悪人欧州二人旅
(ARZ03)悪人欧州二人旅
※※※※※※※※※※※※
……オレの仕事は、暗礁に乗り上げていた。エルザ様の軍勢を再び築く礎となる配下をかき集めるという大仕事は、オレにはもともと荷が重いものだった。しかも。
「なあなあ、あいつ落としてきたで!」
これだ。少し前からついてきた九尾のなんたらという妖怪の展子は、オレが目をつけたヤツをすぐに引き込んでくる。男も女も関係なくたらし込み、さすが傾国の性悪美女、セキュリティとか意思確認とかそういう考え方をそもそもしないのでまるでノーガードも同じ、ズバズバ落とす。これが「こいつでなければ」エルザ様もお喜びだろうがよりにもよって美貌比べで負けているので爆薬も同然、こいつが落とした時点で絶対に連れて行けない。展子自身は、ウチはなんて役に立つ部下なんや!と悦に浸っているようで「ウチの繊細さとあね様の大胆さと、兄さんがいれば最強や!」と本当はバカなのだろうかということをいつも言っている。オレは一番下っ端だと何回言えばわかるんだ、一番下っ端というのはいざとなったら抜けられる以外にいいことがないんだからそこに混ぜないでくれ。
展子はいつも人間の世界でちょこまかして悪さをしているから人をたぶらかすとなると年季が違う。エルザ様はもっと大きな流れを作って戦略的に悪さをするので、今だけはこいつの方が圧倒的に上手い。だからこいつを利用するんだ!と電話で言われたオレはそんな無茶な!と泣きついたが、エルザ様は眠い以外に不機嫌な要素がてんこ盛りだから相手にしてもらえず、ほったらかされた。なあなあ兄さん、今度はあれが狙い目やで!とご機嫌に話しかけてくる不機嫌な要素てんこ盛りの源流は、一応大妖怪なので木っ端食人鬼のオレが喧嘩を売って勝てる相手ではない。板挟みというのはつらいものだ、人間にこの苦しみはわかるまい。
北極圏、極東と来て今度は西洋に足を伸ばした。わー!花の、凱旋門やー!と美女のくせに食レポタレントのような感動の言葉を吐く展子に頭を抱えて、もうここらでまいて逃げてやろうかと思い始めていた。そういうことができるほど器用ではないが、やってみたら上手く行くかもしれない!リアルな可能性として、万が一成功したら儲けものだ。いっそやってやれ!と思ったら展子が次の男を落としている。……よく見たら珍しくも展子ではなく男から言い寄ってきて、展子が困り気味だ。展子がオレの手を取って、ウチ、彼氏おるねん!と適当にはぐらかしたら相手の優男はアゴを大きく開いてショックを受けていた。お前の顔など興味はないが、わざわざ自分で顔立ちを崩すことはあるまいに。気を取り直してキリッとしたらこいつ顔自体はいい。展子が耳打ちしてきて「こういうのは話したらあかん」と教えてくれた。傾国の美女の唯一の天敵は、大バカナルシストらしい。確かに絵に描いたようなヤツだ。まあ教えられなくても相手にしないでおこうと自然と思いそうだが。
男はセリナズナという日系英国人らしい。母国で騎士の称号をもらったと自慢しているが、その後何をしているかというと仕事が一切来ない。4、5回口を滑らせただけだという男は、「相手にも事情があるから言う前に考えないといけない」という下っ端なら誰でも知っている思考回路がないようで、下積みをしていないとこうなるのだろうという見本のような男。マドモアゼルに愛される君は幸せ者だ、と「お前イギリスだろ?」という言葉遣いの妙ちきりん、たぶんどこにいてもこういうヤツだから気にしないでおこう。しかしこいつはアホなだけでただ者ではないようで、平然と言っていた。
「美しさは正義だ、人である必要はない」
