もういいけど、まだなんだよ
昔から知っている。 鈍臭い、オロオロして自信がなくて、顔もすぐに真っ赤になる。 そんなやつだからほっとけなかった。 乱暴に繋いだ手、振り向きもせずに歩いてた。
「ありがと……」
小さい声で、少し震えていた。 俺はそれにイラついて睨むように振り返った。
少しビクビクしながら、嬉しそうに笑っていた。 その顔を見た時、俺の中に何かが芽生えた。 それがなんなのか分かったのは、つい最近の話。
§
「ゆかりが男に声をかけられていたんだが」
「南澤さんが? へぇ、めずらしい」
「なんの話をしてたんだろうな……」
「さぁ? 聞いてくれば、本人に」
そう言って東は視線を後ろに向けた。 誰がいるかは分かっている。 南澤 ゆかり、小学生からの付き合い。 幼馴染、とまでは言わないくらいの付き合いの長さ。 俺の…… 好きな人。
「あ。 小西に睨まれた。 ヤバイヤバイ」
そう言って、東は急いでこちらに向き直った。 少しだけ後ろを見れば、ゆかりを守るかのようにこちらを睨む女の子。 相変わらず怖いな、あの人。
「小西さんって、俺のこと嫌いなのかな」
「んなことないと思うぞ? 単純に、小さくて可愛らしい南澤さんに下衆な男が近づこうとするのが嫌なんだろ」
「男嫌いなのか」
「男嫌いってより。 南澤さんを好きすぎるんだろ」
女の友情なのか。 まぁ確かに小西さんのおかげで、ゆかりも高校楽しそうだし感謝はしてる。 してるんだけど…… やっぱり寂しい気持ちはある。 前までそこにいたのは俺なんだから。
「ヤキモチ?」
「は⁉︎ そんなんじゃないし!」
「そんな不満そうな顔すんなら、さっさと告れば?」
「今はまだ……ダメだ。ゆかりの気持ちが分かるまでは、言えない」
あいつは自己主張が苦手だ。 それに人のことを気にしすぎる。きっと告白されたら、首を縦に振るはずだ。 相手の好意を無駄にしないために。 でも俺は…… そんなんじゃなくて。 ゆかりにも想ってほしい。 俺がゆかりを好きなように、俺のことも好きでいてほしいんだ。
「……北野さぁ。 それ、本気で言ってんの? 南澤さんの気持ちが分かるまでって」
「ああ。 俺の勝手な都合でゆかりを困らせたくない」
「……はぁ。 似た者同士」
そう言って東は立ち上がる。どこへ行くかも言わないまま、教室を出て行った。