第二話 発端
「結納はどうだった」
挨拶よりも先に道澤が言った.
訳詞は私用の端末を取り出してこう返した.
「内部告発窓口っすか.セクハラの相談なんすけど」
「男同士だろうが」
それには後ろからやってきた三九が応える.
「同性でもなるんですよ,道澤少尉.あと,結納ではありせんから」
両親とも死んでいてはできまい.訳詞の認識では,そもそも交際してすらいないが.
「どうも,少佐殿.そうなんですか」
三九の認識は訳詞とは同じでないと思う.
「今日来る新型のデータがまだ来てないんすけど,どうなってるんすか」
「それがさー,機体と同着なんだって」
通常は半月程度前に送られ,それを基にテストプランが計画される.
「納期はいつまでで?」
「一ヶ月後.スケジュールは余裕をもって調整済み」
「なら,儂が担当ですかな」
「それが……向こうの指名で訳詞准尉に」
テストパイロットの指名とは珍しいことだ.
「しかしそれでは,訳詞の勤怠管理に支障があるでしょう.いくら休暇買い取りが認められたからって」
「俺は別にいいっすけど.元からそのつもりなんで.何なら双砲腕座機替わりますか.いつ戻るかわかりませんけど」
「儂もそれは構わんが」
「待って待って.まずは機体を見てからにしましょう」
三九の発言に続いて,ハンガー内に放送が流れる.
《指令所より通達です.間もなく本日分の貨物第一便が到着します.搬入担当者は所定の位置についてください.繰り返します.搬入担当者は所定の位置についてください.以上,指令所より通達でした》
ハンガーのハッチが開き,大型トレーラーが坂を降りて入ってくる.訳詞たちの待機地点の目の前に停まり,そこからクレーンと合わせて荷台を機体ごと立たせ,ハンガーに固定する.
《こちら搬入班班長.少佐,機体の固定完了です.》
クレーンコントロールからの通信が入った.
《了解.班員を次のに備えさせて.搬出は時間厳守で》
《アイ,コピー》
トレーラーは荷台を分離してハンガーから出ていった.
「少々派手ですかな」
道澤の評価に,三九も同調する.
「気合の入った塗装だね.女子校出身者初めての合コンて感じ.色名は虹色? それとも玉虫色かな?」
中でも最も輝きの目立つコクピットが開き,パイロットスーツ姿の小柄な人が出てきた.こちらに一礼してからワイヤーで降りてくる.そして,床につくと,ヘルメットを脱ぎ,敬礼して言う.
「試作試験型汎用立機の管理名フローロフ二号機です.本日九時○五分丁度に到着致しました」
パイロットは小柄で若い女性,即ち少女の姿をしていた.少佐よりやや若く見える.
「確認した.担当予定の訳詞技術准尉だ.で,機体データは」
「私がお話します」
社名すら名乗ろうとしないパイロットが言った.機密保持のためとして,こういうことはたまにある.そこにいた面子は詮索しなかった.
「では,標準項目から埋めていこう」
国内標準の項目をまず埋め,続いて支局独自の項目を埋めていく.
「他にはありますか」
「納期だが,これで合ってるか.名前もデータも汎用性重視の機体だろう」
「いえ,これは書類上の仮の納期です」
訳詞はこの納期では厳しいので伸びると助かると思っていた.
「納期は不定です.目標に達成まで,更新継続して委託します.これがその書類です」
三九が受け取り,目を通してから署名する.一枚をわざわざ胸元にしまい,もう一枚をそばにいる秘書官の原斑に渡す.
「で,お前さんの寝床はどうする」
道澤が聞いた.
「コックピットにおります.後部シートは余裕がありますので」
答えは訳詞の予想通りだった.
「いや,いくら何でも部屋くらいは用意できるぞ」
道澤は呆れたように言った.
「いえ,不要です」
この先のやり取りが面倒に感じたので,訳詞は核心を問う.
「お前の燃料は」
「訳詞,何を――」
「水素燃料と太陽光です」
「なら,しばらくは給排水だけでも足りるな.一応,メカナイズド用トイレを使え.あそこにある.給水は隣だ」
「了解しました」
やはり人造人間だった.稼働時間や機能性を考えるなら,こんな体格フレームは使わないはずだ.コクピットの大きさも十分だし,恐らく担当者の趣味なのだろう.
「原斑曹長,この件の担当者,禁止リストね」
「アイ,マム」
「髪の毛とか完全に天然物にしか見えんな」
「そら,天然物使ってるんでしょ」
「うへえ……とすまん」
「いえ.お気遣いなく」
そう言って,名乗りもしない人造人間はコクピットに戻っていった.テスト中はあいつが同乗かと思うと,気が滅入る訳詞だった.
「少佐,准尉.そろそろ会議の時間です」
原斑の声に応え,訳詞は頭を掻きながらその場を後にした.