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第一話 葬送

「見送ってあげてください」

 元・母の声を無視して訳詞やくしは葬場を後にした.義理は果たしたと考えているからだ.そう,ただの義理.情でも絆でもない.

 一時間に一本あるかないかというバスを待ちに,麓の国道へと独り降りる.

 靴の底に雨に濡れた杉の葉がへばりついて泥が溜まっていくのがわかる.

 軍手,エロ本,注射器,洗濯機,和太鼓,探し人の立看板.ここはいつ見てもゴミばかりだ.訳詞は白く真新しいガードレールに靴を擦りつけ,泥を落とした.

 もうしばらく歩くと,国道に繋がるT字路が見えてきた.そこに一台の車が停まっている.この土地には場違いとしか言いようがないクラシックカーだ.

 訳詞がその車にゆっくりと近付くと,窓が開いて運転手が顔を出した.

「何で来たんすか」と念のために訳詞は聞く.

「たまたま通りかかっただけです」

 運転手の三九さらは強がるように答えた.

「そうすか.悪いんすけど,乗せて貰っていいすか.バス来るかわからないんで」

「別に」

「どうも」

 訳詞は再び泥を払ってから助手席に乗りこんだ.

「真っ直ぐ島に帰るの?」

「お任せします.やることはやったんで」

「そう.なら,寄り道するよ」

「はあ」

 そこから道のりは二人とも無言だった.訳詞は新テスト機のデータを読み,三九はイヤホンで音楽を聴きながら運転した.いつものオルタナティブ・ロック集だろう.

 道中,すれ違ったのは宅配便の自動運転トラックだけだった.

 訳詞が新テスト機の戦術パターン提案書を書き上げるほどの時間が経ち,辺りは闇に包まれた頃,車のサイドブレーキが引かれた.

「うちの実家.誰もいないから」

 周りは一面の畑で,隣家の灯りは星の瞬きよりも小さく見えた.

「明日の技術交流会議,間に合うんすか」

「ご飯食べていくだけだよ」

 それだけで済んだことはほとんどなかった.

「そうすか.お邪魔します」

「何食べたい? 作ってあげるよ」

「なめこおろしそば」

「ピーマンの肉詰めか.ちょうど採れたてがある.野菜も肉も」

「牛フィレステーキフォアグラのせトリュフソースにキャビアを添えて」

「ピーマン食べないと大きくなれないよ」

「チンジャオロース」

「わたし昼は中華だったから.あすこの通りのあんま美味しくないね」

「ピーマンと豚肉とキャベツを辛味噌で炒めたもの」

「それならいいよ」

「チョロイな」

「ん? 何か言ったかな」

「チョーうれしいっす.ごちそうになります」

「だろうとも.だろうともさ」

 なぜコタツが出たままなのか,聞く気も起きないので訳詞は台所にそのままついていった.

「休んでていいよ」

「いや,悪いんで」

 十分後,コタツで食事が始まった.三九は牛乳パックに直接口をつけて飲んでいる.

 訳詞は無難そうな話題を振ることにした.

「双砲腕座機の新型,どうなりました」

「コメントシートすらまだ返ってこないよ.多分,買収で社内が割れたんだろうね.あるいは『ドドンなんてクソなネーミングはやめろ』ってコメントが効いたのかも」

 三九は一本目を飲み干してから言う.

「休暇なんだから仕事の話はやめない?」

「俺は今日は無断欠勤なんで」

 訳詞は昼に出てきて,そのまま葬場に向かったのだった.

「それなら私が休暇にしておいた」

 白ひげの三九は冷蔵庫から二本目を持ってきて言った.

「勝手なことするなって,前にも言いましたよね」

「今回は善意だよ」

「あんたの意思の問題じゃないっしょ」

「ごめん」

「いまさらなんでもういいっすよ」

 その後,島に戻るまで会話はなかった.三九は二度げっぷをした.

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