Re:mind
僕は普通の家に住んでいると思っていた。
朝は父が一番に家を出て、次いで姉、最後に僕。
そしてそれぞれがそれぞれの業務を終え、家に帰宅し、食卓を囲む。
就寝までは家族とテレビを見たり、姉とゲームしてみたり、お父さんと分からない将棋をしてみたり、お母さんと食器を洗ったり。
隣の家も同じで、その隣の家もまた同じだと思っていた。
実際今でも変わらない。
ここは僕のふるさとで、はじまりの場所であるのには違いない。
唯一変わった点があるとすれば、僕が死んだことくらいだ。
今こうして未練がましく宙を漂っているのも、悪霊になったり守護霊になったりしたわけでもない。
ただただ家族に会いたかっただけ。
愛たかっただけ。
姉はまだ泣いていた。
部屋の明かりをつけず、身体は黒く覆われている。
喪服というやつなのだろう。
幸い僕はまだ着たことがなかった。
部屋は小5まで同じだったが、中学にあがる姉が自分の部屋が欲しいと言い出し、父の部屋を譲ってもらった。
そして僕は姉と共同していた部屋を使い始めた。
どう考えても部屋はこちらの方が広かったのだが、
『私、せまいところの方が好きだから。』
と姉は謙遜していた。
こうして窓の外から客観視してみると、さらに部屋は狭く思えた。
その中にいる姉は、僕よりも薄かった。
お母さんはリビングにいた。
明かりはついていたが、姉と同様、黒服に身を包んでいた。
食器をいつもと変わらない手つきで洗っている。
てきぱきとしているできる女、そんな印象だ。
お父さんは本当にいい嫁を貰い受けたものだ、と高校生の僕でも感心するほどの専業主婦だった。
台所に張った水にお母さんの顔が映った。
蛇口から水滴がぽたぽたと落ちている。
水面は揺らぎ、表情が掴めない。
が、もう一つの水滴が波紋を呼んだところで僕はその場を去った。
お父さんは、僕のふるさとにはいなかった。
少し探しに出かけよう、と思った矢先に、家の側にある犬小屋が目に入った。
そこにいたのは、去年死んだ犬だった。
相も変わらず寝ている。
そうか、お前もずっとここで僕たちと暮らしたかったのか。
と、心でしんみり思った。
自然と顔が緩くなる。
自分と同じ存在がいたことに対する安堵感なのだろうか。
少しだけ天を仰ぎ、もう一度小屋を見ると、そこにはもう何もなかった。
安堵したのは僕だけじゃない、そう思った。
お父さんを見つけた。
暗闇の中、見つけられたのは奇跡だった。
家から一番近い神社に向けてゆっくりと歩いていた。
ここは初詣なんかによく来る。
去年は合格祈願なんかもやりに姉と来た。
すこぶる成績の悪かった僕は自分も驚くほど合格を願った。
あのときの僕はどうしてああも必死だったのだろう。
走馬灯、という題名の思い出を旅していると、お父さんが賽銭箱の前で止まった。
『俺はこういう類をあまり信じない性質でね。たぶん息子もそうだろう。』
そこまで言って財布を取り出した。
そのまま財布ごとお賽銭箱にすっと入れた。
『だから、神様。頼む。俺の子を返してくれ。』
両手を合わせ、その場に座り込む。
お父さんが泣くなんて似合わない、と口に出して言った。
そして渇いた涙が、頬を伝った。
僕は普通の家庭に生まれた普通の子供だ。
何も特別ではない。
ただ、他人と変わったところがあるとするならば、それは死を知っているところだ。
享年15歳。
僕が自慢できる肩書きだ。
天国では役にたちそうもないな、なんて思いながら、ふるさとを去ろうとする。
人生。
楽しかった。
そう言い切れる。
それでも世界は廻る。
僕を忘れて。
でも、僕は忘れない。
決して。
人は忘れられることに怯える生き物だから。
僕のことも、人生であと一回、思い出してください。
思い出してくれる人が、あなたの側にいますか?