チャイムがなるまで
イラスト作者、ももちゃんさん。
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「ちょ、ちょんとあなた!」
呼び止められた。
ちょんとと微妙に噛みながらだけど。
僕は耳につけていたイヤホンを外してから振り返る。
そこには一人の女子がいた。
正確に言えば校門の前なのだから、たくさんの生徒が学校に向かって、さながらロボットの行進のように歩いているのだけれど、たった一人、その行進に逆らうように足を止めている女子がいた。
頭にカチューシャをつけた女子だ。
彼女は腕を組んで仁王立ちをしている。
なんだかツンケンとした印象がある。
「えっと……」
呼び止めたくせに何も言ってこない彼女に、僕は自分から話しかけた。
「何か用かな?」
僕は彼女に見覚えというのがなかった。
見知らぬ女子だ。
それに話しかけられたのだから、まず『どうして?』という気持ちが頭をよぎる。
「えっと……その、そう。用事、ね……」
「……?」
しどろもどろ。
彼女の今の状態を言い表すのに、これ以上最適な言葉は見つからないだろう。
自身の髪をいじくりながら、何かを言い出そうとしては口を開いたまま固まり、そして口を閉ざす。
なんだ、歯並び自慢か? 確かに噛みついたら綺麗な歯型が残りそうだけれど。
そうして数十秒を無駄に過ごした後、彼女は口を滑らせてしまったかのように雑に言うのだった。
「その、ね……邪魔よ!」
「ん?」
邪魔と言われてしまった。
別に校門は人一人分の広さしかない訳じゃない。人を押しのけないといけないほどの狭さでもない。
それなのに邪魔とは、なんだ彼女は曲がったことが大嫌いなのか? 真っ直ぐにしか進めない愚直な性格をしているのか? マグロなのか?
彼女は腕を組んだまま僕を睨んでくる。僕が道をあけるのを待っているようだった。
背後の校舎からチャイムがなったのが聞こえた。
あと五分で教室につかないと遅刻扱いになってしまう。
「あ、ああ。ごめんごめん」
だから僕は早々に半身を後ろに引くようにして、道を開けたのだった。
***
「変な女子に絡まれた?」
「そう、マグロみたいな女子」
その日の昼休憩、昼飯を食べながら朝にあった事を僕は友達に話していた。
「マグロみたいなってどういう事だよ」
「一度決めたら頑として行動を曲げない、自分の決めた道を真っ直ぐ進む女子だった」
「はあ?」
「特徴をあげるとすれば頭にカチューシャをつけたツンケンとした女子だった」
「ああ、それは多分水天宮文花だな」
友達は弁当を摘んでいた箸で僕の顔を指す。
刺し箸はマナー違反とか、そういう事は言わないけど、気をつけたほうがいいよ。
「水天宮文花? 変な名前だな」
「お前も人のこと言えないだろ。多摩千太」
「人の名前を笑いのネタにするのは良くない事だと思うんだ。お前がそんな奴だったなんて幻滅したぜ」
「数秒前の自分のセリフを反復してみろ千太」
「水天宮文花? 良い名前だな」
「あ、この野郎記憶を改ざんしてやがる」
ま、それはともかくだ。と友達は若干呆れた口調で言う。
「水天宮なら隣のクラスだぞ。どうする、見に行くか?」
「別にそこまで気になっている訳じゃあないからいいよ」
見に行った。
昼休憩だという事もあってか、教室の中には他クラスや他学年の生徒の姿も見えた。
喧しいというか騒がしいというか喧騒に満ちているというか。教室のどこを見ても誰かが誰かと一緒にいて、会話に花をさかせ、騒がしさを一層磨いていた。
その中、唯一誰とも話していないやつがいた。
机に突っ伏して眠っている振りをしているやつがいた。
何を隠そう、水天宮文花である。
「水天宮文花」
「うわあ……」
「新学年新学期早々、とにかく人に話しかけるという重要事項を怠り、現在孤立無援のボッチライフを満喫中」
「うわあ……」
「たまーに哀れに思ったのか会話に参加させてくれる優しいクラスメイトもいるけれど、上手く会話に参加する事ができず、数日後にはいつもの状態に」
「うわあ……」
うわあ。
うわあ。
うわあ。
教室を覗きこむ僕の隣にいる友達の解説を聞いて、僕はうわあ、しか言葉にだすことが出来なかった。
そりゃあ僕に話しかけてきた時に『ちょんと』なんて噛むわけだ。
だって人と話す機会が少ないんだもの。
口を動かすことが殆どないから上手く動かせなかったのだろう。
