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Balletto  作者: 雲居瑞香
3/10

第3幕













 公演前日。今日はリハーサル(ゲネプロ)だ。そのバレエ団によっては、公演日の午前中にゲネプロを行うところもあるのだが、ヘイゼル・バレエ団、ついでにラシェルたちの本来の所属であるペルティエ・バレエ団は前日にリハーサル(ゲネプロ)を行っていた。

 やはり、舞台で行う練習はみんなの気合の入り方が違う。いや、ラシェルもだけど。趙榮と一緒に興奮しつつリハーサルに臨む。


 化粧はともかく、衣装を着て通し稽古的に行うのが前日リハーサルなのだが、場合によっては止められることもある。今、止められたのはオデットを白鳥に変える悪魔・ロットバルトのシーンだ。ちなみに、第二幕にあたる。

 客席側から、マリータがマイクで怒鳴る。

「だから、違うのよ! もっと激しく!」

「これ以上無理だって! リジーにあたるぜ!?」

 叫び返す悪魔ロットバルト役は、振付師でもあるヴァルターだ。そのため、全体を総括的に見るのがマリータの役割なのである。だからか。


「全体のバランス的におかしいのよ!」


 と、芸術監督にも同意を求めている。待ちぼうけを食らっているラシェルたちは、白熱する言い合いを聞くこともなしに聞いていた。

「まだかかりそうだねー」

「まあ、いつものことなのよ。ごめんね」

 サユリが苦笑して言った。確かに『くるみ割り人形』の時もやっていた気がするが、毎回のことなのか……。

 やがて、決着がついたのかリハーサルが再開される。本番の時は、小道具なども置かれているので、少し空間認識が狂うことがある。気を付けなければ。

 それにしても、今日は何となくフェオドラの動きのキレが悪い気がした。そんなフェオドラに合わせているのか、ユージェニーにもいつものキレが見られない。

「……ジェイン。私を気にすることなんてないのよ? 全力で踊りなさい」

 フェオドラがそう言うくらいである。フェオドラの調子が悪いのは事実であるらしい。

「……病院、行ってきた方がいいんじゃないの」

 ユージェニーがさりげなく言うが、そんなことをしたら明日の公演に出られないかもしれない、とフェオドラは断った。


 調子が悪そうなフェオドラであるが、それでも黒鳥オディールの迫力はさすがであった。リハーサルで、ほぼ本番同様に通し稽古を行っているのに、ラシェルは小さく手をたたいてしまったほどだ。

「さすが。圧巻!」

 通しでの練習を終え、ラシェルは興奮気味に近くにいたサユリに言った。彼女も「そうね」とうなずく。

「フェオドラは優しげだけど、踊りには力があるのよね。うらやましいわ」

「リリーもすごいと思うけど」

「ありがと」

 サユリは微笑んでラシェルの肩をたたいた。


 これから監督も含めて気になったところを直していくのだ。もちろん、公演前日に急な変更はできない。しかし、乱れている列を直すとか、そう言うものならできる。まあ、たまに振付が変わることは否定しないが。

 今回も一か所だけ振付が変わった。どうしてもコール・ド・バレエが合わなかったのだ。まあ、そう言うこともあると言うこと。

 変更されたところを何度も確認して、ついに公演一回目、本番。公演は二度あり、今日一度踊った後、明後日もう一度公演を行う。


「本番前は何度経験しても緊張する」

「まあ、多少緊張した方がいいっていうから、いいんじゃないの?」


 趙榮チャオ・ロンはそう言って笑う。彼はリラックスできていて、こういうところがいいなぁ、すごいなぁ、と思うラシェルだ。適度な緊張感は必要だが、あまり緊張しすぎても駄目だ。適度にリラックスできていた方がいい。

 第一幕は問題ない。ラシェルの役は一貴族であり、正直いるだけでそんなに踊る場面はない。あくまで、主役はジークフリート王子。ちなみに、ジークフリート王子を演じているエルヴェは、今日も今日とて王子様的だ。

 ラシェルが仲良くさせてもらっているサユリは、パ・ド・トロワの役をもらっている。パ・ド・トロワは三人で踊るものを指し、たいてい男性一人に女性二人である。このパ・ド・トロワは結構有名なものである。


 第一幕はつつがなく終わり、問題の第二幕だ。第一幕と第二幕の間には休憩があるが、その休憩の間に、衣装替えをしなければならない。早着替えと言うやつだ。ラシェルも急いで白鳥の白い衣装に着替える。コール・ド・バレエの白鳥の衣装は、白いロマンティックチュチュ、つまり、スカートの裾が垂れ下がっているものだ。オデットは普通のチュチュだけど。

「ラシェル。頑張ろう」

「うん」

 サユリとうなずき合い、ロットバルトとオデット、ジークフリート王子が踊っている舞台上を見つめた。そろそろラシェルたちの出番だ。

 緊張していても、踊りだしてしまえば楽しい。それに。


 引っ張られる。


 前で踊っているフェオドラとユージェニー。彼女らの渾身の踊りに、他のダンサーたちもつられるのだ。だが。


 やっぱり、楽しくなさそう。


 それでも、ユージェニーは無表情だった。これは、ただうまいだけ、と言われても仕方がないのかもしれない。幸いと言うか、白鳥たちの踊りは、楽しげに踊るものではないので表情にあまり違和感はないのだが。


