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Balletto  作者: 雲居瑞香
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第1幕

新連載です。

バレエとか言っていますが、まともにバレエはしてないです。たぶん。基本的に登場人物重視。

それでも大丈夫と言う方のみ、ご覧ください。











 最後のコーダ曲が余韻を残して終わり、会場は拍手に包まれた。ここから再び幕が開き、最後に出演者たちが全員観客に挨拶をする。

 クリスマスには必ずと言っていいほど上演されるバレエ『くるみ割り人形』。ラシェル・バルテはその中の『あしぶえ』として出演していた。完全に幕が下りると、出演者たちは舞台袖に戻っていく。


「お疲れ様~」

「お疲れ。今年の公演も、これで終わりねぇ」

「ねえ。せっかくだし、これから食事に行かない」

「あ、いいわね」


 和気あいあいとおしゃべりに興じるバレエダンサーたちであるが、おそらく、『食事会と言っても反省会になると思う。もちろん、お食事会とは別に、明日反省会がある予定だけど。


「ラシェルと趙榮チャオ・ロンも行くでしょう?」


 ラシェルは『中国』役だった趙榮と目を見合わせた。

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「そうこなくちゃ。ああ、それに、ジェイン」

 ラシェルと趙榮に声をかけたバレエダンサーは、さっさと集団の側を通り抜けて行ったバレエダンサーを呼び止めた。このバレエ団の女性バレエダンサーは全員そうだが、長身の女性である。ラシェルも小さいわけではないのに、この中にいると小さく見える。

「ジェイン、あなたも行く?」

「……いい」

 ジェインはそう言ってあっさりと身をひるがえした。彼女がまとうのは白いチュチュだ。バレエで一般的な、スカートが垂れ下がらないタイプの衣装である。『くるみ割り人形』の『雪の精』だ。

「フェオドラ。ジェインを誘っても無駄でしょう。無愛想なのはいつものことだし、それに、さすがに居づらいと思うわよ? 十年もこのバレエ団にいて、一度も名のある役が当たったことがないんだから」

 そう言うバレエダンサーの声が少し遠く聞こえた。ラシェルはジェインが去って行った方を見て眼を細める。


 これは、少々複雑な事情を抱えたバレエダンサーの話である。
















 ラシェルはもともと、ペルティエ・バレエ団というバレエ団体に所属するバレエダンサーだ。しかし、一年だけ研修の名目でこの世界的に有名な国際ヘイゼル・バレエ団で踊らせてもらっている。現在は十二月だが、ラシェルがこのバレエ団に来てから初めての公演だった。

 『くるみ割り人形』はクリスマスの話であるため、十二月に公演されることが多い。クララ、もしくはマリーと言う少女がくるみ割り人形に導かれてお菓子の国を訪れるのだ。

 『くるみ割り人形』で最も有名な踊りは、やはりドラジェの精だろう。お菓子の国の女王で、男性と組むパ・ド・ドゥがある。ドラジェの精の踊りの曲はCMなどにも使われ、バレエを知らない人にも聞き覚えがあると思う。

 『くるみ割り人形』の主人公はクララ。しかし、もう一人の主人公がドラジェの精。このドラジェの精を踊ったのが、ラシェルたちを食事に行かないかと誘ってきた女性、フェオドラ・ソゾーノヴナ・ブルダエヴァである。ヘイゼル・バレエ団のプリンシパルである。金髪碧眼で美人なわけではないが、不細工でもない普通の顔立ち。しかし、ひとたび躍らせると女王の貫録がある。それがフェオドラだ。


 そして、その相手役だった男性ダンサーがオスカー・ハルトマンという褐色の髪に青い瞳をした甘い系の顔立ちの男性だ。長身であるが、優しげなのでとっつきにくさはない。

 ちなみに、クララを踊ったのはサユリ・ナツメという黒髪黒目の女性だ。みんなは『リリー』と呼んでいる。名前の『ユリ』と『リリー』が同じ意味らしいのだ。

 さて。ラシェルには同じくペルティエ・バレエ団から研修に来ている仲間がいる。十八歳のラシェルより一つ年上の少年で、これが趙榮チャオ・ロンだ。食事会の場で、ラシェルは趙榮と共に隅っこで小さくなっている。


「あ、この料理、おいしい」

「確かに……っていうか、ラシェルって図太いのか繊細なのか、よくわからないよね」


 隅っこで小さくなっているのに、料理の味はしっかり堪能しているという、よくわからない状況に趙榮がツッコミを入れてきた。まあ、確かにその通りかもしれない。

「いや、せっかくだから、味わわないと損かと」

「そうかもしれないけど……僕は何を食べても味がしない……」

 ゴムかんでるみたい、と言う趙榮は、平然として見えるが緊張しているようだ。

 ラシェルと趙榮がヘイゼル・バレエ団に研修に来たのは、今年の秋だ。つまりそろそろ三か月がたつ。初めて公演に出させてもらったのが今回で、フェオドラが気を使ってくれたのだと思う。