なんだか推察するほどに、僕の中で彼女が残念な人にカテゴライズしていく気がする。
実際休み時間に寝たふりをする人は残念以外のなにものでもないのだけど。
ん、あれ。ちょっと待て。
ともすると、どうして彼女は僕に話しかけてきたのだろう。
***
「ちょっ――」
次の日、彼女――水天宮文花はまたもや校門前で、背後から話しかけてきた。
今回は舌を噛んだようだった。
「〜〜っ!?」
本当に噛んだようだった。
振り向いてみると、水天宮は口を両手で押さえてしゃがみ込んでいた。
「……こんな人が沢山いる所で死のうとするとは」
「ひ、ひのうとひてない……!」
呆れ半分に話しかけてみると、水天宮は舌を空気に晒しながらそんな風に返してきた。
何を言っているのかは分からないけれど、否定をしているのだけは確かだった。
「えっと、水天宮文花。だっけ?」
彼女が落ち着くのを見計らって頭を掻きながら話しかけてみると、彼女は口を両手で押さえながら目を見開いていた。
大方、名前を知っていた事に驚いているのだろう。
「友達から聞いたんだよ」
警戒されても困るし、僕は早々に情報源を明らかにした。
「……」
物凄い目で睨まれた。
なんだ、僕も友達のいない寂しい奴だと思われてたのか?
それが理由で話しかけてきたのだとしたら残念だけど、あてが外れてる。僕はきみと違って、人に話しかけることを怠ってはいない。ボッチライフなんて、まっぴらゴメンだからね。
「それで水天宮さん。一体全体、どうして僕に話しかけてくるのかな? ボッチ同士仲良くできるかもと思っていたのなら、当てが外れてるよ」
「そ、そじゃない……」
そうじゃないらしい。
彼女、どれだけ話慣れていないんだろうか。学校ではボッチでも、家で家族と話すぐらいするだろうに。
そうこうしているうちに予鈴が鳴った。
いつの間にそんな時間になったのだろう。
「チャイム鳴ったし、そろそろ教室に行かないと遅刻するよ」
「あ、ちょっ……ああもう!」
背後から聞こえる彼女の声を聞き流しつつ、僕は自身のクラスへと向かった。
***
「あなた、名前はっ!?」
単刀直入だった。
どもりはしなかった初めての発言がこれである。
「名前……? 僕の……?」
僕は少しげんなりした表情をしている自分の顔を指さしながら尋ねる。
水天宮は満足そうな表情をしながら頷いた。
何に満足してるんだ。
噛まずに喋れたことか?
普通のことだぞ?
「考えてみたらもう一週間ぐらいこうして話しているのに、私はあなたの名前を知らない。それは不公平じゃない?」
そうなのだ。
僕らはかれこれ、おおよそ一週間程度、こうして校門の前で話し続けている。
時間にすれば一日五分ぐらい――予鈴がなるまでの関係である。
ただこれだけは言っておきたい。
彼女は『一週間ぐらい』と表現したが、まともに会話が成り立ったのは多分、今日が初めてだ。
それまでは彼女が話せるようになる前に、予鈴がなって、話す時間は終わっている。
だから彼女からしてみると『会話』の時間なのかもしれないけど、僕からしてみると『珍獣観察』の時間に近い。
その珍獣がようやくマトモに話せるようになったと思ったら、名前を尋ねてきた。
その驚きをどう表現したらいいのだろうか。
しかし名前か。
別に隠している訳ではないし、名乗っても問題はないのだけど……。
「……多摩千太」
「多摩センター?」
「た、ま、せ、ん、た」
一字一句区切りながら、僕は自分の名前を彼女に教えた。
すると彼女は、少し考え込むような動作をみせてから。
「……ぷっ」
と、笑ったのだ。
頬をふくらませて、人を小馬鹿にする。という表現がこの上なく似合うような笑みだった。
「ぷはははははっ! 千太? なにそれダサっ!!」
「……水天宮にだけは言われたくないなあ」
「うぐっ。い、いやいや。水天宮はなんかこう、高貴な感じがするでしょ。『宮』ってところが特に」
「なんとか院にしておけばとりあえず金持ちキャラっぽいと考えるような安直さがある。一言でいえば安っぽい。その安っぽい考えをごまかすように、画数の多い文字を使わずに『私は他とは違いますから』アピールをしているようで更に安っぽい」
「なにをっ!」
「それぐらいのことで喜べるきみの感性も安っぽい」
「なにをーーっ!!」
予鈴がなった。
会話の時間は終わりだ。
今にも飛びかかってきそうなぐらい怒っていた彼女も、その音を聞いてから頭が切り替わったのか、落ち着きを取り戻した。
