崇められているもの
崇められているもの
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日本で裁判員制度が導入されたのはごく最近、我々は初めて招集されました。12人の裁判員は、殺人罪で起訴された男の判決を委ねられた。全員が真剣に話し合っているというのに、いびきが聞こえてきます。集められた裁判員の一人が、居眠りを始めました。私たちはその男を叩き起こし、真面目に考えるようにと叱りましたが堪えた様子がありません。つまらなさそうに、男は言いました。
「聖書を読んだことはあるか?」
……日本人で聖書を一通り読んだ者などほとんどいない。もちろん私たちの中にはいませんでした。男は、そうだろうな、と言っていました。世界中探せば読む酔狂がいるのだろうが、オレなんて10ページ読む前にバカらしくなった、と語る男はどうやら宗教徒ではない。そんなものを真に受けていたらやっていられない、と男は言いますがここは裁判所の一角、そんな話はどうでもいい。そう思っていたのですが、男は言いました。ここはバイブルにしか従わない、と。
連れてこられた被告は、弁護士をつけられて裁判官の前で証言した。向こうの検事たちはもちろん追い詰めますが、真実の糾弾には必要なはずです。しかし男は、彼らは同じルールに従う盲人だと言いました。弁護士、検事、裁判官。彼らは皆同じ方向を目指し、ここに集まった素人たちもなぜかそれを目指す。なぜ疑問に思わないのか、と不満そうでした。私たちは、話をはぐらかすな、ここは司法の場だと男に言ったのですが。
「六法を読んだことは?」
……あるわけがないでしょう。専門家でなければ通読する長さではない。読んだことがあるのはせいぜい、弁護士、検事、裁判官……私たちは口数が少なくなり、殺人犯事件の判決を出しました。全員有罪。その男も、迷いませんでした。
「殺すことはないだろう」
どう思うと聞かれれば十秒かからないことを何時間も引っ張って大変な場所だった、と男は不満げに帰っていきました。「灰色」と呼ばれる彼は、二度と裁判員には選ばれなかったそうです。




