もういいよ、それが言えない
昔から知ってるんだ。 ちょっと怖いけど、誰にでも優しい。こんな私にも優しくて、繋いでくれた手は私の手をしっかり握ってくれて。 憧れだった、こんな風に強くなりたいって思ってた。 なのに、この気持ちが最近変なんだ。 見ているだけで満足出来なくなってきて。 出来るだけ、側にいたいって。 いてほしいって、思うようになっちゃったんだ。
§
「東のやつ、こっち見てた。 あいつ、後でしばく」
「ま、愛美ちゃん。 たまたま後ろ見てただけかもしれないし。 怖いこと言わないでよ」
今にも立ち上がりそうな愛美ちゃんを、私は必死に止めた。 東くんはすでにこちらを見ていない。 一緒にいる北野くんも…… こちらを見てはいない。 そんなことで落ち込む私は、やっぱり弱いんだ。
「……まーた俯いて。 ほら、顔上げて! 可愛い顔も見えなきゃ意味ないよ!」
「……うん。 ありがと」
愛美ちゃんはいつも私を励ましてくれる。こんな私にも普通に話してくれる。 信頼できる大事な友達。 でもそれに頼ってしまう私があまり好きにはなれないんだ。
「ゆかり、北野くんてどんな人?」
「え? えっと…… 怖いけど、優しい人」
「へぇ。 じゃその怖いけど優しい人と目が合ったんだけど」
「え……」
私はすぐに北野くんのほうを見た。 ……東くんと何か話してるみたいで、こっちを見てる様子は無い。 期待しちゃったんだ、だからこんな大きなため息が出てしまうんだ。
「……そんなに好き? 北野くんのこと」
「……うん。 好き」
自分で言って恥ずかしくなる。 言葉にしただけでこんなになるなら、伝えるなんて絶対に無理だと思う。
「うーん。 ゆかりならもっといい人がいると思うんだけど」
愛美ちゃんはどこか不満そうに腕を組んで悩むような表情をする。 いい人、そんなこと言われても。
「私は北野くんが好きだから。 にあってないとか、不釣り合いとか、そんなのじゃなくて。 その…… 北野くんにしか、こういう気持ちは、も、持てないって言うか……」
多分この気持ちは自分じゃ変えられないから。変えられるのは…… 北野くんしかいないんだ。
「……まったく。あんの根性無し」
「え?」
「んーん、なんでもない。 私ちょっとトイレ行ってくるね」
そう言って愛美ちゃんは教室を出て行った。根性無し…… って聞こえた気がする。 私に言ったのかな? でも愛美ちゃんはそう言うこと、ハッキリ言ってくれるし。 誰のこと、言ったのかな。 もし私に言ったのなら、その通りなんだけど。
後ろ姿を見つめる。 昔はすぐ後ろで見ていた背中は、今はこんなに距離が出来てしまったんだ。