ARUMAJI?~東方見聞録~
ARUMAJI?~東方見聞録~
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中国。北京から少し離れた都市とも田舎ともつかないようなあたりに、僕は来ていた。地中海周辺で学術調査というならいつものことだけど、ここはアジアの片隅、かなり端っこ。日本に近いからいいだろう!と送り出されたけど、教授は世界地図の縮尺を知らないのだろうか。日本列島の全長より離れた場所を近所だと思う日本人はいない。
このあたりで探し物。シルクロードを通ってこっちに流れてきているのではないか、という仮説は自分で出したから来るのはいいんだけど、そう言ってくれれば納得して来るのに理由が前述のそういう話なので少し嫌になった。お酒を飲むなら地元のもの、と思ったらやたら強い。国外で倒れたら今度こそ死ぬかもしれない。前も死ぬかと思ったし、体が弱いんだろうな。
強すぎる紹興酒を自分で頼んでおいて苦戦して飲んでいると、肩を叩かれた。男性が、必死に日本語を話そうとしているので「中国語でいいですよ」と言うと安心したようだった。店の片隅にいる人が、呼んでいるらしい。頭からフードをかぶった人がいて、顔は見えているから隠しているわけじゃなさそうだ。お兄さん、なんですか?と聞くと、一発殴られた。なんだ?殴るために呼んだ?なんで?と驚いていると。
「誰がお兄さんだ!」
……思ったより声が高い。そうか、女性だ!と気がついて声を上げたのでもう一回殴られた。後から女性が来て止めてくれた。二人とも女性だから表現がまずいけど、できるだけ「女性」という表現を避けることでとりあえずしのいだ。
「あんた、どこの者だい?」
日本の出身でフランスの大学にいる里田コーイチ、と自己紹介すると、そうじゃないと怒られた。悪魔憑きのあとがある、というオカルトな根拠なので印鑑を買わされるのかと思ったら、そんなの大して珍しくないらしい。悪魔憑きなのに悪魔じゃない者が触ったあともあって、どのみち悪さをされた様子がない。何があった?と聞かれても何のことだかわからず、疑われるかと思ったが、仕方ないと切り上げられた。私たち協会とは違うし、と文句を言っていたので公的な組織の人たちではない。協会というのがやたら怪しい場所ならどっちを疑うか悩むが、そんなわけないしな。
二人の女性はこのあたりで、除霊師という職業をしているスズナ・スズシロという姉妹らしい。先の男っぽい……ボーイッシュな女性と、女性らしい女性。二人は縄張りを荒らされたら敵わないから一度探りを入れたらしいが、何もわからない。それ以前に本人が知らないならこれ以上追跡しようがないから、どうしようか、と言われた。こっちのセリフだけど、とにかくついてこい、と店を連れ出された。この辺は町外れなのにさらに外れていく。どこに行くかは、まだ聞いていない。
「この町をどう思う?」
スズシロさんに聞かれて、言葉を選ぶ。変わっていますね、と言うと、どう変わっている?と詰められた。……ウソは苦手なので表現だけ気をつけて答えた。
「……混ざっていますね」
「そうだね」
誰が見てもそうだ、とスズシロさんは言っていた。観光客はこっちにおべんちゃらを言うがこっちだって思うのだからそっちはもっと思うだろう、と普段たまっているらしいことをぶつけられた。もとから自分たちの文化があるのに西洋に染まろうとして、ごちゃ混ぜ。だからあっちとこっちが全然違って極端に入り乱れている。医学一つ取ってもやることがまったく違って、信用できないとすら思っているらしい。だからあんたは、まだ話になる。そう言われて、アパートのような建物の部屋に連れてこられた。いえ、あの、女性の部屋に泊まるのは……そう言って断ろうとしたら、「女性の部屋?あんたの部屋だよ」と言って蹴り込まれた。外から鍵がかかって窓には鉄格子。なんと電話はつながらないというおまけ付き。なんだ、どうした!どういうわけだかライフラインはちゃんとあるのでテレビを見てシャワーを浴びて寝る。明日の昼頃に大騒ぎしたら、誰かが気がつくだろうか。「気がついたところで何もしないんじゃないか」といかにも日本的というか中国的というか、とにかく偏見がよぎった。失礼だろう、と言われそうだが地方を回っているとこういう場所の方がよほど多いので、この方がまともだと思えてくる。泣きながら寝た。