……バレているので食おうかと思ったが、今は事を荒立てると話がこじれる。だから食人鬼だというのに袋麺を毎日食っているのだ、こんなの相手に台無しにするものか。まあオレの隠形はたまにバレるのだが展子もバレている。どうやら「こいつが食人鬼だからよく見たらたぶん」という推測だったようだ。しゃあない、これくらいあるかもしれんておもてた、と展子は予想の範囲内。オレはただ一人置いて行かれているようだ。マドモアゼルは何をしているのですか、よろしければ二人でお食事を、とセリはハナッからオレを除外しにかかっている。いいぞ、連れていけ!と思ったのに「彼氏と離れろなんて無神経やで」と一瞬で論破されて肩を落とした。ついでにオレも落とした。このアホ、一応これから仕事らしい。この近くで黄色い石をつけた悪魔の手先がちょこちょこ出回っているから、捕まえて親玉を引きずり出す。依頼元は業界最大手、また称号が増える!と何が嬉しいんだかという感じの話になったので聞き流していた。「それ、見てみたいわあ。また教えてえや」と展子がセリにメールアドレスを渡した。そのアドレスはいつでも消せる仮アカウントのはずだが一応教えて、セリという男は張り切っていた。
オレは学がないのが災いしてほとんど話がわからず、魔界の勢力図とほとんど関係ない人間の勢力図など興味もない。だから理解するつもりがハナからなく、あいつは何を言ってたんだ?と展子に聞いた。そしたら展子が珍しくも「しょーもないから知らんでええ」と素っ気ない。あいつらっておもろないねん、首締め合ってなーにも起こらへん。ウチやったらもっとどかーんとすごいことするで!とまるで商売敵のような言いぶりだった。そいつらを潰すみたいなことは考えないようで、あんな小さな島に行ってやることあらへん、とまず行く気がない。やるんやったらあね様くらいひっくり返しいな!とここは別勘定、何で線を引いているのかオレにはわからない。「知ってたらきっとわかるで」とこいつの言うことはいつも腑に落ちない。ま、こちらから関わる必要はないのでしばらく忘れていた。そしたら、二日後にメールがあった。あのセリという男からだ、一応。
泊まっていたホテルでノートPCを開き、メールを読む。この作業はいつもオレが半日かけてやっていたのに展子は一瞬でできる。ちくしょう!と悔しがっていたら「こんなん覚えるよりすることあるやん」と自分の方がバカだとでも言うような口ぶり、どこまで嫌みなんだ。何かくっついてきているようで、わずかな数字とKの文字、展子曰く「大したものは入らんはず」という量だそうだ。オレはその考えでここまでにノートPCを三つダメにしたんだぞ!「そんなもん買い直せ」というエルザ様の意向とは裏腹に、初期設定というヤツにみんなで苦心した。ああ、少し前にいた熱いのと冷たいのを分けるヤツなら一瞬で終わるどころか自分でパソコンの代わりができるのに!言ってても仕方ないので「もう一個壊れても同じ」と開き直って展子に開けさせた。すると画面が消えて、また壊れたかと思えばギロリと黄色い目が開いた。ん?と思ったが早いか展子がパンチ一閃、パソコンを物理的な意味でオシャカにした。何しやがる!と言おうとしたら「あんなもん見たらあかん!」と血相を変えている。この世には幅を利かせてるだけのしょうもないものがいくらでもある。その代わりに本当に触れたらあかんものもある。私はもう見いひんから、兄さんも見んといて!……何をそんなに焦ることがあるのか知らないが、別に見たくはない。向こうはどうか知らんがな、と珍しくこちらが嫌みを言うと展子が目を丸くした。そうや、今のは目なんやからこっちが見たということは……!何を言ってるのか知らんが知ろうとも思わない。勝手にやってろ、と思ったら展子がオレの手を引いて部屋を飛び出した。お前の部屋は隣に取っただろう、一人で行け!「シングルが二部屋?」と疑問に思っていたらしいフロントの様子とは全然違う大慌てだった。するとフロントマンがオレたちの前に出てきて、行く手を塞いだ。
