死んだはずの幼なじみを救えました①
「――!桐川くん!」
俺の名を呼ぶ甲高い女性の声にまるで授業中に起こされた学生のように飛び起きた。
周りを見回せばそこは俺が勤めている本織印刷株式会社経理部である。というか俺はいつの間に仕事にやってきていたのだろう。確か昨日はなぜか十五年前に死んだあいつと電話してその後……だめだ、そのあとの記憶がどうしても思い出せない。
時間を確かめようと時計を見ればとっくに六時半を回り終業時刻を過ぎている。
「あ、あの……終業時刻もうとっくに過ぎてますけど……」
「そ、そうか……前川は残業……か?」
「はい、でも今から帰るところです」
俺を起こしてくれたこの貧相な体にカッターシャツにスカートスーツ。そして丸めがねをかけたいかにも地味目なサラリーウーマンという外見の女性の前川真美。
高校三年で同じクラスとなってからしばらく会っていなかったが、この会社で俺が働き始めて一年ほど経った頃に彼女も同じ経理部で働くようになり、腐れ縁で席も近いということもあり時に世間話をしたり、昼食を一緒にすることもある。
が、彼女はこう見えても結婚経験があり来年小学一年になる男の子がひとりいる。今は離婚してしまいバツイチ&子持ちの三十路女なのであるが、丸メガネの奥にある目はなかなか愛嬌があり、社内の男性からの人気は高い。
「桐川君も……これから帰り、ですか?」
「あーいや、今日はサエ……冴島の家に寄るつもりでな」
「カナちゃん……。彼女が亡くなってもう、あれから八年になるんですね……」
「……あぁ」
そういう真美の言葉に返事を返した、が、俺はなんとなくその自分自身の返答に違和感を感じる。
(八年前……?いや、彼女が亡くなったのは十五年前に火災で……)
だが、そうするともうひとつの記憶のようなものがその意見に対して反論する。
(違うだろ、彼女は十五年前じゃなくて八年前にガンで……)
「あれ、トオル兄ちゃんいらっしゃい。どしたん?醤油また切れたん?」
夜八時をまわってはいたものの冴島家に到着した俺を優人が笑顔で迎え入れる。その笑顔に非常な既視感を感じつつも俺は開け放たれた玄関から家の中へと入っていく。
「サエに会いに来たんだけど」
「……え?」
やはり一秒ほど顔を固める優人だがやはりすぐにもとの笑顔に戻り、
「いいよ、こっちきいよ」
と廊下を先導するように歩いていく。その背中に俺は
「なぁ優人。俺は昨日もここに……」
と声をかけようとして途中でやめた。
「え?」
「あ、いや。何でもない」
なんとなく今日は調子がおかしいのだ。なんだか朝から夕方の仕事もぼんやりとしていたおかげで部長には普段の倍は叱られたし、仕事で妙な白昼夢を見るという失態もしでかしてしまった。あれ?これなんでさっきは思い出せなかったんだ?
とにかく話題を変えようと思い、家の中の様子を伺う。
普段はあれほど染み付いている惟継の吸うタバコ、マルメンの臭いが今日はほとんどしない。
「そういえば、なんか今日はタバコ臭くないな。おじさん、禁煙でもしてるのか?」
「禁煙?」
俺の質問に優人は怪訝そうに振り向いたが、また少しニッカリと笑い顔を見せる。
「まぁ、禁煙といえば父ちゃん八年前から禁煙してるけど……トオル兄ちゃん知らんかったっけ?」
「あ?あぁ……そうだったなそういえば」
そう言って優人は階段とリビングを抜けた奥の突き当たりの一室へと俺を案内してくれる。
そこには非常に見慣れた仏壇、そして昨日と同じ気持ちがいいくらい笑顔の遺影となってしまっているサエの姿があった。
その光景は何もかもが昨日の記憶と同じだがただ一つだけ昨日と違うところはサエの遺影がが昨日のものとは全く違う写真であるところである。同じあの満面の笑みなのであるが、なんというか昨日の写真よりも大人びているような気がする。
「姉ちゃん、今日はトオル兄ちゃん来てくれたで」
そう言ってお鈴を鳴らす優人に続き俺も仏壇の前にある鈴を鳴らし頭を下げ、黙祷を捧げ、それから優人の方に向き直る。
「いきなりごめんな優人。なんかサエの顔見たくなっちまってさ」
「いや、いいよ。トオル兄ちゃん来てくれて姉ちゃんも多分喜んどるから」
そう言いつつ、家に帰ろうとしてドアを開けた時である。
「わぁー」
途端に俺は夜空いっぱいに尾を引きながら消えていく無数の光の集合体に目を奪われる。
「わぁ、流星群。昨夜がピーク言っとったけど今日になってもこんなに見えるんかぁ」
夜空の流星群に目を奪われる俺の隣で、見送りにやってきた優人がため息をつきながら流星を見つめている。
(流星か……。そこは変わらないんだな)
と、少し感傷的な気持ちになっていたところで腰ポケットに入れていたスマホがブルブルと震える。どうやら仕事の時からずっとマナーモードになっていたのを忘れていたようだ。がそんなことはどうでもいい俺は
「じゃ、優人。世話んなったな。また醤油借りに来るわ」と声をかけ冴島家を飛び出し、スマホのメールを確認した。
送り主は果たして「サエ」であった。