 第二幕が終わり、第三幕。悪魔ロットバルトの娘オディールが、ジークフリート王子を誘惑しに来る。


 リハーサルの時よりも、さらに完成度が上がっている気がした。フェオドラは体調が悪かったはずだが、そんなことを感じさせない踊り。小さな手振りや表情まで、オディールになりきっている。そして、ジークフリート王子が永遠の愛を誓った時の高笑いの演技が寒気がするほどうまくて怖くて、ラシェルはびくっとしてしまったのだが、ばれなかっただろうか。観客たちもフェオドラの演技に呑まれているようで、何人かが息をのんだのがわかった。

 そして、第四幕。思えば、オデットの他の白鳥たちは、オデットの侍女たちなのだが、巻き込まれた彼女たちもかわいそうである。オデットの呪いが解けなければ彼女らの魔法も解けないのだから。


 ラシェルの主観であるが、第四幕は物語性が強い気がする。ジークフリート王子は辛くもロットバルトを倒すが、オデットの呪いは解けない。そして、ジークフリート王子とオデットは湖に身を投げて死んでしまう……。

 そして、来世で結ばれたという演出があり、ここで舞台は終わり。着替える人はまた着替え、順番に舞台に出て最後の挨拶だ。オデットがジークフリート氏と出てくるのは当然として、オディールはロットバルトと出てきた。

 最後にみんなで挨拶をする。満場の拍手に包まれつつ、幕が下りた。一度目の公演が終了した。

「ちょっとフェオドラ。大丈夫?」

「ええ……ちょっとほっとして気が抜けただけよ」

「もう一回あるのよ。気を抜かないで」

「わかってるわ」

 幕が下りた途端にふらついたフェオドラに、エリザベスが心配しつつも指摘した。彼女の指摘は正しいから、フェオドラは苦笑してうなずいた。


「みんな、お疲れ様! 今日はよく休んで、明日、気になったところを確認させてもらうわよ!」


 振付師のマリータが容赦なく言った。ちなみに、総監督や舞台監督もいるのだが、基本的にさばさばとした性格のマリータが仕切っているところがある。

「打ち上げは、次の公演が終わってからね」

「当然ね」

 フェオドラとエリザベスがうなずきあった。ラシェルは苦笑して、ぐっと伸びをする。

「ラシェル、お疲れー」

「うん。お疲れ」

 挨拶をして楽屋に戻っていく同僚たちに挨拶を返しながら、ラシェルも楽屋に向かう。

 ふと思い出して舞台の方を見るが、すでにユージェニーはいなくなっていた。
















 翌日。二回目の公演の前の本当の最終調整をしに来たラシェルたちを待っていたのは、驚きの情報だった。


「急性虫垂炎だそうだ」

「は?」


 楽屋前で遭遇したオスカーにそんなことを言われ、ラシェルと趙榮チャオ・ロンは首をかしげた。急性虫垂炎……盲腸のことか。

「どういうこと?」

「フェオドラ。体調が悪そうだっただろ。今朝方、急性虫垂炎で搬送されて、今、緊急手術中」

「……うそぉ」

 軽く言ってはみたが、事実が変わるわけではない。

「じゃあ、公演はどうなるの?」

 趙榮がオスカーに尋ねた。オスカーは「そのことについて、マリータから話があるからステージに集合、だそうだ」と言った。どうやら彼は、これを伝えに来たらしい。

 ラシェルは急いで練習用の服装に着替え、ステージに向かう。すでにほとんどの人が集合していて、みんな不安そうにしていた。マリータが団員に向かって言った。


「フェオドラが倒れて、緊急入院したわ」


 ざわっと、団員たちが動揺する。マリータは少し待ち、動揺が落ち着いてきたところで再び口を開く。


「私たちは、決断を迫られています。明日の公演を行うか否か」


 『白鳥の湖』はオデットが主役。しかし、オディールがいなければ物語として面白くない。悪女役は必要だ。

 バレエ団によっては、代役をもうけいている場合がある。ヘイゼル・バレエ団でも代役をもうけることはあるが、今回、黒鳥の代役は用意していなかった。

 ほかの、白鳥たちやパーティーに招待された貴族たちならまだ何とかなるのだが、まさかの黒鳥不在……どうすべきか。

「……リジー」

「……時間をくれれば、できなくはないと思うけど」

 マリータに呼びかけられたオデット役のエリザベスが困惑気味に言った。つまり、明日の公演には間に合わないと言うことだ。普通、踊れるかと聞かれてすぐにうなずける人間などいないだろう。

 これは公演を中止するしかないのだろうか。ラシェルはぐっと両手を握りしめた。それは嫌だ。これだけ練習してきて、昨日の公演で改善すべきところも見つかって、明日こそ最高の舞台にするぞ、と思っていたのに。

 ほかのダンサーたちもラシェルと同じ気持ちだったのだろう。落胆の色が見えた。マリータもため息をつく。

「観客の皆様にも申し訳ないですが、明日の公演をあきらめた方がよさそうね……」

「待って。ちょっと待って」

 先ほど、遠回しに『無理』と言ったエリザベスが声をあげた。彼女は周囲を見渡す。多くのダンサーたちの中から目的の人物を見つけ出したエリザベスは、身を引いたその人物を素早く捕まえた。


「覚悟なさい、ジェイン」


 エリザベスは相変わらず表情のないユージェニーを見てそう言った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


その振付師にもよると思うのですが、私は第三幕のオディールの誘惑が結構本気で怖いと思います。

それと、普通、バレエ団って代役を用意するものなのでしょうか。バレエは好きですが、プロになろうとか考えたことがなかったので、詳しくは知りません。事実に反していたら申し訳ありません。



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