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第三話 会議

「やあ,はじめまして.大滝基地司令の甲光こうこうだ.よろしく.地上部分は噂通りの山紫水明なところだな.都市と島のギャップが素晴らしい.柄にもなく見て回りたくなったよ」

 甲光は三九と比べるべくもなく,原斑とのでさえも大柄だと言わざるを得ない.

「それはどうも.技研試験支局の副支局長をしております三九少佐相当官です.支局長は空席なので,ここの責任者です.よろしくお願いします」

 三九は手を真上に伸ばして握手をする.

 前支局長は現在,灰色の写真になって支局長室の壁に掛けられている.

「同じく支部の主任乗務員をしています,訳詞技術准尉です」

「副支局長秘書官の原斑曹長です.所属は参謀本部です」

 二人は握手でなく,敬礼をする.

「遅くなってすみません」

「いや,そちらもフローロフとかいう変なのが来て大変だろう」

 甲光はそう言って,ニヤリとした顔で椅子に座る.

 訳詞は特に反応せず,椅子を引いた.

「やはりか」

 後ろを振り向くと,原斑が引き攣った顔をしていた.

「何,心配するな.うちにも急に来てな.機体番号が三だったんで,人造人間に聞いたんだよ.博物館島に二号機が来ると」

 試験機が二台,それも片方は「独立派民兵」との前線基地になど,訳詞には理解できなかった.

「おまけに,分からないことは情報交換しろだとさ」

 訳詞の困惑をよそに,三九は咳払いをして,訳詞の肩を叩く.それで少し冷静になった訳詞は,するべきことをすべく,中座を願い出た.

「すみません.少し席を外してもよろしいですか」

「ああ,勿論.うちの部下も見に行ってしまっていてね」

 甲光は手のかかる子供を相手にするような困り顔で嘆いてみせた.そして,笑顔でこう続けた.

「あと,悪いがポーカーフェイスの秘書官と代わって貰えるかな」

 三九は今度は原斑の肩を叩き,笑顔で言う.

「原斑曹長,すまんが矢凪やなぎ軍曹をここに」

「す、すみません.アイ,マム」

 青い顔で出ていく原斑.ちょうど入れ替わりに保安部員の金納かねのが入ってきた.三九に耳打ちし,報告をする.それを通信で訳詞も聞く.

「少佐,ハンガーへの侵入未遂者を確保.大滝基地の所属軍人です.ご確認を」

 それが聞こえたのか,甲光は指を鳴らして言う.

「多分,うちのだ.すました顔の坊やなら,連れてきてくれると助かる.すまんね」

「だそうだ.本人確認がとれてたなら連行して来て.真っ直ぐにね」

「アイ,コピー」

 訳詞は金納を見送って,引いたままだった椅子に座る.三九も座ると,また入れ替わりに矢凪が入ってくる.

「失礼します.矢凪軍曹です.原斑曹長との交代に参りました」

「よろしく頼む.掛けなさい」

 矢凪は,ポーカーフェイスではあるが,それよりむしろ顔の傷が目立つので表情が出にくいというのが大きい.

「栄誉戦傷勲章か.珍しいな.どこでだ」

「はっ,いわゆるアメジスト襲撃事件の時であります」

「……そうか,失礼した.改めて哀惜しよう」

「ありがとうございます」

 暗くなった雰囲気を破って,場違いなボーイソプラノがあたりに響く.

「ご,ご,ご,ごめんなさい〜.ついつい気になってしまって〜」

 入ってきたのは,小柄で色白な青年,いや,少年だった.

「紹介が遅れた.うちのあゆむ少尉だ.よろしく頼む」

 これで士官学校出か.飛び級はないはずだが.

「どうも.よろしくです」

 三九たちはまた挨拶をした.

「さて,とりあえず,あの機体からだろうな」

 訳詞は三九からの目線に頷いて応えた.

「では,お互いに機体データを確認しましょう」

「ああ,標準形式で構わんか.少尉」

「はい.これ繋がってますよね.モニタに出します」

 歩は,手持ちのタブレットPCを操作した.

 会議室中央の大型曲面ディスプレイには,フローロフ二号機と三号機のデータが標準形式で表示された.

「全くの同スペックか.人造人間まで.よくもまあ」

 甲光は呆れたように言った.

「いえ,実測の重量が三十五キログラム異なりますね.二号の方が重い」

「どこだ」

「ここです」

 訳詞はポインタで示した.

「確かに.だが,細かいな.誤差じゃないのか.重力とか」

「重力補正はしてます.原因は,計測時間の差による武器バッテリー消耗度,弾薬の品質バラツキ,塗装量の差,さらに人造人間の排泄物量とかでしょうか」

 と言いはしたが,別の何かだろうと訳詞は推測した.根拠はない.勘だ.

 他の面子は特に掘り下げることもなく,データを見ている.

 その他では,特に注目するところはない.現行の汎用機体とほぼ同サイズ.基本出力は核融合炉搭載型としては高水準だが,目を引くほどではない.武装も,電動鋸刃剣,指部プラズマ切断機,60mm/30mm連装軽機関銃,レーザー式近接防御火器二門,脱着式小型誘導弾発射装置,150mm無反動砲,剥離装甲盾,と標準規格になった枯れつつあるものだけだ.せいぜい「変な」塗装によるレーザー軽減効果が売りになる程度か.だが,それもこの機体でなければという理由にならない.

