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第8章 剣稽古と短詠唱

 朝の中庭は冷たく、石が湿っていた。噴水の音が細い。

「体、重い?」カイトが木剣を渡す。

「軽い。任せて」

「なら、まず間合い。詰める前に“切る”を覚えろ。距離の切断だ」

「切断?」

「一歩を半歩に、半歩を零に。目は胸、刃は腰。――合図くれ」

「今」


「強化」

 息に重ねる。手足が温かい。

「保護」

 皮膚に薄い膜。

「行く」カイトが踏み込み、木剣の背を私の木剣に触れさせるだけで角度を奪う。

「痛くない?」

「痛くない。膜があるから」

「その“痛くない”が危ない。調子に乗ると折れる」

「折れない。任せて」

『折れない。任せて』白い囁きが真似する。

「……真似しないで」


 セラが紙束を抱えて現れた。朝の影で目が光る。

「おはよう。短詠唱の息を整えます。二拍で吐いて、一拍で切る。合図は指」

「了解」

「今日は正式に“連帯”の署名をする。その前に、共援の強度を測る」

「測る?」

「君の“しか”が強すぎて、まわりが酔う時がある。酔い止めを言葉で作る」


 私は木剣を構え、カイトの肩越しにセラを見た。

「合図」

「今」セラが指を二本立てる。

「――共援」

 空気が澄む。私とカイトの足音が同じ高さで揃う。

「次、偏向で流し、冷却で固める。短く」

「任せて。――偏向」

 カイトの木剣が私の木剣を滑らせ、私の肘が勝手に角度を変える。

「冷却」

 足裏の熱が引き、踏み替えが静かになる。

「いい。動きが無音に近い」セラが頷く。「最後、“二段起動”を練習。剣で崩し、詠唱で確定」

「了解」

「俺が崩す」カイトが半歩踏み込み、木剣で私の木剣を軽く弾く。

「――保護」私は反射で口が動く。

「違う、今は固定が欲しい」

「固定?」

「言葉はない? 二語で」

 胸の印が熱くなる。知らない言葉が舌先に浮かぶ。

「……止結」

 空気が一拍だけ張りつめ、カイトと私の剣の“触れ点”が動かなくなる。

「なにこれ」

「新規の語彙。記録にない」セラが素早く紙に書き取る。「効きは短いが、決めに向く」


 遠くで塔の鐘が一つ。呼び出しの札が胸で冷たく動いた。

「聴聞は午前?」

「うん。ヴァルグの番。――その前に署名」セラが紙束を開く。「“連帯”の簡易文。二語で足りる。私が監査人」

「私と、あなたで半分こ」

「そう。怖さとやさしさを按分する」

『按分、好き。借りがきれい』

「黙って」


 署名前に、もう一度だけ稽古。

「間合い、詰める」

「詰めるな。詰めるなら“一気”に」カイトが笑う。「――今だ」

「今」

 木剣の連打。私は声を切り刻む。

「強化」「偏向」「保護」

 短い。速い。

「最後、止結」

 触れ点が止まり、カイトの木剣が空を切った。

「上出来。だが実戦では一回きりと思え」

「うん」


 その時、稽古柱がぱちと鳴った。砂の目が開き、中心の石核が薄く光る。

「今の音」

「……おかしい」セラが眉を寄せる。「稽古柱は動かない」

 柱の節から、細い矢羽の刻みが覗いた。

「矢羽?」

「またラチェットの刻み」

 柱が軋み、腕ほどの木の触手が振り下ろされる。早い。

「任せて。――保護」

 膜が弾き、木の指が私の肩先で折れる。

「芯、右寄り」カイトが低く言う。「間合い、斜め」

「斜め。――偏向」

 触手の軌道が外へ滑り、カイトの木剣が芯の縁をたたく。

「まだ生きてる」

「冷たく」

「冷却」

 石核の表面に霜が浮き、光が鈍る。

「決める」

「決めろ」

「――止結」

 芯が一拍だけ止まり、カイトの木剣がそこへ触れるだけで角度を殺す。

 石が砕け、光が消えた。


 柱の根元から、薄い革片が落ちる。矢羽の印。

「誰が仕込んだの」

「稽古場に内通がいる」セラが革片を紙に包む。「監査札に“追跡の※”をつける」

「※?」

「“予防のための即時調査”――条文の言い方。今日なら通る」

『通る。今日は通る日』

「なぜわかるの」

『君の札が、Vで温かいから』

 胸の札を押さえる。たしかに微かに熱い。


「じゃあ、先に――署名」

「ここで?」

「ここで。目撃者は噴水だけ」セラが微笑む。

「二語で」

「二語で」

 私とセラは向かい合い、息をそろえた。

「――連帯」

「――署名」

 空気が柔らかく震え、胸の印に白い糸が一本、静かに結ばれた。

「痛い?」

「痛くない。少し、あたたかい」

「なら成功。負担が半分になった」

『半分、いいね。君は折れない』白い囁きが、少しだけ遠くなる。

「ありがとう、セラ」

「こちらこそ。――さて、聴聞へ行こう」


 門を出ると、朝の光が石畳を白くした。人の気配が増える。

「稽古柱の件、誰かが見てた」カイトが空を見上げる。

「見てた?」

「屋根の影。動きが“間合いを知ってる”」

 私は視線を追う。瓦の端で、黒外套が一瞬だけ揺れた。紋章は見えない。

「教会?」

「違う歩き。――追跡者だ」

「追ってくる?」

「来る。今じゃないけど」セラの目が冷える。「聴聞のあと、必ず」


――胸の札のVが、熱をひと跳ねした。

――屋根の影が、私の名を呼ぶみたいに、静かに身をかがめた。


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