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錆びた金貨

錆びた金貨

※※※※※※※※※※※※


 酸化した金。わずかにでも化学を理解するならこれが如何なる言葉かすぐにわかります。化学反応に不可欠な電子の欠如、過足を持たない金の原子構造は化合物を作らない。まして錆び付くなどということはありえない。化学の絶対原則に近い常識です。その男はあきれていました。

「だからなんだ」

 彼は金貨の向こうに別のものを見ていたようです。私たちには見えない、絶対原則。それに向かって、その言葉を吐いたのだと思います。



 彼が呼ばれたのは、もう打つ手がなかったからです。エクソシストなどと銘打たれた者は手がかりもつかめず、現場を離れた後皆死んだそうです。呼ばれた術師が次々と死んでも、呼ぶしかなかった。我々とて必死だった。わずかに山深いこの町に来た「灰色」は不便な場所だとあきれていました。


 我々が報酬として提示したのは金貨。貨幣価値のあるものはこれしか用意できませんでした。日本から来たという「灰色」は、金貨には馴染みがないそうで。自国の似たような貨幣はすぐに錆び付き、こうすればきれいになるというところまで皆知っている。それは真鍮でしょう、金貨は混ぜ物が錆び付いても金は錆び付かない。知ってるよ、とあきれたように言っていました。一枚手に取って、前金だとポケットに入れました。逃げはしない、村に頼れないなら交通手段がないとまた文句を言い、「灰色」は仕事にかかりました。悪魔を祓ってくれるのかというと、祓わないと言います。それでは意味がないのに、「灰色」は疑問もないようで。やってきたのは教会。気にくわねえな、と言い残した「灰色」は祭壇に向かいました。


 金貨を取り出した「灰色」は祭壇に掲げてそれを見つめます。何をしているのかと思えば、焦点をずらす必要があるとのこと。近くにピントを合わせられるならなんでもいいのだそうです。ピントをずらして、初めて見えてくる。「灰色」は話し始めました。誰もいない祭壇に向かって。


――絶対原則だと?その絶対とやらに従って、お前らは地の底を這いずるミミズのように雲の上に張り付く。きれいなことだ。そっくりだな、お空の隅っこで偉そうに――


 灰色の仕事は終わったそうです。どこかに消えたが頭を抱えていた。帰ってくることはないだろう、腹が据わってないからあっちにいるんだ。そう言ってしばらく村にいた灰色ですが、特に何も起こらず彼が去った後も悪魔は出ませんでした。灰色は去り際に言いました。灰色などという名前は気に入らない、当たり前だろう、と。灰色でないものがあるものか、白いだの黒いだの言い張るヤツは、信用できない。金貨を渡そうとすると、いらないと言いました。換金できないなら意味はなく、わずかでいいから紙幣が欲しいそうです。正当な報酬を渡すことはできませんでしたが、彼にとってはモグリの仕事、もらえるだけありがたいそうです。私たちは彼が受け取らなかった金貨を見て、時折思います。



――この金貨は、錆び付いているのかもしれない――

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