※
翌日、迎えに来たのはスズナさんだった。そろそろ叩いたら音の鳴る物を見繕い始めていたのでギリギリ殴られずに済むタイミング、個人的には直情的に殴ってくるスズシロさんよりこういう腹の底が読めない女性の方が怖いと思っているので警戒した。スズナさんは、許可が下りたと言って僕を連れて出た。ちょっと異様な感じの高級車に乗せられて、町を出る。スズシロさんは日課があるので来ず、暇な人が来たらしい。暇なときしか来ないくらいなら軟禁しなければいい。口に出せずに車に乗っていると、大邸宅。二人の生家らしい。
豪邸の隅にある鍛錬場に、スズシロさんがいた。拳法だろうか、中国だし。古典的な立ち稽古で汗を流していた。こちらを見たスズシロさんは、上主様のお許しが出た、と言っていた。スズナさんは声だけかけに来たようで、一緒に来る?とスズシロさんを誘った。母屋は居づらい、とだけ答えたスズシロさんは、この後来ないらしい。スズナさんについて行こうとしたら、あなたはここに、と言われてスズシロさんと二人になった。ゆっくりとした動きで型稽古をこなすスズシロさんは、また愚痴を言った。よほどたまっていると見えて、止まらない。
「私たちはこういうのを捨てる気がないんだ。なのに科学だ先端だってバカみたいだ。こんなことしたって意味がないと思うだろう?私はご先祖のやっていたことがバカだなんて思わない」
……じゃあ、息を吐いたらどうですか?と余計なことを言ってしまった。スズシロさんが怒って、お前は知らないだろう!と怒った。知らないけど、考えたらそうなる。肺にどれくらい空気が入っているかで筋肉がどれくらい動くかはどう考えても変わる。それだけゆっくり動くんだったら呼吸しながらやるんじゃないですか?とこちらが聞いたのにスズシロさんが驚いていた。……こういうのは、もう消えかけてるんだ。寂しそうにつぶやいたスズシロさんは、どうやら見よう見まねでやっているらしい。まあ、やってたらそのうちわかるんじゃないですかね、人間の体は同じだから。そういうことは自分の身のために言わなかった。
母屋に呼ばれて上主様、というこの邸宅の持ち主に会った。どれほど怖いかと思えば愛想がよく、なんでもこちらの身元を調べて大学が有名だからと喜んだらしい。こちらの身元を調べている時点で信用はできないけど、とりあえず助かる。こちらにはどんな用事で、と聞かれた。たぶん知っているのだろうけど、改めて答えた。
ギリシャからシルクロードを通って、ある物が中国に来た。大きな瓶のような何かは、不吉なシンボルがついていて当時半ば無理やりこちらに運ばれた、はず。こんなぼんやりとした話で納得するのだから何か知っている。こちらから聞くとたぶん危ないからどうしようかと思っていると、スズシロさんが割って入った。
「上主様、もう少しはっきりさせた方が」
上主さんは怖い顔をしてスズシロさんをにらんだ。出来損ないめが、と怒っていて何かと思えば上主さんはスズシロさんの父親らしい。代々一人だけ子どもをもうけてその子がこの家の何かを受け継ぐしきたりらしいが、スズシロさんは双子。スズナさんと同時に生まれた。運動能力で言えばスズシロさんの方が高いのに、肝心の要素はスズナさんだけが受け継いで、スズナさんが家を継ぐことが決まっている。スズシロさんがいなければその素養もスズナさんに回った、というのが確定的に考えられていて、要するに仲が悪い。そんなに嫌なら出て行くか?と言い切った上主さんに、スズナさんが言った。
「お父様。スズシロが出て行くなら私も一緒ですわ」
……上主さんは黙って、一呼吸置いて話を進めた。この邸宅には、同じようなことを知っている人がいて、会わせたいという。スズナさんとスズシロさんに連れられて、地下に降りた。上主さんは来ないらしい。だんだん不気味な地下通路になって、拷問道具のようなインテリアが並ぶようになった。奥にあったのは、どこから見ても牢屋。その中に人がいて、こちらをにらんだ。スズシロさんは、持ってきた粗末な食事をその人に与えた。さすがに黙っていられず、何してるんですか!と叫んだけど、牢屋の中の人は獣のような勢いで襲いかかろうとして、鉄格子に阻まれた。襲いかかるのを諦めた後は、与えられた食事をむさぼっていた。
