第十話:魔王「(勇者になるのは)君に決めた!」
美味しいものを食べたい。
それはよくある願いで、魔王にとってはかわいい贅沢だ。別に優先度が高いわけではない。わざわざ命を賭けるような願いでもない。
なので、今こうして旅がてら美味しいものを求めるなんてのは気まぐれにすぎないし、ちょっとした暇が欲しいとも思ったからだ。
魔王にとっての地下の城での暮らしは好んでしていたものだが、魔族全体がそう思っていたわけではないことは理解していた。息苦しい地下での暮らしも数年なら耐えれるだろうが十年となってくるとさすがに嫌気が指してくるものだろう。
最ももともと引きこもり大好き、働くなら研究職。でも本当の理想は権利収入で一生家に篭っていたい魔王にしてみれば地下で引きこもりなんて最強だったわけだが……理解はされない。
魔王のいない今魔族は自由が許されるし、彼らの地上進出も黙認する形になる。つまり、この旅は自分の為よりも魔族全体の息抜きの為なのだ! と言い訳めいた理由づけをしてみる。
「そんなわけでやってきました、和国! 木造住宅というのは中々趣があるね! さあ、早速食事といきたいところだが……ここで問題があります。はい、アイン君、なんでしょう!?」
「まあ、金銭面の問題だな。食事をするにも宿をとるにも金がいるわけだが……ここの通貨など当然持ち合わせていない」
「はい、正解! ……どうしよう?」
「はあ……手っ取り早く稼ぐ手段としては冒険者登録だな。近隣の魔物の討伐だけでも最低限の生活費ぐらいは稼げるだろう」
「ふむ、魔王としてはあまり眷属である魔物を狩る、という行為を許容したくないけど……致し方ない」
「それでいいのか、魔王」
「まあ、君ら人間からみた家畜みたいなものだからな! じゃあ、アイン君任せた」
「は?」
「え?」
沈黙。
間。
「なんで俺に任せる? お前が冒険者登録するんじゃないのか?」
「何言ってんの。私が働くわけないじゃないか。軍属にいたんだし君が冒険者になるんだよ!」
「無茶を言うな! 俺は知略を評価されて参謀部にいたんだ、実戦経験などない。しかも軍属にいたと言うならお前もだろうが!」
「私魔王だし! 守られるべき魔王だし!」
「俺たちからみた魔王は守られる対象ではなく最も警戒すべき討伐対象だ!」
「その認識が間違ってるんだよ! 魔王よりも恐ろしい存在のが多いよ魔王軍は! そういう情報不足が今回見たいな失敗を生むんだよ!」
「やめてくれ、その言葉は俺に効く」
失敗。参謀のせいで失敗。情報不足で敗北。
ああ、だめだ、心が折れる。
「ふん、もうしょうがないなー。一応私も一緒に登録してあげるよ、働かないけどね!」
「ああもう好きにしてくれ」
「あーもう行くよー、どこ行けばいいのー?」
座り込んでしまったアインの首根っこを掴んでずるずると引きずる魔王。明らかに和国の民ではない美形二人に村人が注目しているがそんなことは知ったこっちゃない。
とにかくお腹が空いたのだ。さっさと美味しいごはんが食べたい。そして暖かいベッドで寝たい。そのまま怠惰にすごしたい。
その為には、とりあえずこのアインを使い物にできるようにしなければ。
そう、私の代わりに働いてお金稼いできてくれる存在! もう何もしなくてもいい! 家で本読んでたら勝手にお金を生み出してくれる存在!
さあ、アイン君強くなろう!
目指せ、勇者!