 良く言えば正統進化,悪く言うとマイナーチェンジだな.置き換え対象はジェフトラノレかタータテトープか.

「なんというか,悪かないが,面白みがない.補助バッテリーがあれば,例の中近距離荷電粒子砲とか搭載できそうなんだがな.ここで試したんだろう?」

 これには三九が応える.

「ええ,ただ,使いどころが……」

 あれは汎用機向きではないが,確かにそれくらいないとこれからのトライアルで残れないかもしれない.

「ふうん,そうなのか.標準以外の項目はどうだ.うちはかなり質的なものになってるが」

「まあ,出しましょう」

 画面が不揃いの表に切り替わる.訳詞は見づらいと感じたので,手元のタブレットから画面ごとに配置しなおした.

「多いな.標準の三倍はある.本職だとこうなるか.何がなんだかわからんぞ」

 歩は身の乗り出して画面を眺める.

「駆動系を中心に,出力限界とパーツ強度を探る項目が多いですね.なるほど. アクチュエータ挿入口の寸法は盲点だった」

 運用時にはリミッター解除なんかしないからな.

「いやあ,詳しいね」

 三九は裏で歩についてのデータを漁っているようだ.訳詞は助け舟のつもりで,質問する.

「もしかして観世スクール出身ですか?」

「いいや,こいつはちょいと特殊でね」

「そんな大したものじゃないですよぉ.あれ? なんで部位ごとの重量兌換価格なんかあるんですか?」

「ああ,制式採用されなかった場合,機体が横流しされる可能性があるので,その追跡用です」

「ほぇーなるほどなー.僕もまだまだだ」

「何ならここに留学するか?」

「大佐一人に隊は任せられませんよ」

「私,佐官昇級試験で一時期は最高得点保持者だったんだが」

 甲光は笑った後で,真面目な顔に戻って言う.

「さて,うちの基地としては,対不法占拠者の部分的排除作戦を予定していてね」

 訳詞は目を瞑って頭の中で溜息を吐いた.

「せっかくなので,二機とも参加できたらと思うんだが」

「ええと……それは――」

 三九の返答は,金納がまた入ってきて遮られた.

「失礼します.少佐,また大滝基地の人間です.緊急の用件だと」

「どうも,参謀本部から大滝基地に出向している通信士官の音巣月おすづきです」

 間を置かずに入ってきたのはクルーカットの青年将校だ.

「准尉だ.で,用件は」

「こちらを大佐に.至急です.本部というか東部方面総監部から」

「手渡し書類だ? 何年ぶりだ」

 試験機という第一級の機密を扱うここでは,珍しいというほどでもない.

 甲光は書類を奪うように受け取り,髪を撫でながら読んだ.

「フローロフを陸路で大滝基地に輸送しろだと.それも明日中に出発で」

 甲光は読み終えた書類を三九に向けて放った.

 三九は受け取ってさっと目を通し,口を開けて天を仰いだ.ストレスがたまっている証拠だ.

 通常,試験機に限らず,少数の輸送は空輸で行う.ここに送られるときは上が歴史的建造物地区なので,近くの基地に一旦降ろしてから陸路となっている.送る時も同様だ.

「いくら中将の命令でも承服できんぞ.基地の人間を無駄な危険には曝せられん」

 「独立派民兵」の攻撃の的になることは,その場の誰もが分かっていた.

「俺に言わないでくださいよ.中将は防諜委員でもありますから,そっち関係じゃないでしょうか」

「勝手な憶測を言うな,馬鹿者」

「そうでもないと,通信禁止で俺に大滝基地から博物館島まで書類運ばせたりしませんて」

「こんなのが釣りか?」

「餌なんかやりたくないですけどね.俺はやりませんけど」

「考えようによっちゃ,悪かないともいえなくも,いや,駄目だ.上申するぞ.歩,書式を出せ」

「なら,これも」

 音巣月はもう一枚,やや豪華な縁取りの書類を取り出した.

 訳詞はそれを見て嫌な予感がした.あれは参謀本部とはまた別系統の書式だ.

「技研長官と……近衛師団長の追加署名だと? なんで出てくる?」

「こっちは全然わかりませんね.まさかクーデター?」

「音巣月!」

「いや,ここ録音してないでしょ」

 音巣月は悪びれる様子がない.

「……不規則発言の始末書を書け」

 このやり取りの間に三九は訳詞を机の下でつつく.

 訳詞は前を向いたまま首を軽く振った.兄がどういう理由で関わっているかなど知るわけがない.

 三九はもう一枚も確認しつつ言う.

「とにかく,こちらは長官署名がある以上,従わざるを得ません.あとは大佐次第です」

「技研からは誰が?」

「担当である訳詞と……私が行きましょう.手が空くのは他にいません」

 訳詞は隣を睨んだ.矢凪も睨んでいるのが感覚でわかる.

「准尉も軍曹も嫌そうだが」

「関係ありません」

「わかった.ならやるだけやるしかあるまい.これはいつものことだが」

 訳詞は会議中に立てたフローロフの戦術プランを慌てて練り直し始めた.

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