「魍魎の一種。ペルシャの方では、食人鬼かな」
少し前にこの町に現れた食人鬼は、危ないから二人がやっつけた。もちろん人間の天敵の最右翼なので危ないが、この食人鬼はどこで仕込まれたのか逆結界という小器用な術を使う。スズナさんの攻撃に食いついて、でも食べたのが霊魂ではなく霊力なのでコントローラーがついたみたいに言うことを聞くようになり、言いつけると自分でここに来て座っていた。気がついたら元に戻っていて牢屋の中、出せと叫んで暴れているが出すわけない。どこまで信じていいかわからないが、目の前の人はよく見ると耳が尖っていて角のようなものも生えている。上手く切り分けができないからとにかく距離を取って話を聞いていた。
この食人鬼……とりあえず今はグールと呼ぶ。グールはこの町に来て何かを探していた。上主さんの気にしている予言と少し似ているのでここでつなぎ止めて、殺すまではしない。わからないことがあれば締め上げると聞いて、周りにあるものが怖くなった。「使ったことないけどできるかなあ」とスズナさんがのんきなことを言った。怖くないようで余計怖い発言だ。
問題はこのグール、何か知っている雰囲気なのに言わない。言わなかったところで問題ではないようで、出れないという一点しか気にしない。お前だって何かしたいのだろうと問い詰めても「たぶん同じだ」としか答えず、協力する気がない。とにかく上主さんが何をしたいか知らないので、聞いてみた。
この家には言い伝えがあって、特定の星の位置が重なる満月の夜、魔物が復活するから宝剣を抜いてどこだかに刺す必要があるという。何かのまじないか迷信で間違いないがこういう家なので気にしていて、ちょうど来週がそうなのだという。次は何百年後という条件なのでこの機にやってみるらしい。やってはみるが何があるのかはわかっていない。どうせ何もないと思っていたらグールが現れて、さすがに殴り込んでくるのは珍しいので聞いておきたい。でも言わない。何があると思う?と聞かれてグール……だという人を見ると、「な、変わらねえだろ」と同意を求められた。さすがにそこまで詳しくないので、何の収穫もなく屋敷に戻った。待ってくれ!待って!待ってください!とだんだん迫力のなくなるグールの声が、さすがにかわいそうだった。
※
その後は足止めを食らった。用事があるから来たというのに「大学には言っておいた」といったい何を言ったのかわからないけどここにいればいいと教授から連絡があった。何をしたらいいかもわからず、敷地内をうろうろ。町に出るのは禁止。広いだけで軟禁されているのと変わらず、横をスズナさんがついてきた。たぶん見張りだ。会話が全部社交辞令で何もわからない。語学には自信があったのに、社交辞令だけでこんなに会話ができる人を見たことがなくてついに折れてしまった。スズシロさんは?と聞かなくていいことをつい口に出す。そしたらスズナさんは、ようやくまともに話してくれた。
「明日は御前試合なの。大事だからね」
誰の前で見せるのかと思えば、上主さんだという。スズシロさんは体力があるけど、体力だけならもっとある人が珍しくない。だから組み手をして半分勝てなければ出て行かないといけない。三ヶ月に一回そんな勝負みたいな試合があって、スズシロさんが負けたらスズナさんは追うこともできない取り決めなのだそうだ。そうですか、と返事をしてあまり聞かなかった。部屋に戻る前に、がんばってください、とスズシロさんに伝えてもらえるようにスズナさんに頼んだ。そしたらどういうわけだか同席させられた。
広い板間に拳法着を着たスズシロさん。向こうには10人ほどの男性。連続で戦うらしい。そんなの無茶だ、スタミナが持たないじゃないか!そう思っていたらスズシロさんが相手をなぎ倒して、何事もなく終わった。こんなに強いのに立場がないなんて厳しいなあ、と思ったら終わったあと呼び出された。やられた男性たちに。
「貴様、何をした!」
