弱虫で、欲張りで
北野くんのことが好き。 それは私の本心で、きっと自分では変えられない。 変えれるのは、北野くんだけ。 いつまでも遠くから見てるだけじゃダメだって、何度も言い聞かせた。 なのに口に出せないのは、私が弱虫だから。 そんな弱虫なくせに、北野くんが女の子と話していれば気にして、嫌だと思って。 なんて欲張りなんだろう。 北野くんは誰のものでもないのに…… 勝手に、見てきた時間を理由にして、自分は少し特別だって勘違いしてる。
あの時、私を見ていたの? そんなわけないって思いたいけど。 一瞬の間に、確かに合った視線。 それだけでなんだか嬉しくなっちゃうんだ。でもね、それと同じくらい。 本当は何を見ていたの? そんな疑問が生まれてね。 それが私じゃないって考えちゃうと…… やっぱり凄く、辛くなるんだよ。
§
「卒業式の予行練習ってさ、私たち参加する意味なくない? だってメインは三年生で、私らオマケでしょ。 適当で良くない?」
「あはは…… まぁでも、色々お世話になったわけだし、ね? 愛美ちゃんは特に、部活で助けてもらったりしたでしょ?」
「ぜんっぜん! あいつら片付けもしないし偉そうだし下手くそだし…… 引退してから本当に快適よ!」
「……そ、そっかぁ。 ま、まぁ人それぞれ……だよね」
愛美ちゃんは不機嫌。 寒いのが苦手だからだと思う。私も寒いのは苦手だから椅子の冷たさが辛かったりする。 でもそれはみんな同じだと思う。だってさっきから、鼻をすする音が絶えないから。 みんな…… やっぱり寒いよね。
愛美ちゃんより左に4つ。 少し見える横顔は、周りの人たちとは違って真面目な顔。 こういう事でも真面目に受けるところ、凄く尊敬できる。 そういうところも、やっぱり好きだなって思う。 ダメだね、どんな君を見ても結局行き着くのはその気持ちなんだ。 言える日なんて来るのか分からない、それが叶うかも分からない。 想像するのは、伝えないまま終わっちゃう未来。 なんだかそう思うと、泣きそうになる。それでも言えない私は…… なんなんだろうね。
「……っくしょん‼︎」
突然出てしまったくしゃみ。 咄嗟に手で抑えたけれど…… これ、どうしよう。 鼻水が……
「ゆかり、大丈夫?」
「……愛美、ちゃん。 その…… ポケットティッシュ、持ってないかな」
両手で口と鼻を覆いながら、私は少し泣きそうになっていた。 恥ずかしい、こんなの絶対見られたくない! 少しだけ、北野くんの方を見る。 良かった、見られてない。 とにかくこの状態をなんとかしないと……
「ごめん、持ってないや。 んー、しょうがない私のハンカチで!」
愛美ちゃんはそう言ったので、私は首を横に振った。 それなら自分の使うから大丈夫だよ、でもどうしよう…… 手をどけたら、見えちゃうかな。 それにハンカチを使うのも……
「南澤さん。 これ、使って」
そう言ってくれたのは、北野くんの隣に座っていた工藤くん。
「工藤、ありがと。 はい、ゆかり」
愛美ちゃんが黒いポケットティッシュを受け取り、何枚かを私にくれた。 助かった…… 私はようやく手をどけることが出来た。
「工藤、くん。 ありがと……」
「あ、いやお礼なら…… いって!!」
優しそうに笑って答えてくれた。 その直後、痛そうな顔して、工藤くんは隣の…… 北野くんを見た。
「綾人! つねるのやめよって! いったいから‼︎」
「うるさい」
「もー! ……それにしても、よくポケットティッシュなんて持ってたな」
「……寒いの、苦手だったから」
「だったから? なんで過去けいででで! 」
「……ゆかり? 大丈夫?」
「……うん。 大丈夫」
泣きそうだけど。でもこれは嬉しいから泣きそうなんだ。
冬が好きだって言ってたね。 でも私は、寒いのが嫌いだから夏が好きって答えたんだ。まだ、こんな風に北野くんを想うことのなかった頃。 隣にいるのが、当たり前だと思っていた頃。 もう昔の話、幼かった頃の、何気ない日の会話。
そんな小さな思い出を。 覚えていてくれた。そう思うだけで、こんなにも嬉しくて。 これ以上ないって何度も思ったのに。
今日、また一つ君を好きになっちゃうんだ。
誤字脱字、ありましたら申し訳ありません。