いまだ噛みつかんばかりに睨んではいるけれど。
だから僕はそうそうに立ち去ろうとしたのだが、さすがに馬鹿にしたまま去るというのは後味が悪いし(それが相手が言い始めたことだとしてもだ)せめて名前だけでも――文花だけでも褒めておこうかなと思った……のだけど。
「……やっぱり千太はダサい」
ぜってえ褒めてやらねえ。
***
「……ごめんなさい」
千太はダサいとフザケたことを言われた次の日、いつも通り背後から話しかけてきた彼女は、なんだかいつものツンケンとした印象とは違い、妙にしおらしかった。
なんというか、親に叱られた子供みたいだった。
そんな風に観察をしていると――いつもなら開口一番にどもったり噛んだり奇声をあげたりして、こんな風に観察している暇なんてないから、ますますおかしい――突然彼女は謝ってきたのだ。
謝ってきた。
珍獣が謝ってきた。
スゴい不承不承って感じに謝ってきた。
謝れと言われたから謝ったみたいな感じに謝ってきた。
つまり、全然謝ってる感がない。
「……えーっと、水天宮さん」
僕はぽりぽりと頬を掻きながら、彼女の後頭部に話しかける。
きっと顔はかなり歪んでいることだろう。
手がこぶしを握っているところから見て、間違いはない。
「どうしていきなり謝ってきたのかな?」
「……だってママが」
ママが。
え、この子、高校生にもなって母親のことをママって呼んでるの?
マジで?
「いつもみたいに昨日のことを話したら『あんた初めてマトモに話せる人が出来たっていうのに、その子を馬鹿にしちゃダメでしょ。明日すぐ謝ってきなさい』っていうから……仕方なくよ、仕方なく!」
いい加減頭をさげ続けるのが苦痛になってきたのか、水天宮は勢いよく頭をあげた。
その顔はやっぱり不満そうに歪んでいた。
口をへの字に曲げて、眉をひそめている。
「……え、えーっとちょっと待って。今の話に気になることが幾つかあったんだけど、いいかな?」
「なによ。もう何を言われても謝らないからね。絶対に!」
「いつもみたいに昨日のことを話したらって、もしかして水天宮さん。毎日ここで話してることを、親に報告してるの?」
「報告って。ただ、夕食のときの話題としてあげてるだけよ」
水天宮さんは口をへの字に曲げたまま、少し刺々しく言う。
夕食の時に今日学校であったことを話すことは、まあ僕も時折あるけれど……この子、もしやこの会話ぐらいしか話すことないのか?
悲しすぎるだろ。
あと『初めて』マトモに話せる人って。つまり、高校以前から彼女はあんまり人とうまく話せてなかったってことか?
……うわあ。
「可哀想な子を見るような目で見るの、やめてくれる?」
「いやでも実際可哀想――」
「友達なんていたら縛られて窮屈になるからいらない」
「ああ、もうそのセリフが可哀想。負け惜しみにしか聞こえない」
僕は少しオーバー気味に、過剰演技に、手のひらで顔を覆い、もう片方の手を前に突きだしながら『ありえない』と言わんばかりに首を横に振る。
すると彼女は。
「きいぃーー!!」
と叫んでから僕を追い越して、先に校舎に向かっていった。
なんだかんだいって、彼女が僕よりも先に校舎にはいったのは初めてな気もする。
***
そんなこんなで、彼女と僕――水天宮と多摩の会話は続く。
こんな感じに言うと『人間と猫』の会話みたいに思われかねないけれど、もちろん違う。『珍獣と人間』の会話だ。
とはいえ、毎日毎日話していれば、自然と話す内容は減っていく。
日々生活をしていれば自然と話題は増えるものなのだろうが、しかしそこは珍獣。常日頃休憩時間は寝たふりをしているせいで、今のトレンドも、話題も、なんにも知らない。
おかげで最近は『好きな色はなに?』とか『趣味はッ!?』とか『この柄いいと思わない?』とか、ぎこちないお見合いみたいな会話していない。
というか、そこまでしてまで、この会話は長引かせておきたいものなのだろうか。
いや、彼女からしてみればそうなのだろう。
初めてマトモに話せた相手なのだ。
もう二度と話せる相手がいないかもしれないと、固執してしまうのも仕方ないかもしれない。
まあ、僕としても特に苦労があるわけでもないし、むしろ朝の暇な時間を有効活用出来ているのだからありがたい限りだけど。
話す相手である彼女も、普通に可愛いわけだし。
……珍獣だけど。
珍獣だけど!