「お客様、チェックアウトには少々お時間が」
うるさい!と展子が飛びかかってねじ伏せたが次から次からわいて出る。こんなヤツらいくらいても怖くもないだろう、と思っていたら展子が厳戒態勢、ただの烏合の衆のくせにこいつら半端じゃなく強い。どうやら外から何かをつながれているようで倒せないことはないがキリがなく、いくらでも突っ切れる展子がなぜか二の足を踏む。何を恐れているのかと思えば、階段の上に誰かいる。指から光の糸のようなものを出したセリナズナ、あいつはどうやら魔導師とか霊能者の類いだったようだ。……だがこんなことは人間業ではない、こないだやりあった灰色とかいう唐変木の魔導師は世界最高水準だというがこんなことはできなかった。あいつが誰かに操られて、あいつがこいつらを……そんな素人了見を聞いて、展子が「頼りになるわあ」と皮肉を言っていた。今はそんなことを言っている場合ではない、あいつを叩き伏せりゃいい!と突っ走ろうとしたらたかがフロントマン二、三人に押さえられた。なんでこんなに強い!人間どころか生物の強さではない、その範囲ならさすがにオレでも勝てる。間違いなく肉の塊なのにエンジンでも積んでいるのかという馬鹿力、下手に突っ込んだら展子だって危ういようで狐火一発吹いてオレを引っ張り出したら隙をうかがって逃げ道を探している。何してやがる!と展子を引っつかんだ。「逃げようとし始めたらすぐに捕まえられる」とお前がいつも言ってるだろうが!展子は我に返ったようで、オレはヤケになって逆結界を発動した。その辺の霊魂という霊魂を全部飲み込んでハイ・グールなったが、相手が強すぎて毛が生えたようなもの。だから自分では行かずに引っつかんだ展子を思いきりセリの野郎に投げつけた。正面から飛びかかるような形になった展子は、そのまま押し倒して覆い被さりセリの手首から何かを引きちぎった。バチン!と大きな音が鳴り、異臭が漂う。すると周りの連中がいっせいに倒れて、どうやら終わったようだった。
※
セリを取り込んだ危ういヤツが何かを仕込んでいたらしく、あの黄色い石が力の源だったようだ。展子がそれを砕いてセリに流れ込んでいた力が消え、おこぼれに預かっていた他の連中も倒れた。悪魔払いに失敗して返り討ちに遭ったセリも正気に戻り、展子相手に礼がしたいと言っていた。礼というか、
「マドモアゼルの気持ちは受け止めましたよ」
展子は世界で唯一の天敵にアプローチしたと思われて真っ青になっていた。向こうからしたら「展子が向かってきた」以外特に見えなかったようで、一直線に飛んできて抱きつかれた、と思っているらしい。いいぞ、連れていけ!と思っていたら矛先がこっちに来た。なんであんなに投げんの、止まれへんやないの!他の男に抱きつかせるなんて、ひどいわ!……お前はこんなこといつもやっているだろう、と言い返すと、論破されるかと思ったらぐぐうとうなっていた。いくらでも言い返せるだろうにここで終わると思わなかったのでこちらも困った。展子は特に中身のない話をこんこんとオレに言いながら少しずつ距離を取り、いつのまにかセリがついてきていない。まかれやがった、能なしめ。あーあ、と肩を落として、もうどうでも良くなって展子に聞いてみた。
「さっきのありゃあ、いったい何だ?」
……展子は至って真剣な様子で、もう触れたらあかん、とだけ言っていた。この世には、見たらあかんものがある。「今はもう」手に負えへん、とふざけた様子もない。……まあ見たくもないものだ、別に見はしない。それだけ言うと、やっぱり兄さんや!と展子がカラ元気を取り戻した。やれやれ、何がどうなってんだか。