え?何?何って何?しばらくわからなかったが、どうやらスズシロさんは普段ここまで強くないらしく、いつも五人倒せるかどうかギリギリでやっているらしい。それが今回人が変わったように強い。大して変わっていないようにしか見えないのに力とキレが桁違い、誰も歯が立たなかった。何を吹き込んだ!なんて聞かれても「息を吐いたら?」なんてことしか言った覚えがなく、そんなことを聞いているわけがないから知らないと言うしかない。だんだん相手が乱暴になってきて、スズナさんが来なかったら一発や二発ではない回数殴られていた。スズナさんが現れると、本人がニコニコしているのに男性たちが縮こまって怖がった。いったい普段は何をしているのだろう。
それからはスズナさんとスズシロさんが、まともに相手をしてくれるようになった。その代わり使用人たちの態度が悪くなったので差し引きでマイナス、敷地はどこもとても居づらい。スズナさんは何を考えているか上手く読み切れないが、スズシロさんはそうでもない。態度や口調や、間の置き方で何かを考えているのがわかる。考えてしゃべる人は、たぶん誠実だ。だからちゃんと話せるようになった。
「私はバカだから、自分のことを賢いとか思ってるんだ。言われて気がついて、ようやくバカだってわかるんだ」
……心当たりがないけど、そんなこと言うもんじゃない。わからないって普通ですよ、と答えると、そうか?と聞き返された。僕は普段から何もわからないから、大学でも調べてばっかりです。書いてあることが違うなんてよくあるし。そんなものなんだな、とスズシロさんは納得した感じだった。
それからも何度か、地下牢の食人鬼に会いに行った。スズナさんとスズシロさんの立ち会いの下、似たような質問を繰り返すけど答えなかったりはぐらかしたり。でも今日は口をついて、何か言ってしまったようだ。
「人間なんて信用できるか、悪魔と同じだ」
強い方につくのさ、というグールの言葉に、スズナさんとスズシロさんは何も気がつかない。僕だけが聞き返した。悪魔と比べてるみたいだね、と。食人鬼は慌てて口をつぐんだけど、そういう意図だと思えばそうとしか聞こえない。僕たち人間と悪魔を、天秤にかけて今の言葉になった。だから悪魔に送り込まれている。そんな風に聞こえた。僕が指摘したらスズシロさんが決めつけにかかって、そうとも考えられるだけです!と必死になって押さえた。スズシロさんを落ち着かせる間に、スズナさんがグールと話していた。
「私たちは危害を加えません。あなたが善良なら味方です」
そんなことを肉切り包丁片手に言うので牢屋の中も外も縮こまり、僕とスズシロさんは身を寄せ合って怖がっていた。
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悪魔、なんて話を根拠にしたらおかしいと思われる。でもスズナさんとスズシロさんはこういう職業なのでそこの話ばかり、何かの例え話でしょうと制しても止まらない。なんでも今名前が知られている悪魔のほとんどは活動期になく、中世で名をはせた悪魔たちはあと百年ほど眠っている。その代わりに当時はいなかった悪魔が起き出して、記録に残っていないので見分けられる者がほとんどいない。記録にも記憶にも残っていない悪魔たちは、この業界で「深淵の悪魔」と呼ばれていて忍び寄るとなれば彼らが一番怖いらしい。……そうとは限らないでしょう、と言うとスズシロさんににらまれたので、最後まで言い切って申し開きに変えた。
「グールが言ってましたよ、人間は変わらないって」
人間と悪魔なんてだいたい同じ、向こうを知っている人がそう言っている。そんな口八丁だったんだけど、スズシロさんは妙に納得してそれ以上怒らなかった。忍び寄ってくるのは、だいたいそうだな。苦労が多いとこんな話でも納得するらしい。
上主さんが何かを持ち出すというのでスズナさんとスズシロさんが立ち会った。宝物倉、という名前の地下室から仰々しい箱が持ち出された。中には古い剣。錆び付いてボロボロの、青銅だろうか。柄には装飾が残っていた。龍かと思えば、どうやら違う。蛇だ。
蛇は悪魔の象徴、怖がらずに剣を抜けという教えらしい。しかし……と言いかけたのだがまた何か持ち出された。くだんの予言に関係する中で一番大事なもの、大きな壺。これを宝剣で割るとされていた。大丈夫なんですか?とスズシロさんに聞いたけど、上主様は止めたってやめない、と諦め気味だ。気になるが大丈夫なのだろうか。蛇を悪魔の象徴とするのは一部の宗派だけ、実はその解釈はバラバラで彼らは味方だと考える場合もある。この剣を作った人がどう考えていたのか……そこが大事なはずなのに、そこには触れられずに二日後の儀式の準備が整っていった。
