家事が大嫌いな奥さんとその夫の朝
ねえ全国の専業主婦の八割までが家庭内で爆破したい場所ってどこか知ってる?
急にそうクイズを振られて、夫は「はあ?」とテレビから目を上げてふり向く。
今日明日はシフト明けでのんびりできる、なので朝食後に家庭内の片付けごとをひとつこなしてから、撮り溜めた深夜ドラマなぞ見始めた矢先だった。
「それは……」日頃から奥さんが言っていたことを注意深く、しかし急ぎで思い出してみる。
「風呂場じゃん」
「ぴんぽーん」奥さんの目は笑っていない。
「正確に言うと、掃除の済んでない風呂場でしたー」
テレビに目を戻しながら夫は言った。
「はいはい、後から洗っておくから」
以前から奥さんは「アタシ、家事ってほんと向いてないんだよねー」と豪語してはばからなかった。料理はそれなりにこなす、しかし、掃除や片付けとなるとからっきしだった。
結婚して暫らくしてから徐々に気づいた。その頃は、まだ新生活に慣れていないのだろう、と思っていたし、間もなくお腹に子供ができてからは動くのが大変なのだろう、と同情もしていた。
しかし、数年後にはようやく彼にも真実がみえた。
彼女は本当に、全く、清掃活動や片付け業務については破綻している、と。
そんな彼女が特に憎しみを抱いている事がらが、風呂場の掃除だった。ある日急に
「日本の家庭の6割までが、旦那さんが風呂掃除しているらしいよ」
と言い出したり、
「あー、今から大嫌いな家事ベスト3の第3位をやってくるか……風呂掃除」
などと、重い腰を上げて去って行ったり(ベスト1と2とは怖くて聞けなかった)。
「いいよ、今日は」
奥さんはちらりと彼の方に目を走らせたようだったが、彼はもうテレビから顔を上げず
「置いとけば、洗うから」
そう、再度告げたものの
「まだ流しも爆破しなきゃならないし……風呂桶は乾くと汚れが取れないんだけどね」
そう言って去っていった。
しばらくすると、鈍い地響きが床を揺るがせた。がたがたとテレビが揺れ、壁のラックが傾く。
あわてて見に行くと、奥さんの姿はみえなかった、すでに台所に移動したらしい。
彼は、風呂場に、いや元風呂場にぽっかりと空いた大きな裂け目から空をみた。
空はあくまでも青い。
がれきがからりと足もとで鳴った。壊れた蛇口が陽気に裏庭へと放水を続けている。
夫は、重い足をひきずってそれでも台所に急ぐ。
「待て、茶碗は俺洗うから待って」
次の爆発はもっと派手に茶碗の割れる音が彩りを添えていた。