そんな訳で僕らのチャイムがなるまでの会話劇は一ヶ月ほど続いた。
よくもまあ、少なすぎる話題が尽きなかったものだと僕は一人感心したりしていたのだけど。
「…………」
その日。
彼女は珍しく、というか初めて喋らなかった。
いや、喋らなかったことは前ににも一度あった。
あの日、謝ってきた日。
謝ることを渋っている間、彼女は喋らなかった。
しかしどうやら、今回はそれとは違う。
彼女は校門を抜けた僕の前に立ちはだかったと思うと、それからずっと無言で立っているのだ。
両腕は腰の後ろにまわし、なんだか応援団のようだった。
彼女が何かを言いだすまで、またはチャイムがなるまでは、僕もここから動くことは出来ない。
だから僕ら二人は、次々と学校に入っていく生徒の群れに抗うように、直立不動で立ち続けている。
どれだけ時間が過ぎただろう。
チャイムがなっていないし、意外にも時間は過ぎていないのかもしれない。
「あ、あのさ」
と、水天宮は口にした。
こっちを見ることなく。
そっぽを向いたまま。
腰の後ろに回していた腕を前にだし、その手に持っていた『もの』を、僕に突きだした。
それは袋だった。
オレンジ色の袋で、チェック柄のリボンで口を塞がれている。
その色は『好きな色は?』の話題でだしたもので、そのリボンの柄は『この柄いいと思わない?』の話題で出たものだった。
なるほど。
あの無意味にも思える会話に、そういう理由があったのか。てっきり話す話題がないのだと。
ともすると『趣味はっ!?』にも意味はあったりするのだろうか。
……ないんだろうなあ。苦し紛れの一言感があるし。
「それ、僕に?」
尋ねると水天宮はこくこくと何度も頷いた。
話すつもりはないらしい。
いや、というより口がうまくまわらなくて話せない。という感じだ。
ともかく。とにかく。
受け取らない限りには話は進まない。話してはいないけれど。
僕は水天宮の手からそれを受け取った。
柔らかい。
中身は布かなにかか?
受け取ったそれを、僕は彼女の前で紐解き、中に入っている布を取りだした。
それはハンカチだった。
柔軟剤かなにかで一度洗濯しているのか、触り心地はふわふわとしていて、何度も使っているはずなのにこんな感触は初めて味わう。
何度も。
そう、何度もだ。
貰ったものを何度も使っている。というと時系列の乱れを感じなくはないけれど、別に間違っていない。おかしくない。
なぜならこのハンカチは、僕のハンカチだからだ。
一ヶ月ほど前、どこかで落としてしまったハンカチだ。
それを受け取り、僕は気づく。
あの日、どうして話しかけてきたのか。
それはハンカチを落としたと伝えるためだったのか。
「……つまりこれを渡すのに一ヶ月かかったのか。水天宮って、本当にコミュニケーション能力ないんだな」
「い、いやこれはあれだから。落ちて汚れてたからちゃんと洗濯して返そうと」
「ハンカチって洗濯に一ヶ月かかるのかー。知らなかったなー」
「……前々から思ってたけど、あんたって腹黒いよね」
若干ひいている目で睨んでくる水天宮に、僕は笑う。
そうこうしているとチャイムがなった。
チャイムが鳴ったら話は終わり。
いつしか出来ていた暗黙の了解。
水天宮は口を開くのをためらい、僕は教室に向かった。
きっと彼女は『これでもう話すことはない』とでも思っているのだろう。話しかける理由もなくなっているわけだし。
……ふむ。
まあ、だったら今度はこっちから話しかけてみることにしよう。
とりあえず昼休憩に、寝たふりをしている彼女にでも。
暗黙の了解は別に『チャイムがなるまで』であって、いつのチャイムなのかは言ってないのだから。
驚く彼女の顔が浮かぶ。
はやく昼休憩にならないかなと、僕は内心ほくそ笑んだ。
ももちゃんさん。愛らしいイラストを使って小説を書けて楽しかったです。ツンデレっぽくなったかな?