騎士団のパン職人 2
騎士団のパン職人の続編です。
騎士団の朝は早い。
朝食の準備に取り掛かるレティシアは更に早い。明け方から起きて、騎士団宿舎の隣にある女子寮にて身支度をして朝食の準備-パンを焼き始めるのだ。
昨夜のうちに仕込んでおいたパン生地の顔色を見ながら、レティシアは今朝も楽しくて仕方がない。
発酵されたパン生地をさらにこね、2次発酵。昼の分は別にしておき、朝のパンを総勢30人分、焼くのだ。
好きなパン焼いてお金をもらえる。実家の貧乏子だくさん子爵家では使用人が少なく、弟妹と一緒に屋敷の掃除や厨房の手伝いをしてきた。
私は厨房に入り浸りパン作りを手伝い、自分で焼けるようになり、さらには屋敷中のパンを賄えるまでになったのだ。
私がここでパンを焼くことになったきっかけは、騎士団にパンを届かせないという嫌がらせが続き、困った団長が父に相談したのが始まり。
学園で学友だったなんて、全然雰囲気の違う2人を思い浮かべて少し笑ってしまった。
私の所属している第五騎士団は庶民が大半を占めているが、実力は第一騎士団の精鋭に劣らない。
違いは身分。第一騎士団は高位貴族の次男、三男といった爵位を譲られない方々がほとんどなのだ。
第二、第三、第四と身分と実力も落ちていくが、ほぼ貴族というか、行き場のないスペア子息の受け入れ先となっている。
私のお給料はパン屋さんから仕入れていた予算から材料やらを引いた金額!
お店から仕入れていた予算を団長、ダークさんと話し合い、粉、塩、バター、ミルク。ナッツとか細かく計算して決めたお給料。「パンってこんなに色々つかうのか!」団長さん、まだ材料だけなのに。
機材は別予算にしてくれた。オープンはある。ボールやのし棒、カンパーニュ用の籠も新品が用意された。酵母やパン種は実家からの持ち出し。
私と屋敷の料理長渾身の酵母。季節によって変えていったぷくぷくの酵母。
お給料の半分は実家に仕送り。半分は貯金。弟妹の学費の足しに少しでもなればいいなと、大きなパン生地をこね、叩きつけ、またこねていく。
朝はシンプルなクーペを大量に焼くことが多い。
「おはよう」
騎士団厨房をまとめるダークさんは騎士団の敷地内にある家族用の施設にお住まい。ダークさんは騎士の皆様が朝練の後にがっつり食べる料理の仕込みに入る。
厨房をまとめるダークさんの特製スープ。
その日にある野菜、根菜ー実は昨日の残り野菜-を炒めたベーコンとじっくりコトコト煮込んでいく。下処理した豆も欠かさない。
補佐に入っているマルタさんは手際良くサラダやチーズを皿に盛り付け、大量のスクランブルエッグに取り組んでいる。
トムとチャムさんは鍋を洗ったり食器の準備。
終わったら昼ご飯の準備のためにじゃがいもの皮むきとか。その頃には私も野菜の下処理を手伝える。
じゃがいもをゴシゴシ洗いながら、昼のパンは何にしよう。ダークさんがざっくり決めたメニュー見ながら決めたパンでいいかな。
夜はだいたい焼いた肉か煮込んだ肉。焼き野菜も美味しいですよ!と団長さんに直訴した。
ダークさんは笑ってピクルスの仕込みもしてみるか、そのうちトムにやらせてもいいしなと言った。はいはい!私、キャロットラペ得意です。レーズン入り。
ダークさん、マルタさんが大笑いして「団長は、にんじん苦手なんだよ」と暴露した。
余ったパンでダークさんにお願いして作ってもらうパングラタンはチャムさんとトムも大好物。
わざと余らせるよう、たくさん焼いてと言ってダークさんに怒られてた。
代わりにラスクを作ったら、またまた好評。やっぱり余らせてくれって言ってまたダークさんに怒られてた。
今度、ダークさんに頼んでパンプディングを騎士さん達へデザートに出したいな。甘いもの好きな騎士さんも多い。
仕入れの業者さんにお願いして、形が悪かったり、少し傷んだ果物を仕入れて作った季節のジャムも好評。酵母も作るから果物大事。
そのジャムを乗せて焼いたクッキーはチャムさんだけでなく、騎士さん達にも好評だ。
今朝のメニューはスープ、サラダ、チーズ、スクランブルエッグに私の焼いたパン。普段はここに大きな焼きソーセージが付く。今日は良い肉がなかったから、代わりにチーズを出して、昼にソーセージを出すそうだ。
そもそもスープが具沢山。実家でもこんなに具が多いスープは飲めなかった。さすが体が基本の騎士様。
騎士団にいるけど、騎士の方々には会うことはない。それが父が決めた働くことへの条件だった。
第五騎士団は、ほぼ庶民。私、一応子爵令嬢。貧乏子だくさん子爵家だから、なんちゃって令嬢だけど。
嫡男の長兄は、あと半年で学園を卒業する。
王城の文官を目指して猛勉強中。王都にタウンハウスさえ持てない我が家だから、兄が文官に登用されれば、寮住まいになる。
受かったら、兄に久しぶりに会える!勉強頑張って!
