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熊男とウサギ令嬢  作者: 杜咲凜


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第五話 うさぎは誤解をとかない

教室の空気がざわついている。

最近ささいな事故が続き、紗は何かと神崎との接触が増えてしまった。

紗としてはうれしい出来事ではあるのだが、それに反して周りはよく思っていない。


「やっぱり神崎くん危ないんじゃない?」

「花守さん、ちゃんと守られたほうがいいよ」

「怪我させられるかもしれなくない?」

「生徒会に相談しよ?」


紗は曖昧に笑う。


(ちがうのに)


でも紗は、反論が苦手だ。

いや、言ったところで多分取り合ってはくれない。

もっと神崎が悪く言われるのは目に見えている。


なぜ、こうもうまくいかないのだろうか。

自分の見た目と神崎の見た目、あまりにも違いがありすぎるのだろう。


そして、怖がらせている事実は確かにあるのだ。

たまたま紗が怖がっていないだけで。

学園ではそのいかつい体と顔、そして存在そのものが、一部の女子には威圧感があり苦手とされている。


とはいえ、神崎が何かをしたわけではない。

なんとなく声が大きいとか、転びそうになって手を引っ張られたら手が赤くなったとか。


(いや、その前に「ありがとう」って言おうよ!)


と紗は思ってしまうのだが、どうも神崎は否定も肯定もしないから、ますます噂がひどくなる。


昼休み。


気がつけば、生徒会室に呼ばれていた。


副会長・園崎雅が椅子に座る。

生徒会長は今のところ短期留学中で、あと一か月はいないという。

実質の権力は園崎にあると言っていい。


やわらかな笑顔。

低すぎず甘すぎない声。

誰もが安心する存在。

それは、神崎とは正反対の印象をもたれる。


「花守さん。君が怖い思いをしたなら、僕たちが守るよ」


周囲がざわめく。

一緒に来ていた友人たちが黄色い声をあげる。

なんせ紗の友人たちは園崎のファンが多い。


さらにその中には園崎の遠縁の親戚の女子もいるからか、勝手に園崎との話し合いが組まれてしまっていた。


「やっぱり園崎様……!」

「花守さんにぴったり!」


紗は、困る。

本当に困る。


園崎は優しい。

非の打ち所がない。

けれど――心が動かない。


(無、なんだよね……)


でも無碍にはしない。


(まあ、親切にしてくれる人に対して失礼だもの)


それが紗の処世術。

自分を思いやってくれる友達はうれしいし、ちやほやされるのだって嫌いじゃない。

我ながらなかなか癖があるのだが、それもみんな気がつくことはない。


美人ではないが、なぜかちやほやされ愛される属性になれる。

これは本当に恵まれたことだと思う。

だが、それだからと言って慢心はしない。


油断をすれば、足元をすくわれる。

そんな生ぬるい世界ではないのだ。

紗たちが生きる、この帝光学園という世界は。


「ありがとうございます。でも、わたしは大丈夫です」


にこっと笑う。


園崎はそれを見て、わかる。


(ああ、この子は本当に俺に興味がない)


ふっと、園崎は余計に愉快な気持ちになる。


(だから安心して優しくできるんだがな)


「大丈夫、ね。君はいつもそう言うんだな。

 それは残念だ……僕とすれば、もっとお近づきになりたいと思うのだがね。

 流派は違うが、同じ伝統芸能の家元同士。

 縁を結ぶのもいいことだろうと思う。そうだろう?」


ふっと、ほんの少しだけ意味深に笑う。

そして小声で。


「神崎のこと、実は怖くないんだろ?」


紗の瞳が、わずかに揺れる。


(ばれてる……?)


園崎はそれ以上は何も言わない。


「保護は形式だけにしておこうか。僕が近くにいれば、噂は落ち着く」


つまり――

“園崎が守っている”構図を作る。

それで神崎への風当たりを和らげる。


紗は気づく。


(この人、ちゃんとわかってる。でも、なんかうさん臭さはとれないけれど……)


紗は園崎の真意をくみ取れず、即答はできない。


だが、周囲は違う。


「やっぱりお似合い!」

「花守さん、王子様に守られてる!」


紗はさらに困る。


(ちがうのに)


本当にちがうのに。


心が反応するのは、あの怖い顔の人だけ。


いくらみんながうらやむ王子様に近づこうが、何も心は揺れない。


紗が求めている人は、ただ一人。


あの人と、どうすればもっと一緒にいられるのだろう。

あの人のそばに、いたい。

ただそれだけなのに。


(誠一くんじゃないと、意味ないんだけどな……)


その日、ひとりでつぶやく。


寂しいうさぎを心から包めるのは、あの大きな熊のような人だけなのに。

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