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これまでは星の配置に恵まれず、国政の動きにも遮られて誰もできなかった儀式は、明日行われるという。この国の文化は独特で、神秘的とも不気味とも言える装飾をどう受け取っていいかわからない。スズナさんもスズシロさんも、嫌な感じはするけどこういう物だと言われたら否定できず、見ているしかないそうだ。家系の歴史に名を刻めると喜ぶ上主さんに考えがあればいいのだが……そうとは思えない。ご先祖様が残した物を信じるしかない、とスズシロさんは興味を持たない……ようにしていたみたいだった。
まだ朝日も昇らない深夜に、松明がたかれて準備が整った。上主さんは儀式用の礼服に身を包み、何をするのかと思ったんだけど、同席できなかった。さすがに部外者なので部屋に入れず、スズシロさんと一緒に時間を持て余した。やってきたのは、地下牢。もう何もしゃべらないとわかっている食人鬼の相手をもう一度していた。もう儀式が行われるから関係なくなる、今からでも言えば少しは境遇が良くなるけどどうする?と相談していたけどとりつく島もない。あーあ、そうだよな。スズシロさんがグールに与えるエサ……もとい食事に、自分のポケットからチョコレートバーを添えた。何してる?ってスズシロさんもグールも驚いていたけど、どうということじゃない。僕は彼がどんな人か知らないから、少しだけお礼をしておく。それだけ。食べれるものが限られているなら、喜んでくれるかもしれないと思った。そしたら、どこかから轟音が聞こえた。上だ。儀式用に組まれた祭壇で、何かがあったようだ。グールがひひひと笑っていた。
「自分たちでやるってんだから、世話ねえやな」
グールは僕の渡したチョコレートバーをかじって、しゃべり出した。人間は変わらない。遙か昔にも似たようなヤツがいたのだろう、そして今も。こいつらが伝えて受け取って、今に至る。この手のヤツはどういうわけだか力が合って人を動かすんだ、と得意げに語った。グールはその復活のために、足を運んだらしい。お前の言うことなど信用できるか、とスズシロさんが怒った。グールは、そうだな、と当たり前に言った。何か理由がなければ、オレが本当の事なんて言うわけない。そう言ってチョコレートバーの残りを飲み込んだ。僕とスズシロさんは顔を見合わせると、急いで地上へと走った。
祭壇は粉々になっていて、皆慌てふためいて逃げ惑っていた。太陽も昇らないのに月は雲に隠れて、真っ暗。儀式のために灯りを消していたのが災いして、何も見えなかった。松明の残り火だけが、周りをかろうじて照らしていた。上主さんは倒れていて、動かない。スズナさんは……姿が見えない。砕けた壺の欠片が、転がっているばかりだった。
何があったのか皆目わからないというスズシロさんとは対照的に、何かがわかるような気がして壺の欠片を見ていた。壺の欠片の内側には、見えないはずなのに細工がしてある。これは何でしょう、と尋ねるとスズシロさんの顔から血の気が引いた。魔力の保管、増強の魔法陣。魔物の成熟に必要な条件を「内側で」そろえていたらしい。思わず息をのんだ。だとしたら、「復活するから刺さないといけない」という言葉の意味が変わる。刺すから復活する。時期を見計らって。これでは怪物にモーニングコールをかけたのと同じ、いいように使われたにすぎない。今条件がそろっているから刺したというなら、最悪の状況を選んだのだ。あろうことか、自分たちで。責任など追及している場合ではなく、何が起きているか知らないといけない。でも周りの人は何があったかわからず、わかりそうなスズナさんは……姿が見えなかった。屋敷のどこかから、ドン、と音がしてスズシロさんが走っていったけど、またすぐに静かになった。
もしかしたら無事なのは、もう自分だけかもしれない。あまりにも無力であまりにも恐ろしくて、とにもかくにも逃げないといけない。駆けつけたところで何ができるわけでもなく、何も知らない。だから今のうちに、屋敷から逃げようとした。そしたら、声がする。誰もいないのに。
