晩秋の野菜怪談
ぴん、ぽーん
控えめなドアチャイムが、ひとつ。
事の起こりは、晩秋のとある昼さがりであった。
玄関先に出てみると、隣のオクサンがやや小ぶりの冬瓜を片手にひとつずつ、胸のあたりに支え持って立っていた。まるで巨乳を持てあますかのような、その悩殺ポーズに思わず目眩が。
「実はこんなのさ、すっごい数もらっちゃって……迷惑かなーって思ったんだけど……食べる?」
特に大好物ではないものの、かと言って嫌いではない。有難くいただくことに。
今、我が家のストックは、少し前に前の畑の方にいただいたサツマイモ2キロのみ、しかもたて続けにサツマイモをあちこちから頂いていたので、ちょっと目先の変わったということでも、冬瓜はありがたい野菜ではあった。
冬瓜だから、すぐに食べなくても大丈夫だよね、と思いながらしばし放置を決めた私……しかし、そのの判断が間違っていたのだ。
ちょっと留守をしたスキに、私は判断の甘さを思い知らされる。
「これよかったら食べて、って。えーとね、誰だか名前が分かんない。おばあさんで、ケットラ運転していて、小さくて、早口だった」
留守番の家人が指し示した足もとには、巨大な冬瓜がひとつ、転がっている。
ばあちゃん、ケットラ、小柄で早口……近辺に該当者が多すぎてまるっきり人物が特定できない。
そして翌日、今度はなぜか近所からサツマイモとまた冬瓜がひとつ、届けられた。
しまった。前にもらったヤツをどんどん喰っちまえばよかった~。
どうせ全体水みたいなヤツなんだ、細かく切って皮を厚めにむいて鶏肉か豚肉と一緒にだし醤油で煮てさっさと夕飯の一品にしてしまえばよかったのだ。あの大きさだったらすぐに消費してしまっただろうに。
いったん調理をためらったものは、なかなか減っていかない。
何となく「調理しなければ」と思い煩ううちにどんどんと面倒くさくなり、結局いつまでも食材が残っている、ということがよくあった。
そうだこんな時こそネットで調理方法を調べよう……なになに?
「近頃の種類は小ぶりで表面に白く粉をふかないもので」
そうそう、ケットラのばあちゃんがもってきてくれたものは巨大で白い粉がふいていたが、その他大勢の冬瓜はやや小ぶりで白い粉はふいていなかった。
「過去の品種より味がよいと言われ……」
いいねいいねー
「……ますが、あまり長持ちしません」
へひゃー。
しかたなく(?)、ようやく丸まるした冬瓜(小ぶりくん)をふたつほど、切ってみることに。
少しだけ煮て食べてから(うーん、別に昔の冬瓜と特に変わりはないけど)、残りは所属団体の打合せの時、小さめにカットしてラップで包んで持参。とりあえず片っ端から配って歩いた。え? 食べる? よかった、えっ? 二人家族? じゃあ三キロくらいは食べられるね、えっ? 明日から家族旅行だから要らない? 逃げる気か?
少しばかりストックを減らして良い気になっていたところに、さらに、戦慄すべき事件が。
配って歩いたのをみていたかのように、隣の奥さんがまたおずおずとやって来た。
「ねえこないだの冬瓜、どうだった?」
「えっ?」声が裏返ってしまう。動揺を悟られてしまっただろうか?
つい、余計なことを言ってしまう。
「おいしかったよ~! あっと言う間に食べきった」
確かに、彼女から頂いた分についてはその前の晩までに完食または配布終了していた。嘘は言っていない。
「今どきの冬瓜は、食べやすくていいよね、小ぶりだし味もいいし」
「だよね~」奥さん、ようやく明るく笑ってこう言った。
「よかった、もしよかったらまだ、あるんだけど……」
しまった!! 彼女が後ろに回していた手に乗っていたのは、またしても冬瓜では?!
卑怯だぞ、後ろ手。今度はちゃんと胸に抱えてくれ!
今更要らないとも言えず、また有難くいただきました。
数日後、家族揃って留守のうちに、今度は玄関にまた、冬瓜がひとつ。そしてなぜかミカンが少し。届け主不明。
「ごんッ……?」
いや、狐の仕業ではないかもしれない。もしかしたらうちの中から逃げてきた冬瓜のひとつかも、とあわてて鍵を開けて台所に入って確認したが、うん、うちの子はみんな揃っている。
つうか、台所の床はすでに足の踏み場がない。
翌日、次男が学童預かりのおみやげで生サツマイモを頂いてくる。
そして翌日、また留守中の玄関にサツマイモが。こちらも届け主不明。
「ごん…………おそろしい子……」
そしてまた今朝も、巨乳ポーズの影が玄関先に。
どうしたわけであろうか、特定の野菜にとり憑かれた感のある、晩秋であった。
今夜はマーボー冬瓜です




