第二話 昼食の時間
「ほら、セレナ。
顔を上げて?
濡れちゃってるのを拭いてあげるから」
そういってルークはポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙で濡れた頬を拭き始める。
初めは少し抵抗のそぶりを見せたセレナであったが、しばらくすると特に抵抗することなく、ルークにされるがままになっていた。
しばらくして、ルークは持っていたハンカチをポケットへとしまう。
彼女の頬にはまだ涙の流れた筋が残ってはいるものの、その筋が新たに増えることはもうない。
「それじゃあ、一緒に食べよ?
まだ作ってもらって温かいのばっかりだから、すぐに食べたほうがおいしいんだ。
セレナは何か食べたいのある?」
彼がそう問いかけると、セレナはすっと弁当箱の中身を覗き見て、三つほど入っていた卵焼きを指差した。
それを見たルークは自分で卵焼きを取ろうとして、食べさせるという行為に少し恥ずかしさを感じたのであろうか、彼女に弁当箱ごと差し出す。
「はい、どうぞ。
ちょっと熱いから気をつけてね?」
それを聞いた彼女は未だに少し震えている手で、その卵焼きをひとつ取り小さな口へと運んでいく。
寒さのせいか少しだけ青く見える唇に程よく暖かさを与える卵焼きは彼女を警戒心やら何やらから解き放つには十分な威力を持ち合わせていた。
ルークが見ていた中で初めて、わずかながらに笑顔を浮かべた彼女は「おいし」と小さく呟く。
そして、そのまま弁当箱を返そうとしたのだが。
「もっと食べてもいいんだよ?
ここにいると寒いし、食べれば温かくなるよ?」
「うん、じゃあ、もうちょっとだけ」
そういって二人は昼食をとりつつ、すぐに打ち解けあい、次第に話を広げていく。
「ふぅん、そっか~。
セレナの先生は厳しい人なんだね」
「そうなの。
それでね、それでね……」
最初とは違い、今はセレナのほうが積極的にルークへと話しかけている。
やはり、子供にとっては同じぐらいの年齢の子とのふれあいというのは親子の間でのふれあいと同じように大切で、重要なものなのであろう。
最初はほとんど表情に変化がなかったセレナも、数十分かそこら話しただけなのにもかかわらず表情に悲しみや嬉しさなどが見られるようになっていた。
この時点ではルークにとって知らないことではあったが、セレナはこの屋敷の主、ハルカス家の娘であった。
すでに彼女の母親はなくなっており、宗教と強い関係を持つハルカス家では再婚が基本的にはできず、形式的にはハルカス家を継ぐ権利を持っているのは彼女だけなのであった。
無論、実質的な妻のようなものはいるのだが、彼女たちにとってセレナは血の繋がっていない邪魔者であり、彼女の身分の高さと、幼い頃から示されてきたその潜在能力の高さから直接的に何かをされることはなかったものの、一方でまた、何かをしてくれることもなかったのだ。
セレナにとって見れば、父親は忙しくほとんど構って貰うことはない。
普段回りにいる貴族は彼女のその潜在的能力の高さや身分などから彼女をどうにかして利用しようなどとしか考えておらず、幼いながらも彼女にはそれがひしひしと感じられており、 屋敷で雇われている使用人に関してもほとんどかかわりあう機会はなく、関わりのある家庭教師のような役割にある者も、主人の機嫌を損ねぬよう、あくまで淡々とした対応や態度しかとることはなかった。
つまりルークは彼女が得ることのできた初めての心の拠り所であり、自分を一人の人間として、一人の女の子として見てくれる初めての『友達』であった。
一方のルークにとっても同年代の子と出会い、話すのは初めてでありセレナと同様に初めての『友達』なのであった。
とは言え、二人にはそれぞれ、これからの予定があり、二人がずっと話していたいと思ったにしてもずっと話していられるわけではない。
二時の鐘が鳴るとセレナはそわそわとしだした。
それを見ておそらくは何かの用事があるのだろうと察したルークは彼女の背中を押すべく、話しかける。
「それじゃあ、そろそろ行こっか」
その言葉に対して、彼女の澄んだ青い目が、自らの心の中を直接見せるかのようにその心情、『寂しさ』を見せる。
その寂しさが目に見えて浮かぶ彼女の目を見たルークは少し慌てた様子でさらに言葉を紡いでいく。
「明日も多分僕はここでお昼ごはんを食べてると思うんだ」
「えっ?」
「今までと同じように一人でだけどね。
でも、一人で食べるんじゃちょっと寂しいかもなぁ。
それにちょっと量も多いかも」
その目に寂しさを見たルークはきっと彼女がそう望んでいると感じ取ることができたのであろう。
あえて彼女が断りにくいように、誘いに乗ってきてくれるように明日も一緒に食べないかとほのめかす。
そして。
「だからさ、一緒に明日もお昼ご飯を食べないかな?」
その言葉を聴いて、目だけでなく、顔全体に太陽のような笑顔を浮かべるセレナ。
その回答は言うまでもないことだろう。
「うん!」
今日一番に元気のあふれ出る声で彼女は答えたのであった。
そして、その目元にきらりと光る何かが、二人がであったときに浮かべていたものと全く違ったものであるということもまた、言うまでもないことなのだろう。