シャ〜ボン玉、飛〜んだ...
1話と繋がります。
消化器内科のある救急病院に着くと、既に受け入れの準備がなされていた。
看護婦の誘導に従い、私は耕にぃに寄り添いながら付いていく。
「耕にぃ!」
私は涙で視界が歪む中、必死でストレッチャーを追いかける。
「ここから先は入れません!」
看護婦に止められ私はその場に立ち尽くす。
「耕にぃ…」
右脇腹を抑え苦痛に悶える彼に、私は119コール以外何も出来なかった無力感に苛まれながら膝から崩れ落ちた。
「どうして…私達ばかりこんな不幸な目に遭い続けなければいけないの?」
私は避けようの無い最悪の予想が、このまま当たってしまう絶望に押し潰されながら神を呪った。
「どうせ祈っても無駄なんだろ?」
それでも祈る位しか出来ない私は、これが最後と自分に言い聞かせ両手を合わす。
「家族を失った私が、今またここで耕にぃを失う試練なんて...私は絶対乗り越えられない!」
私は目の前にある【手術中】の点灯を見つめながら
「また私から愛する人を奪ったら、私は神を赦さない!!!」
私は歯を食いしばりながらそうやって神に祈った。
「沙織!」「沙織さん!」「ねぇね!」
恵子と恵子ママと純玲3人に呼びかけられ私は振り返った。
「耕助さんは?」
そう囁くように聞いてきた恵子ママに、私は指を指しながら
「あそこです」
集中治療室と書かれた扉のある方向を指差した。
その扉から出て来た看護婦が
「長くなりますから、こちらでお待ち下さい」
と子どもが過ごしやすそうな待合室に案内された。
「一段落したらお知らせします」
そう言って立ち去ろうとする看護婦に私は
「兄は、兄は助かりますよね?父みたいに、誰にも気付かれずに居たわけじゃない!私たちが直ぐに助けを求めたんだから...助かりますよね?」
気付けば、妹が私の腰にしがみつき
「にぃに、助かるやんね?死なんよね?」
目に溢れんばかりの涙を溜めながら、看護婦の顔を見つめていた。
「今、アナタたちのお兄さんは必死に頑張ってると思うわ。だから、信じてあげて...ね?」
そう言って立ち去る看護婦の後ろ姿は、とても後ろめたそうに見えた。
「何か...飲まない?時間かかるって、言ってたよね?」
恵子ママが私と妹を気遣いながら、そっと手を差し伸べてくれた。
「...いらない」
妹が私から離れ、椅子に座りながら恵子ママの申し出を拒否した。
「恵子ママ...お茶、お願いします」
私が恵子ママにお願いしながら、備え付けの紙コップを取ろうとすると
「ゴメン。ちょっとトイレ」
恵子は声を殺しながら足早に通路に消えた。トイレのある通路と反対側の通路に...
「...喉乾いたら言ってね。恵子ママにお茶、買ってもらったから」
私が言うと妹は
「ごめんなさい。喉乾いちゃった」
そう言って妹は、恵子ママの方を見た。
「良いのよ♪いっぱい泣いちゃったもんね♪」
泣き笑いの表情で、優しく言いながらお茶を入れてくれる恵子ママに
「ありがとー」
ほんの少しだけ明るさを取り戻した妹が...笑った。
「どこでお花摘みしたの?トイレはアッチなのに?」
帰って来た恵子に恵子ママが半笑いで言うと、表示を見た恵子は
「お花!花壇にしか無くて、可哀想だから摘まなかったの!」
少し焦りながら言う恵子を見て、皆笑った。
そこに「今、大丈夫ですか?」と、先程と違う看護婦の方が来て
「今から永峯耕助さんのお部屋に案内しますね」
全員で顔を見合わせる。
(永峯耕助さんのお部屋に!)
その言葉に「「「「はい!」」」」私たちは目を輝かせながら答えた。
看護婦の、消えそうな笑顔に気付かないまま...
