道メガフロートは国連の管轄区域となり、この2つにより食糧・エネルギー共にほぼ全人類を賄えるようになった。それにより国連が世界の頂点に位置する組織となり、国連のトップは事実上『世界の王』と呼ばれるほどになった。しかし、21世紀後半にこの状況に亀裂が生じ始めた。それは、地球上の温度が急激に下がり始めたのである。ツンドラ地帯は再び氷に覆われて食糧生産に問題が生じ、世界規模の飢餓の恐れに直面したのである。それにより世界中に不満が充満した。その不満が爆発するのはとても速かった。
22世紀に入り直ぐに事件は起きた。アフリカ大陸の至る所で戦火の炎が吹き上がった。初めは民族間のいざこざだったのかもしれない。しかし、戦火の炎は世界中に燻り続けていた火種を大きく燃え上がらせるには十分だった。瞬く間に第三次世界大戦に発展してしまったのである。そんな中世界中の国々は2つの思想にほぼ二分された。1つ目は何とかして世界的な戦争を止め、全人類を救う方法の模索を目指すという穏健派。2つ目は人類の絶対数を減らし、現在の食糧生産量で賄えるようにするという過激派である。
2115年の夏、世界に穴開いた。
過激派の思想に毒されたロシア軍の将校がとある爆弾を起爆させたのである。その爆弾の名前はツァーリ・ボンバ・フタローィ、ロシア語で「皇帝の核爆弾」または「核爆弾の帝王」という意味であり、フタローィは第二のという意味である。ツァーリ・ボンバは1961年の10月30日に核実験が行われた。威力は広島型原爆の38000倍と言われ、衝撃波は地球を3周したと言われる。ツァーリ・ボンバ・フタローィはツァーリ・ボンバの約2.5倍と言われた。
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「大義をなすためには相応の犠牲を伴う。良き世界のためにならば私は喜んで悪魔となる。」ロシア軍将校はこう言い残し何の躊躇もなく起爆スイッチを押した。この暴挙はユージヌィ島の中部で行われた。この爆発で周囲一帯は全てが破壊されると思われた。しかし、そうはならなかったその代わりに空間に直径10kmにも及ぶ巨大な丸い球体が出現した。球体はコールタールのような漆黒、しかし光を一切反射しない。まるで地球上にブラックホールが生まれたような光景だった。しかし、その球体はブラックホールのようにあらゆるものを破壊はしなかった。むしろその逆、モンスターを生み出したのだった。
球体を中心に360度全方向に化け物は侵攻を始めた。化け物は主に蟲のようなものが主体だった。大きさはオートバイクほど、ライフルの銃弾が効かない程の強度を持つ外皮の蟻の群れが、蟻と同様の硬質な外皮を持ち軽自動車ほどの大きさの蜂の大群が次々に街を襲った。ミサイル攻撃等の攻撃を繰り返したが次々に球体から出現する化け物に人類は敗北を積み重ねた。
国連の議会は荒れていた。
「あの蟲どもを駆除するには核兵器をつかうしかない。」
とある多くの核兵器を保有する国の代表が、躊躇なく核兵器使用を提案する。それに対しロシアの代表が怒りとともに発言する。
「我が祖国に対する核攻撃など許せない!国連軍の出動を要請したい!!」
「今から軍を派遣するにしても時間がかかりすぎる。その間にも被害は広がるのではないのかね?」
「それに派遣したとしても殲滅しきれるのか?」
「今ここでやらなければ取り返しのつかないことになる。」
「冷静になれ、このままでは人類の危機になりえる。」
「仮に核攻撃をして虫を全滅させることは本当に可能なのか?!」
「核攻撃に耐えられる生命体が存在するわけがない!」
人間とは自分にあまり関係がないと判断したことに対しては勝手なことを言うものである。各国の多くの代表達は核兵器の使用を擁護する発言をし、反対意見を述べるのはロシアを含む数ヵ国のみであった。
結局ロシアは首を縦には振らず、多数決が採られた。結果、賛成多数で世界で3回目のアメリカによる他国への核攻撃が決定した。
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「ここが異世界か・・・?」
「そのようですね。」
球体から2人の男が姿を見せた。1人はスキンヘッドでこれでもかというほど筋肉をつけ、身長2mを優に超えるような大男。もう1人は先の男とは対照的で身長は180cmほどあるものの身体は細い、しかし、筋肉がついていないというわけではない。髪は銀髪のロングヘアーで軽いウェーブが掛かっている。両者ともに中世ヨーロッパのころのような身軽で機能性を重視した軽鎧を身に着けていた。この2人は人間ではない。それを証明するように2人には共に、頭部の側面に人間では有り得ない角が生えていた。
「我々の治める地にこのような巨大ホールが出現するとは、僥倖ですね。」