「ラシェル、趙榮。ヘイゼル・バレエ団での初公演はどうだった?」


 離れて座っていたフェオドラがわざわざ二人のいる隅っこへやってきて尋ねた。趙榮がびくっとしたので、ラシェルが代わりに答える。

「楽しかったわ。みなさんの踊りがとても感動的で、思わず見とれた」

「楽しかったならよかったわ。バレエは楽しむことが一番大事だもの」

 それに、ほめてくれてありがとう、とフェオドラは微笑む。プリンシパルにふさわしい、気遣いのできる女性だ。

「趙榮は?」

 あ、結局聞くんだ、と思った。趙榮はごくりと唾を飲みこんでから口を開く。

「え……と。自分のことで精いっぱいで……」

 正直に彼がそう言うと、フェオドラはくすくすと笑った。

「まあ、仕方がないわね。でも、もうすこし周囲を見れる力がつくといいわね」

「すみません……」

「責めているわけではないわ。自分のことも大事だもの」

 フェオドラは微笑んで趙榮の肩をぽんぽん、とたたいた。彼女は他のダンサーに呼ばれてそちらに向かう。趙榮が息を吐いたのを見て、ラシェルは尋ねる。

「大丈夫?」

「……大丈夫に見える?」

「全然」

 蒼ざめているし、冷や汗が出ている。なんと言うか……ガンバレ。


「ペルティエ・バレエ団でも『くるみ割り』はやったけど、やっぱり若干違うわよね」

「まあ、振付師によって踊りは変わってくるから……」

「まあね。でも、何と言ってもヘイゼル・バレエ団のすごいところは群舞だと思うんだけど、どう?」

「ああ、それはわかる。今日の『雪の精』もきれいだったもん」


 群舞、つまり、コール・ド・バレエだ。『雪の精』はバレエの中でも美しいコール・ド・バレエだと思う。しかし、ヘイゼル・バレエ団のコール・ド・バレエは別格だ。


 誰かが、規律正しく統率がとれたコール・ド・バレエを軍隊の行進にたとえたのだと言う。軍隊の行進はそろっているほど美しいが、コール・ド・バレエも同じ傾向がある。多少の違いはあれど、同じ振付を二十人ものダンサーがそろって踊るのだ。

 コール・ド・バレエにも統率をとるものがいる。一人で踊るソリストとはまた違うが、たいていは一番前で踊り、後続のダンサーを誘導する役がある。ヘイゼル・バレエ団はその統率をとるダンサーが異常に上手いのである。まあ、ヘイゼル・バレエ団のダンサーは、どの人もソリストになれるほどの力量があるのだが……。

「確かにさ、ジェインはうまいんだけど、何と言うか、こう……情熱が感じられないのよね」

「わかるわかる。感情がないのよね。ただうまいだけで花がないと言うか」

「十年間、コール・ド・バレエしか踊ってないんでしょ。ある意味プロだけど」

「一度くらい、ソリストをやってみたいとは思わないのかしら。あの人なら、いつでもできるでしょ」

「確実にうちのバレエ団でも五指に入るレベルだもんね」

「やっぱり、本人のやる気じゃないの?」

 近くから聞こえてくるあけすけな悪口ともとれる会話を聞き、ラシェルは視線を落とした。


 そのバレエ団の力量はコール・ド・バレエで決まるとも言われる。コール・ド・バレエがうまいバレエ団は、レベルが高いと言われるのだ。

 ヘイゼル・バレエ団には万年コール・ド・バレエの女性がいる。すでにこのバレエ団に所属してから十年になるらしいが、一度もソリストを踊ったことがないそうだ。


 ユージェニー・エニス。ジェインと呼ばれる女性だ。バレエダンサーはたいていそうだが、すらりとした細身の長身で、かなりの美女だ。

 しかし、先ほど陰口をたたいていた女性が言うように、彼女には表情と言うものが存在しない。彼女の洗練された踊りはとても美しく目を奪われるが、それはラシェルもバレエダンサーであり、バレエを理解できているからだろう。バレエがよくわからない観客には、やはり、多少の感情的な表現が必要になる。

 ただうまいだけ。心がこもっていない。だから、ユージェニーはソリストを踊れないのだ、と同じ団員たちは言うのだ。


「……愛想はないけど、結構いい人だと思うんだけどなぁ」


 ヘイゼル・バレエ団に来たばかりの時、勝手がわからなくて困っていたラシェルをさりげなく助けてくれたのはユージェニーだった。そこから、ラシェルはややユージェニーびいきなのである。


「まあ、親切なのとソリストを踊れるかは違うからね」


 男性ダンサーとは違って、女性ダンサーは競争が激しいからね、と趙榮。まあ、その通りなのだが。

 見ていればわかるが、ユージェニーは団員たちにあまり好かれていないらしい。ここで下手にラシェルがかばえば、ラシェルが孤立してしまう可能性がある。趙榮はそれを心配しているのだろう。

 来年の夏になれば、ラシェルと趙榮は元のペルティエ・バレエ団に戻る。それまでに、学べることはすべて学びたい。だから、周囲から孤立している暇はないのだ。

「……でも、コール・ド・バレエ、きれいだったなぁ」

「そうだね」

 コール・ド・バレエを率いているのがユージェニーだから。だから、ヘイゼル・バレエ団のコール・ド・バレエはレベルが高いのかもしれない。ふと、そう思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


最後に、私は決してコール・ド・バレエを馬鹿にしているわけではありません。むしろ好きです。特に『雪の精』の郡舞はきれいだと思います。いいですよねー。一糸乱れぬ舞は。きれいです。美しいです。クリスマスと言えば『くるみ割り人形』です。

基本的にこんな感じで続きます。いや、私は本当にバレエが好きなんです。本当なんです!←犯人の自白か?


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