火葬場から出る煙を見ながら私は呟いた。
「良く考えたら、私...家族の葬儀...耕にぃが初めてなんだ...」
誰に言うでもなく...あの日を思い出す。
「意識が戻らないって!どういう事ですか?!」
「肝性脳症といってアンモニアが全身に回り、それが脳に達した時に起こる症状です」
医師が言うには、耕にぃはすでに重度の肝炎に侵されていたようで
「肝臓は『沈黙の臓器』と呼ばれる程、自覚症状が出ないんです」
と言われた。
ラクツロース(合成二糖類)で腸内でのアンモニアの吸収を抑え、リファキシミン(非吸収性抗菌)でアンモニアの産生する細菌を減らす等どんな治療をしたのか説明を受けたが...
私は意識の無い兄の手を、温かい血の通った耕にぃの手の温もりを感じながら
死にたい...
このまま、耕にぃと一緒に逝きたい...そんな事を思っていると
ガチャ、ガチャチャ...
妹がベッドの上によじ登って身を屈めて飛ぼうとして!!!
「止めてぇ!!!」
慌てて抱きしめながら引きずり下ろそうとするも、ベッドの柵を握りしめ離れないまま妹が叫ぶ!!!
「ドーンってするの!ドーンって、するのぉ!!!」
妹は尚も続け
「そしたらにぃには起きるの!「ぐぇ!」て言うの!!」
私は泣き叫ぶ妹を見ながら何も言えず、身体を耕にぃと妹の間に割り込ませ片手で指を引き剥がす。
「いやぁ!お姉ちゃん嫌い!!大キライ!!!離して!離せ...離せぇっ!?」
妹に肩を噛まれ、両腕に、爪を食い込まされながら...私は、耕にぃの病室を出ようとする。
「純玲ちゃん...」
顔を蒼白にしながら、恵子ママが妹の手を取ろうとすると妹は
「...ゥ゙ァゥ゙!」唸り声をあげた...が
「見なさい...見なさい!純玲!!!」
力ずくで引き離し、恵子ママが妹に私の腕を見せ
「今噛んでるお姉ちゃんの肩を見て!!!」
そのまま妹に私の肩を見るように言うと、妹はゆっくりと離れ...
「...っん!...」
鼻をすすってから
「...なさい」
もう一度すすり泣いてから
「ごめんなざぁ〜い〜〜!!あぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん〜〜〜…」
「ぁぁぁぁぁん...にぃに〜〜〜〜!!!…いやぁぁぁぁぁ…」
大声で泣く妹を、私は膝を折り抱きしめていた。
「「あぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ん〜〜〜…」」
気付けば...私も、妹と一緒に...大泣きしていた。
見えないが、後ろでも恵子と恵子ママの泣き声が聞こえた。
卒業式の日、カラオケ店で兄が倒れてから半年経った1998年10月18日
永峯(旧姓御厨)耕助は、この世を去った。
ふと空を見るとシャボン玉が見えた。
「ふぅぅ……」
妹がシャボン玉を飛ばしている。すると
「シャ〜ボン玉〜飛〜ん〜だ!」
突然歌い出した。
「屋根ま〜で〜飛〜ん〜だ!屋根ま〜で〜飛〜ん〜で!壊れて消えた!」
「「生〜ま〜れ〜て、す〜ぐ〜に!壊れ〜て消〜え〜た!」」
私も一緒に
「「風〜風〜ふ〜く〜な!シャ〜ボン玉〜飛〜ば〜そ!!」」
妹は...耕にぃに、新しい人生を迎えて欲しいと願ったのだろう。
自分で書きながら泣きじゃくり、ティッシュ箱が軽くなってしまった。
入れたい心情とか他にもあったのですが、入れると違和感あったので省きました。
「五分で読める」このコンセプト...どこいったw
日曜日は仕事じゃないから良いよね♪
ただの言い訳でした。