「逃げるのか?」
声がどこから聞こえるかわからない。まるで自分の胸の中から聞こえてくるようなその声は、もう一度僕に効いた。
「止めはしない。お前は逃げるのか?」
僕はその声を……信じようと思った。これは、信用できる誰かの声だ。そうとしか思えず、屋敷の奥に走った。それ以上声は何も教えてくれず、自分で考えるしかなかった。
屋敷の奥には、今までなかった糸がそこいら中に張られて、もつれていた。ちょうど蜘蛛の巣のような、粘着質の糸。いったい何かと思えば、広間の真ん中にその主がいた。周りには、スズナさんとスズシロさんが絡め取られている。その上にいるのは、大蜘蛛。まるで悪魔のような不気味な姿をした、蜘蛛のような怪物だった。
「もう一匹いたか。ならついでだ、腹が減っている」
スズシロさんが言っていた「深淵の悪魔」という言葉が頭をよぎった。伝承にはない魔界の住人。異形の姿を、他の言葉で表すことはできない。蜘蛛の名はビスタスというらしい。正確には、魔界で狂王と恐れられた深淵の悪魔の一角魔王ビスタスの血から生まれた、分身。遙か昔に人間界にばらまかれ駆逐されたビスタスの種が、一つだけ残って中国に潜んでいたという。
ビスタスの分身は、僕を見て笑った。絶対強者のような嫌な笑い方。僕は、怖いとは思わなかった。こんな人は世界中どこにでもいる。いくらでも見てきたし、ひどい目にあってきた。今さら怖くはない。僕がにらみ返すと、ビスタスはなぜか怯んだ。足の一本が糸に引っかかってスズシロさんを揺らして、跳ね上がるように動き出した。ギリギリ届かなかった手と足が、届くかもしれないからだろう。服の裾に仕込まれていたくないのような刃物で糸を切り裂き、脱出した。外しやすいように捕まっておいたが、簡単には脱出できなかったらしい。しっかり捕まったスズナさんは、まだ動けない。でも意識を取り戻して、スズシロさんの呼びかけに答えた。僕は思わず、叫んでいた。
「こっちに!」
僕の声を聞いてスズナさんが出した白い光がこちらに飛んできて、僕が受け取ってスズシロさんの背中に押し当てた。一気に力が跳ね上がったというスズシロさんは、くないをビスタスの目の一つに突き立てると相手の顎を蹴りで突き上げた。その威力は、当たっていないはずの天井が砕けるようなもの。ビスタスはまだ復活直後の成長段階、エネルギーの吸収を行っておらず活動停止。厳重に封印された。
※
尋問。帰れない。スズナさんもスズシロさんも一緒になって「なぜそんなことができる!」と詰問された。質問ではなく詰問。スズナさんとスズシロさんは、お互いにエネルギーの授受ができるとは思っていなかったようで、僕は最初からなんとなくできると思っていた。だからそうしただけだけど、自分の心臓を経由してエネルギーを受け渡すなんて聞いたことがない、できると知らなければ恐ろしくてできないと問い詰められた。挙げ句の果てには、お前は悪魔だとか言われる始末。なんでもスズナさんの目には、僕の向こうに狼男が見えたという。僕はそんなもの絵本でしか見たことがない、と言っているのにまるで人狼ゲーム、どこにウソがあるかみんなで探していた。何かの声が聞こえたなんて絶対に言えない。その声に従わなければ……後悔すると思った、なんて口が裂けても言えない。困りに困っていると、屋敷の庭から声がした。
「かーっかっか!ようやく牢を抜けたぞ、間抜けな人間どもめ!」
地下牢にいたはずの食人鬼が逃げていってそれはそれで大騒ぎ、あっちもこっちも何も分からなくなって僕はうやむやのまま逃げた。大学に連絡して、僕の調べるはずだった物は上主さんの壺そのものだとわかりもう帰ることにした。その後何となしに経過を調べると、誰かが食べられたという話はなかったけどあの家は大問題を起こして上主さんは入院、少なくとも大幅に力をなくす。スズナさんとスズシロさんは大丈夫だろうか……と思ったけど、たぶん大丈夫だ。ネットを探すと「新設!魔導霊能なんでもござれ、除霊師鈴姉妹の相談請負」というホームページが出てくるようになった。たくましいものだ。そんなたくましい人たちに恥ずかしくないことができたと、胸の中の声に今日も感謝していた。