「この世界を『赤龍皇』様に渡すことが俺たちの役目。さっさと仕事に取り掛かるぞ。」
2人の会話が終わるのと同じタイミングで空から光の玉が落ちてきた。
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球体から出現した蟲はユージヌィ島の全域及びセヴェルヌィ島の全域にまで勢力を伸ばしていた。ユージヌィ島とセヴェルヌィ島はとても近い位置にある島である。ユージヌィ島と大陸の間には海があり虫の侵攻を妨げていた。
2つの島を丸ごと焼き払うべく国連の指導のもと核攻撃の準備がなされていた。最終的に10発もの核ミサイルを発射することになった。
「ミサイルも発射準備完了しました。」
「ミサイル発射!」
10発の大陸間弾道ミサイルが目的地めがけ空高く飛翔し、弾頭は流星と化した。
10個の流れ星が降っているようにも見える光景だった。
球体から現れた大男と細身の男はその光景を見ていた。
「ダリアス、お前の特殊能力でこの辺り一帯を守れ。」
細身の男が大男に素早く指示を出す
「あいよ!ドリャアアアアアアアァァァァッ!!!」
勢い良く拳を地面に叩きつける。次の瞬間不自然に広範囲の地面が盛り上がり、自身を中心に直径約20kmの分厚い土のドームが形成された。
ドームが完成した直後、人類の生み出した災厄によりあたり一面は焼き払われた・・・。
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「全弾目標上空で爆発を確認。作戦成功です。」
国連本部内に臨時作戦本部が設けられていた。作戦成功の一報を受け部屋内は歓声に包まれた。
「映像を見ることはできんのか?」
「爆発の影響で映像が乱れておりますが直ぐに復旧されると思われます。」
10秒ほど経って「映像、復旧します。」と短く報告があり、臨時作戦本部の大型モニターに視線が集まる。爆発の煙がはれるにつれて歓声は沈黙はと変わった。人工衛星の超高解像度カメラには凄まじい爆風と熱にさらされたにもかかわらず穴1つ空いていない巨大な土のドームがはっきりと映し出されていた。作戦本部内には沈黙が満ち、多くの者が状況を理解するのに時間を要した。そんな中、モニターを凝視していた国連安全保障理事長であるオーウェン・ウィリアムズが土のドームの変化に気づき声を上げる。
「ドームを見ろ!崩れていくぞ!!」
再びモニターに視線が集中する。ドームが崩れ去り中から漆黒の球体と2人の人物が姿を現した。球体からはまたしても蟲があふれ出し、モニターへの視線には絶望の色が濃く含まれていた。
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「いったい何だったんだ?あと少し遅れていたらヤバかったぜ・・・。おい!ヴァルター、さっきの何だったか分かるか?」
ダリアスが細身の男に話しかける。
「私も分かりませんが、恐らく隕石などの自然災害ではなく。この世界の者たちからの攻撃ではないでしょうか。あなたのスキル『土石操作』で防ぐことが出来るということが分かりましたし、早く仕事に取り掛かりましょうか。」
そう言って合図とばかりにフィンガースナップをした。すると地中から蟲や化け物が湧き出し、再び球体から蟲や化け物が出現した。以前と違う点とすれば球体から飛竜やオーガ、トロールなどの異形の存在とダリアスやヴァルターのような服装の者たちも複数名出現したことだ。
「この世界を取りますよ。」
その一言に化け物達は雄叫びを上げて応えた。
モンスターはヴァルターとダリアスの指示に従い大陸へと侵攻を始めた。
ダリアスのスキル『土石操作』はそのまま石や土を操る能力である。
人類に対し侵攻を開始した異世界の軍勢は、破竹の勢いで制圧範囲を拡大していった。近代兵器の多くはダリアスを含む球体から出現した指揮官達の持つスキルに歯が立たず、なすすべなく惨敗した。制圧範囲には球体から現れた蟲や化け物が棲みつき、人類の生活圏は少しずつ、しかし確実に狭くなっていった。ヨーロッパやアジア、北アメリカの国々は必死に抵抗した。しかし、異世界の軍勢の勢いは強まる一方であり、国を捨て南半球に逃れるという選択をせざるを得なかった。
アフリカ大陸は第三次世界大戦の影響により無政府状態の国も多く情勢が不安定、南アメリカ大陸はカナダやアメリカの難民が押し寄せ、パンク状態に陥っていた。結果的にアジアやヨーロッパの人々はオーストラリアへ難民として集まった。
世界に穴が開いた日より約5年、今でも異世界の軍勢は着々と領土を拡大している。人類は異世界の軍勢との戦いにより約4割の人々が犠牲になった。生き残った人々の多くは難民としての生活を送る者、異世界の軍勢に抵抗して武器をとる者、安全な土地で暮す者と三種類に大別できるようになっていた。そして、冒頭となる。