金魚の亡霊すくい
とあるオンラインゲーム(しかも単純芸)の感想、というわけでもないのですが雑感まじえて。
真っ青な水の中、優雅に揺れ動く朱、そしてユーモラスな振り幅をみせる黒。
金魚は今宵も、己のみにしか知り得ない軌跡を描いて泳ぎ続ける。
いや、彼らの動きは逐一計算され尽くされているであろう。
私は網膜を焼きながらそれらを狩る。
何度も、なんども、或る時はしくじりに舌打ちして、或る時は満足の笑みを浮かべて。
オンラインのゲームに嵌り込んだのはいつからだったろうか。
ゲームだけではなく、電脳と呼ばれるその世界に埋没し、たまにネットの向こう側に覗く人びとと会話し、しばしばぶ厚いフィルターを通して見える世界というものに激しく感情を揺さぶられながら。
そしていつしか、ゲームに、しかも単純なあそびにどっぷりと浸かっていた。
現実に倦み疲れているわけではない。
人生というものに、辟易しているわけでも。
ただ、何かに急に取りつかれたように、私は突如、その金魚の亡霊たちを狩るようになっていた。
たぶん、現実では解決しない問題が山積みだと、心のどこかでは認めているのかも知れない。
いくら努めても、時機をうかがってみても、見方を変えてみても、どうしても解決しない、人生の諸問題、というやつが。
それが日々、知らないうちに澱みが厚さを増すように、部屋の片隅のほこりが積もっていくように、意識する間もなく、音もなく、心をくらく覆っていく。
そしてその澱みが嵩じて、なぜか青く透き通るまでになって、その上を金魚の亡霊たちがゆうゆうと泳ぎ渡るのだ。
だから私はそれを狩る。
彼らは決して、生臭い匂いなど発しない。騒がしい水音も立てない。
架空の『ポイ』で一気に十も十五もすくわれる。
すくわれる際にも、慌てず騒がず、目玉をぎょろつかせることもない。生々しい横腹を見せて見苦しくもがくこともない。
ただおとなしく、虚無の中に落とされていくのみだ。
絶望も、裏返して希望も、感情のすべても表出されることなく、私はひたすら、網膜と同時に心のどこかを焼きながら、それを狩り続ける。
最高点が出れば、私はかすかに笑みを浮かべるだろう。
そうしてすぐに、『もう一回プレイする』の上を押す。
亡霊たちも、その度に微笑んでいるに違いない。
優雅な泳ぎを見せつけながら。




