恐怖の先には
恐怖の先には
※※※※※※※※※※※※
……この村には古くから神がまつられています。数十年に一度現れる災厄は、神に供物を捧げることで鎮められる。我々の守り神は、そろそろ人間の行いを見るはずです。フリーライターだというその男は、村に現れて取材をしていました。私の話を聞いて、眉をひそめます。災厄というのは?と聞かれたので、教えました。数十年に一度、村には魔物が現れて人々を殺します。精気を吸われて痩せ細り、疫病の元になる。19世紀に現れたときは、地主の娘が神託を受けてようやく収まったと聞きます。フリーライターの男は、おいおい、と話を止めました。今が21世紀なのだからどう計算しても一回は飛ばしている、と指摘します。以前現れたときは大戦中、儀式を気にする余裕はそもそもなかった。何事もないように願っていたが追い打ちのように魔物による死人が出た、と村の年寄りが言いました。フリーライターの男は、ふん、と鼻を鳴らしました。
「なら、誰も前回の神託を知らないわけだな?」
大戦中はされるがままでしたが19世紀にはちゃんと鎮まったという言い伝えがあります。そのときの娘の話も残っていますが、神々しい姿を目にして人が変わったようだ、と伝えられています。男は、フリーライターの仕事を終えました。そして次の仕事があると言います。帰るのかと思えば、この村で仕事をすると。男には、もう一つの職があるそうです。魔導師。灰色の名を冠するその男は、ある人物から依頼を受けたと言います。
今の有力者の娘は、村から出て大学に行き、少し前に神託のために帰ってきました。その際、大学の友人に村のしきたりを話したそうなのですが……不気味だ、と依頼者は心配したそうです。相談された灰色は、額面次第では足を運んでやる、と交渉し、この村にやってきた。大した額ではないが学生ならあれが限界だろうとぼやいていました。魔導師の仕事には、依頼元がある。許可がなくても搦め手で行くだけだというので勝手なことをされないように見張りがつき、さっさと帰らせることにしました。
灰色がやってきたのは、しめ縄を張られた樫の木。ご神体として崇められるその木の根元で、娘が一夜を明かすことになっています。うってつけだな、と漏らす灰色は、ライターを取り出しました。放り投げて指を鳴らすと、バチンと弾けて煙の匂いが立ちこめます。何をするのか、ご神体には雨水以外の物は許されないのに、と怒るまもなくご神体に異変が起きました。木のひび割れた隙間から這い出してきたのは、触手……。
※
魔物を倒した灰色は村の者に感謝されました。魔物があそこに潜んでいたなんて!と驚く村の者を、哀れむように見ていました。後に神託を受けるはずだった娘が、友人から聞いた話が村に舞い込みました。灰色の真意がわかったのは、実に三年後です。
――その昔、襲われた村の者は神にすがった。鎮まったのは神のおかげだと喜んだようだが、要するに餌を与えただけ。さぞ怖かっただろう、娘たちは自分の記憶を改ざんして上書きした。素晴らしいものを見たってな。正気に戻ればいつかは気づいてしまう、だからそれも捨てた。百年前なら気づいた者もいるかもしれないが、誰も当時を知らない。話にしか知らずそれを信じていた。得体が知れないのによ――
聞いていたよりずっとヤバい相手だった、と灰色は不満そうに語ったといいます。必要な額を上乗せするか相談すると、いらないと言います。よくあることなので、いちいち言ってられないとか。卒業間際の依頼者に、灰色は去り際に言いました。
「気をつけろよ。何言ってるかわかったもんじゃねえ」
灰色はそれを私たちに言わなかった。村の者たちは口々に非難しました。危険じゃないか、何を考えているんだ。まさか本気でありふれたことだとでも言うのか……誰かの口をついて出たとき、私たちは怖くなりました。それ以降、灰色を責めるものはこの村におらず、誰も話題には上げていません。




