夕日の色は何色だ...
この時代はコンプライアンスとかパワハラとかまだ言われておらず(多分)野次馬等に対して怒号なんかも当たり前だったと記憶しています。
「...り、...おり、ねぇ!沙織ってば!!」
恵子の声に私は勢いよく起きようとして...倒れても跪いてもいなかった。
どうやら一瞬だけ意識が遠のいただけで済んだみたいだ。
(そうだ!救急車!!)
私は慌てて周りを見渡すと『何事?!』と部屋の扉の隙間越しにこちらを気にしている客と、救急車を呼ぶ店員を視界に捉えた。
「恵子!部屋に戻るよ!」
バケツと雑巾らしき物を持ってた恵子に声をかけ、私たちが部屋に戻ると
「沙織さん!お兄さんが!?」
恵子ママが青い顔をしながらも、ハンカチで耕にぃが大量に掻いている汗を拭いてくれていた。
「救急車は?来てくれる?」
私と恵子を見ながら聞いてきたので、私たちは顔を揃えて頷いた。
「...ぁ...ぅぅ...」
耕にぃを見ると少し呻きながら小刻みに震えていたので、私はハンガーにかけていた上着を取り耕にぃを包みこもうとする。
「コレを...」
それを見ていた恵子ママと恵子が自分たちの上着を渡してくれた。
「ありがとう」「いいのよ」「気にしないで!」
私がお礼を言い、二人が私に気遣いを見せた時...
「ここですか?!」「救急です!通路を開けて!」
救急隊員が来てくれた!
「兄が!お願いします!助けて下さい!!」
懇願する私に「後は任せて」と手短に言うと、眼の前の隊員さんが見ている方向から
「お嬢ちゃん?お兄さん運ぶから離れて、ね?」
と声がする。そちらを見ると...純玲が耕にぃの足にしがみつきながら
「...や...やや...いやや...にぃに、いかんといてぇ...」
震えながら小声で泣いていた。
妹を呼び寄せ、耕にぃを担架に乗せて救急車に運ぶ隊員に着いていくと
「救急車に乗れる方はお一人です」
と告げられた。「純玲ちゃんは預かるわ」恵子ママの申し出に
「お願いします」と私が言うと「純玲もにぃにと一緒に行くの!」
とせがみ出す。そんな妹に救急隊員の一人が優しく囁いた。
「救急車の中は狭くて危ないんだ。小さい君が乗ると、お兄さんの治療もしにくくなるから...お兄さん助けたいでしょ?家族のみんなと後から来てね」
「...うん。お願い!にぃにを助けて下さい!!」
涙を目にいっぱい溜めながら言う妹の頭に救急隊員の方はそっと手を起き、ゆっくりと撫でてくれた。
「タクシー来ましたよ」
いつの間に呼んだのか店員さんが知らせてくれた。
「必要かと思いまして...」
「!?...ありがとうございます!」
恵子ママがその店員さんに深々と頭を下げ、恵子がそれに続く。
私も店員さんの機転に感謝し、救急車の中でお辞儀をした。
救急車の後部扉が閉まると同時にサイレンが鳴り響き動き出す。
「兄はB型肝炎ウイルスキャリアです!」
搬送先を探そうとしている救急隊員を見て、私は咄嗟に伝えた。
それを聞いた救急隊員が、消化器内科のある救急病院に連絡を入れてくれた。
「耕にぃ!もうすぐだからね!お願いだから、パパみたいにならないで!!」
そう叫んだ瞬間に、私の目から涙がこぼれた。
私はこの瞬間まで、まだ泣いてなかったのかと...どこか虚ろに感じながら救急車の中を見渡した。
その時、救急車の窓にあるカーテンの隙間から夕日が見えた。
その、茜色の空に沈みゆく夕日の色を見ながら私は
「呪われた内蔵からにじみ出た血の色みたいだ」
この世に...神は居ないのだろうか?
次回...最終回...?




