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山が、というか稜線近くから見える空が好きだ

ささやかな山です。

 小さな雑木山の傍を歩いた。


 暖かい地域なので紅葉が遅い。今時分、杉や常緑樹の合間にようやく赤や黄色が目立ち始める。

 ふと雑木山の上の方を眺めてみると、切り取られた木々のシルエットの上に、抜けるように澄んだ秋の空が青く拡がっている。

 たぶんこの小山の、目に入っている雑木のひと群れを越えると、すぐに頂上へと至るのだろう。

 枝葉は風にそよめき、ほら、ぼくたちのすぐ後ろにどこまでも続く空間が開けているのだよ、と囁く。

 もう少し先、ブナとカエデとスギとケヤキとコナラとクリ、もう五十いくつもいかないうちに、あなたの上には空だけとなる、と。


 私はこうして見えてくる空が好きだ、と改めて気づいた。


 先日は少しばかり張り切って、もう少し深い山の中へと分け入っていった。


 この辺りでいっとう高い山の、その手前に従うように寄り添う小さな山、そこをめぐる農道を、登っていくことにした。

 コンクリート舗装の、どこまで行ってもなだらかな上り坂が続く。どこかに抜けられるのだろうか、大きな山へはつながっているのだろうか、とひたすら登っていった。

 気づいて見渡すと、空の見える割合が多くなってきた。

 しかし、いつまでたっても大きな山には到達しない。私が歩いていた山道は、小山をぐるりとめぐっているだけのようだった。

 それでも小山の頂きに近づくにつれ、その更に先の、ただ大きいと思っていた(あるじ)の山は、しだいになだらかな曲線を惜しげもなく目の前に拡げ、頂上までの稜線をあらわにする。

 ほんの少し、足を伸ばせば、前に進めばまるでその頂上までもあとわずかで至れるのでは、という親しさで、生えている木の一本いっぽんまでが、そよ風のたびにかすかな声をあげ、自分を招いている。

 ヒヨが警戒の叫びを上げ、空気を縫い止めていくような放物線を描いて飛ぶ。束の間の騒ぎは、すぐに山の静けさにのみこまれる。

 沢の水音が遠くなり近くなり、どこかで木の枝が枯れ葉の上に落ちる。見上げればまっ白な飛行機が小さく、雲のはしをかすめる。音はまだ届かない。

 歩き続ける。


 すでに小山の頂上付近にたどり着いたようだ。

あの大きな山の頂が、今ではすっかり手が届きそうに近くなった。

 そして向こうの頂きに立てば、次は空までもうひと息だ。クスとカバノキとモチと、もう二十もいかないうちに。

 

 しかし同時に気づく。

 近く感じた空、私を取り巻く空気は、とてつもなく膨大で深遠で、すべての思いが濃縮された上でまた希釈され、果てしなく続いている。

 いつまでたってもそこに真に交わることはできない。せめて、ほんの一端にそっと触れるだけしかできないのだ、と。



 山とともに暮らした祖先からの血なのだろうか。尾根近くというのか、山に分け入った話は、人から聞いたものでもわくわくする。

 昔、父が子供の頃祖父について山に上り、足の下あたりで鳴り響く雷に怯えた話、木々も絶えた高山に泊まりドラム缶で風呂を沸かした話、等々、経験したわけでもないのになぜなのか今でもよく思い出し、見たこともない山の情景をまざまざと思い浮かべることがある。

 空を近くに見ながらも同時に遥か遠くに感じた山道でも、ちょうど似たような感慨を覚えて、私はしばし立ち止まり、ずっと稜線を眺め続けていた。


 誰もがかならず、心の中にたいせつにしまっているものがある。それは今では実在しない感覚とかシーンとか、思い出と呼ばれるたぐいのものも多い。

 素敵な思い出をつなぎ合わせ、普遍的なもやもやにまとめ直したものは、まるで集めた糸を結んで丸めて作った毛糸玉として、心の引き出しにたくさんしまい込んでいるかのようだ。

 私にとってそんな毛糸玉のひとつが、『尾根近くにみえる木々と、その合い間に透ける青空』なのだろうか。


 いつかその毛糸玉をゆっくりと編みながら、何かを創りだせる時があるだろうか。


誤解があれば、申し訳ありません。登山はほとんど経験なし……ただ田舎にいる、ってだけなのです。

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