騎士さん達が朝練を終えて食堂に集まり出した。
スープを盛り、盛り付けられたサラダとチーズ、スクランブルエッグをよそうのはトムとチャムの仕事。
パンは好きなだけ取って行かれるように大籠に盛ってもらう。
「腹減った!今日はソーセージないぞ」
「ははは、昨日あんなに食べたのにな」
「昼のサンドイッチの日、もっと増えてくれねえかな」
「時々置いてあるクッキーも美味いよな!」
わいわいと、どんどん料理を騎士が配膳口から持っていく。
サンドイッチはダークさんがお休みの時に私が作る。
大きなカンパーニュをスライスしてチーズやハム、野菜、卵焼きを挟んで「その時にある材料サンドイッチ」にするのだ。
自分でいうのもなんだけど、あのサンドイッチ美味しいよね。今度はナッツ入りパンでサンドイッチ作ろうかな!バケットサンドも食べ応えあっていいよね。お腹空いた。いまサンドイッチ食べたいな笑笑
「なあ、奥にいる女の子は前にはいなかったよな」と騎士さん。
「手伝いの子ですよ、最近入りました」とチャムさんが答える。
「ふーん」
その日はそれだけだったが、別の日の夕食時に
「酒飲む時に酌してもらいたいよな〜、若い女の子に」と先日の騎士さんが言い出した。
こんな時に限ってダークさんもマルタさんもいない。
チャムさんが、
「いいですね、お金いただけるんですか」とにこやかに返した。
私は黙々と明日のためのパンの仕込み。
「金取るのかよ?小娘のくせに!」
騎士さんが声を荒げる。嫌だな。
だから、庶民はって第三、第四騎士団から言われてしまったんだろうか。
圧力かけられて第五騎士団へのパンの配達をやめさせられたパン屋さんはどうしてるのかな。結構な固定客だったと思うのに。
毎朝、一日分のパンを届けてくれてたと聞いた。
うーん、明日はダークさん、豆が切れてるからスープに入れられないって言ってたな。
その分、パンには小さく刻んだチーズを練り込んでボリュームをだそうかなぁ。焼けてチーズとパンの香ばしい香りを思い浮かべながら、手をもくもくと動かす。頭では明日のパンのことを考えていた時だった。
「奥にいる、あの娘を連れてこいよ!いつも奥にいて挨拶もなしだろ!顔も見せねえし!」
チャムさんとトムがパッと私を見る。
うーん。騎士さんと接触禁止なんだけどなぁ。せっかくの仕事場、こんなことでやめさせられちゃうのかな。やだなぁ。
食堂と厨房は配膳口しか接点はない。
私さえ行かなければ。問題はない…はず。
「お前、あいつ連れてこいよ」チャムさんにも絡み出した。どうしよう。私は俯いたまま顔があげられない。
パン生地、乾いちゃうもの!
