第八話:そうして人は魔を知る
「高出力の熱光線によって部隊が壊滅した? ああ、それはエイラに違いない。魔王軍将軍なんだけど……一番えげつなくい。凄くわかりやすく言うと開幕に即死級の超火力長射程広範囲攻撃を画面外からぷっぱしてくるクソだ。こいつがいる限り数の暴力が意味をなさない。薙ぎ払われちゃうしね!」
からからと魔王は笑いながら人間側が喉から手が出るほど欲しかった情報をあっさり教えてくれる。それは余裕からくるものなのだろうが、実際教えられたところで対処手段が思いつかない。あまりにも直面している問題が荒唐無稽すぎるのだ。
「エイラの弱点はー、耐久面かなー。私ほどではないけど魔族の中じゃ身体能力とか低めだし必殺攻撃以外は低火力だから距離さえ詰められればなんとかなると思うよ! ただ戦争ってなると私が丹精込めて作った“中から攻撃できるけど外からの攻撃は通さない”部屋から攻撃してくるだろうからそれも叶わないだろうけども!」
やはり、色んな意味で詰んでるのではないだろうか。人が魔族の上に立つという構図は人間側から見たら当たり前のことだ。過去に人は魔族に勝った。例えそれが一方的な無抵抗な相手への蹂躙としても結果は結果。勝者こそ強者と。
だから、魔王を囚えたのも至極当然のことで、魔族は為す術なく投降するはずなのだ。
人間に勝てないのだから。王が囚われたのだから。
しかし、彼らはそんな人間が思う常識なんてあっさりとはねのけ、人間は起こるはずのない反撃によって痛烈な痛手を負った。
それに比べ、魔族はどうだ? 未だ魔王を囚われている状態には違いないが、この魔王の自由気ままぶりは果たして囚えているといえるのだろうか。
「さあ、他に何が聞きたい? 私は優しい王様だからな。機嫌がいい間は何でも答えてあげるよ! 暗証番号とスタイルについては答えないけど!」
「……魔王がいない今、魔王軍はどう動いてくる? この王都を、いや、地上を滅ぼしに来るのか?」
アインは硬い表情のまま問いかける。これは人間全てにとってとても重要な質問だ。我々は眠れる獅子の尾を踏んだのだ。ならば、蹂躙される未来しかないのか。
「うーん、それはわからないなー。私個人としては平和的に生きたいと思っているし、地下での生活も嫌いではない。むしろ好きだ。だから別に地上にさして興味はないが……それは魔族の総意ではない。中には当然地上の人間を好き勝手に殺すやつも出てくるだろうけど……まあ、囚われの王である私にはどうしようもないことだけど」
全てが全て人間を滅ぼそうとしているわけではないことにほっとするべきか。それとも一部でも人間を滅ぼすことの脅威に驚愕し震えるべきか。
どちらにしろ民に被害がでる可能性があるとわかった以上何もしないわけにはいかないだろう。
「対策、を建てないなら急ぐことをおすすめしよう。魔族が地上に出てくるまでに時間は殆どかからない。私が囚われてからの期間を考えるとそろそろ何らかのアクションがあってもおかしくない」
「なんだと……? 待て、まず地上に出てくることに時間がかからないと言ったか? ありえない。魔法で転移でも使わない限り地下から地上に出ようと思えば早くても一ヶ月はかかる!」
転移魔法は恐ろしく高度な魔法だ。それも縦への移動となるとより難易度の高いものとなる。
焦り顔のアインに魔王は気をよくしたのかまたからからと笑い声を上げる。
「っは、エリート様は本当に頭がお硬い。――人間の尺度で物を考えるな。我々は魔族だぞ?」
今まで座ったまま動かなかった魔王が予備動作なく、急に浮き鎖に繋がれた手をまるで見せつけるかのようにアインへ突き出す。
どろり。
手につながれていた鎖は赤く、柔らかく、そして溶けて、地面へと落ちる。
「魔族が王。異能の王。それが魔王、ということらしい。私自身にそんな自覚なんてものはないが、力なんてなくてもこれぐらいの鎖から逃れるぐらいたやすい。人間様よ、本気で私を囚えられたと思っていたのかい? 本気で人間が魔族に打ち勝てると思っていたのかい? 何も言わなくてもわかるよ。人間様も必死だったんだろう。大変だったんだろう。縋るところがなかったんだろう。ああ、本当に」
アインは動けない。音もなく宙を滑って近づいてくる魔王の手から逃れることができない。
魔王は優しく、アインの頭を撫でて困ったように笑った。
「本当に、愛しくなるほど愚かだなぁー」