「その娘は俺の遠縁の娘だ。俺の頼みで来てもらってる。女に酌を頼みたいなら、酒場へ行け。
それとも、酒場でも女に絡んで出禁にでもなったのか?」団長さんの声だ。
「えっと、その、いえ、これは」騎士さんのトーンも下がる。ホッとしたところに
「でも、団長。ダークやマルタ、チャムやトムだって俺達に挨拶くらいはありましたよ。団長の遠縁の娘さんなら、みんなだって挨拶したいでしょうに」別の騎士さんの声。
「お前らなぁ、パンが無くなってもいいのか?」団長さんの厳しい声。
「え…」困惑した騎士さん達の声が聞こえてくる。
喧嘩っ早い第五騎士団だから、第三、第四騎士団からの嫌がらせでパンが届かなくなったのを秘密にしたいんだと、団長さんは父に言った。
ダークさん、マルタさん、チャム、トムにまで。内緒にしてくれと頭かきながら苦笑いしてた。
「あの娘はパン職人だ。毎日焼き立てに変わっただろう?クッキーとかの焼き菓子もそうだ。
それに、あの娘は人見知りで訳アリだ。お前たちがあの娘に関わると、あの娘は簡単に辞める。それをしっかり覚えておけ!」
訳アリって!そっか、子爵令嬢ってことを隠してくれてるのか。
第五騎士団は他の貴族の騎士団と仲が悪いし、子爵令嬢が庶民て構成される第五騎士団でパン焼いてるって広まるのは、私は構わないけど、兄弟に影響が及ぶと嫌かな。
でもでも簡単には辞めないけど!パンだけ焼いていたい。他の仕事だと繕いものとかメイドになっちゃう。余計、お父様が反対する。街のパン屋さんは雇ってくれないよね。
「最近、パンが焼きたてで美味くなりました。やめられたら困ります」
「クッキーも無くなったら困る」
「俺、サンドイッチ、具がいっぱい入ってて好き」
「お前、女が酌してくれる店行けよ。早く飯食って休もうぜ」
色んな騎士さんの声がする。私だって本当は、ご挨拶したい。ごめんなさい。
お父様が心配して渋々送り出してくれたのは、団長さんのもとだから。
条件も騎士と接触禁止だけだった。お酒のお酌なんて出来ない。
「わかったな?早く飯にしろ。明日からのパンが不味くなっても知らんぞ」団長さん。ありがとう。
△
「は〜。あの騎士、前から手を触ってきたり、片付けの時とか声かけてきたりして嫌だったんだ〜。カッコよくないくせに、オレ、モテてんだぜオーラ出してきて。ねっとりした感じで気持ち悪かったの」チャムさん。私より少し上とはいえ、まだ少女と言っていいくらい。それは嫌だったね。
「レティシア、訳アリだったんだね、気軽に街まで行こうかなんて言って、ごめんね」チャムさんだって怖かったよね、それなのに私を気遣ってくれる。
「団長さんがダークさんに言ってくれると思うけど、俺からも話す。前からあいつ、態度悪かったからな」トム、ありがとう。
「レティシアは美味しいパンをお願い。私にデニッシュ焼いて」チャムさんがにこにこ言う。
「街で流行ってるピザってやつ、レティシアなら焼けるだろ?今度焼いてくれな!」トムもダークさんみたいにニカって笑う。
△
ダークさん、マルタさんが話を聞いたらしい。2人の大きな体で私は騎士さん達から隠れてしまうようになった。
特にダークさんがいない時は団長さんか副団長さんが食堂にいてくれている。
みんなありがとう。きっかけは他の騎士団の嫌がらせだったけど、もしかしたらパン屋さんはパンの配達を再開してくれるのかもだけど、私にパンを焼くことを続けさせてくれてありがとう。
団長さんは第五騎士団の唯一の貴族と聞いた。でも、自分の配下には言ってないみたい。
「同じ予算なのに、クロワッサン、デニッシュに焼き菓子が増えたんだ。レティシア嬢、ありがとな」
こちらこそありがとうございます。美味しいパン、これからも焼いていきます!
騎士さん達は何気に甘いものが好き。レティシアのジャムも楽しみにされてます。パンプディング出したら争奪戦になりそう。
キャロットラペは団長さんは副団長にこっそり食べてもらってました。




